隠しておけるものなら、隠しておきたかった。 だけどそれはヴォルフにまで辛い嘘を強いることになる。 それに、国に戻ればすぐにわかってしまう嘘だ。 だから、丸一日眠り続けたが目覚めたとき、正直にコンラッドが行方不明だという話を 教えた。 068.願い事、一つ(1) 「は」 おれがにコンラッドのことを説明している間、今日の夕食を狩りに行ったヨザック達に 同行してたヴォルフラムが馬車に顔を覗かせた。 おれが首を振って向かいに座るに視線を送ると、ヴォルフラムもそれを追って、すぐに 目を背けるように俯く。 「夕餉だ。ユーリと……も、来い」 それだけ呟くように言い残すと、すぐに馬車から離れてしまう。 地震のせいでどこも余所者に食料を分ける余裕なんてなくなっているから金は役に立た ない。動物たちも災害に隠れているのか逃げてしまっているのかほとんど見当たらない のに、ヨザックはどうやっているのか昨日も今日も夕食の材料を見つけている。馬車の 外から肉の焼ける匂いがした。 「、飯だって。行こう」 向かいのシートに座っているは、どこも見てはいなかった。 コンラッドの腕を入れてある筒を抱き締めて、うつろな目を床に落としているだけだ。 「……」 いっそ泣いてくれたらよかったのに。 そうしたら、慰める言葉のひとつも出たかもしれない。 ……泣くなって? そんなの慰めじゃない。 じゃあ思う存分泣いて、そしたら国に帰るまで頑張ろうって? それも慰めなんかじゃない。 「」 肩を揺すっても、は瞬き一つしなかった。 「は?」 馬車から降りると、先に焚き火に当たっていた村田がヴォルフと同じことを聞いた。 おれは同じように首を振る。 「コンラッドの腕を抱き締めて、瞬き一つしないよ」 焚き火を囲むメンバーに沈黙が降りた。 ヨザックがなにか言って笑わせてくれないかと期待するけど、彼も幼馴染みの絶望的な 状況を昨日聞いたばかりだ。あんな風に平然として見せているだけでもつらいだろう。 この中で、フリンと二人だけコンラッドと面識の無い……はずの村田がいち早く気を取り 直したように、持っていた小さな枯れた木の枝を折って焚き火の投じる。 「それにしても驚いた。あの男嫌いの渋谷に婚約者がいるなんて」 の男嫌いはそれはそれは有名で、が眠っているうちにこの話をしたとき、それまで シリアスな顔をしていた村田が唖然としてこんなときに何の冗談だい、と言ったほどだ。 「親の決めた婚約者とかならまだわかるけど」 「自分で見つけた婚約者だよ」 おれは村田とヴォルフの間に腰を降ろして溜息をついた。 「参った。いっそ泣いてくれたらまだよかったのに」 「泣かないのかい?」 「受け入れられないんだと思う」 「大切な人を突然失うことなんて、簡単に受け入れられるものじゃないわ」 愛する夫を事故で亡くした経験のあるフリンが呟くと、ヴォルフラムが急に拳を握り締め て立ち上がる。 「コンラートは行方不明なだけだ!勝手に殺すな!」 「ヴォルフ!」 おれが慌てて肩を掴んで馬車を振り返ると、ヴォルフラムも口を閉ざして振り返る。 だけど、馬車からは物音ひとつ聞こえてこなかった。 「聞こえてないのかもね」 村田は溜息混じりで肉の焼け具合を確かめる。 「本当は無理やりにでも何か食べさせた方がいいんだろうけど、今は寝かしてあげる方 が先決かもしれない。その代わり、明日は口の中に無理やり突っ込んででも何か食べ させよう」 「突っ込んでって……」 「乱暴なおっしゃりようですけれど、その通りです陛下。恐らく殿下の食欲は回復しない と思われますが、身体は力を必要としています。心が拒絶しても、身体の力が回復すれ ば少しは心も回復します。そのためには栄養を取らなくてはいけません」 ギーゼラも気遣わしげに馬車を見てそう言った。 医療従事のプロに言われなくても、それが最善なのはわかっている。 「わかったよ。必要なら、それは明日おれがする。だからせめて今日はそっとしておいて やろう」 食欲がないのはおれも同じだったけど、まるで通夜みたいな縁起でもない雰囲気の中 夕食を無理詰め込んで、恐るおそる馬車の中を伺うと、は筒を抱き締めたまま奥の 窓にもたれて眠っていた。 覗き込んでも、やっぱり泣いた跡はない。 眠っているというよりまるで気を失ったみたいな青白い顔を見るのがつらくて、おれは レディーファーストを理由にフリンとギーゼラに馬車の中を譲って外で寝ると主張した。 ギーゼラはおれを外で寝かせることに渋っていたけど、もしも夜中にが目を覚ました とき、女の人が側にいた方がいいとか、それがフリンだけだとが落ち着かないとか 説得して外で寝袋に入り込む。 そうすると、今度は憂鬱な仕事をギーゼラに押し付けたみたいな罪悪感が押し寄せて、 ごそごそと寝返りをうって夜中を過ぎてもなかなか寝付けなかった。 「陛下、寝返りをうつと目が冴えますよ」 安眠妨害だったかと慌てて起き上がると、火の番に残っているヨザック以外は全員静か に眠っている。 寝袋から這い出ると、それを引き摺ってヴォルフの横からヨザックの横に移動した。 「なあヨザック」 「なんです」 問い返されて、頭が真っ白になった。おれは一体何を聞こうとしたんだろう。 どうやったらそんな風に何でもない風を装えるのかって? ……そんなの、ヨザックの強さに決まっている。 考えに考えて、質問を変えた。 「今も順調とは言い難いけど、どれくらいでカロリアに着くと思う?」 カロリアまでの帰り道は、行きより楽とも言えたし、難しかったとも言える。 なにせ地震被害のためにあっちも警備どころじゃないものの、代わりに地面があちこち ひび割れていて、馬車では通れないところもあったからだ。 かといって、『箱』を運ばなくてはならないから、馬車を捨てて馬や徒歩というわけにも いかない。 「そうですね、はっきりとはわかりませんが、あと四、五日はかかると思います」 「だよなー」 それも順調にいっての話だ。途中で大きな断層でもできていたら、どれくらい掛かるか わからない。 「カロリアはギルビット港がありますからね、海路が取れればよかったんですが、あそこ からだと一番近い港まで行くにも日数が掛かりましたから、地道に行くしかないでしょう」 「だよなー」 おれが場所を移動させた寝袋に入りながら気の無い相槌を打つと、ヨザックは苦笑して 棒っ切れで火を突いた。 「陛下、オレは兵士なんで仲間の死について、ある程度の慣れもあるんですよ」 寝袋に潜り込みながら、見透かされていたことに恥ずかしいような申し訳ないような気持 ちになって唇を噛み締める。情けなくて顔を上げられず、うつ伏せになった。 「だからって平気なわけじゃないんですけどね……なんて言うか、隊長の場合はどうにも 信じられないというか……ああ、逆に信じてると言うべきですかね。地獄のような激戦を 潜り抜けて生き残った人だから、今回もどこかでしぶとく生きてると思っちゃうんですよ」 「信頼だなあ」 「そうですね。でも陛下もまだ絶望しちゃったわけじゃないんでしょう?」 「うん。だって遺体が見つかったんじゃない。……シマロンが狙ったのがコンラッドだった んなら、あいつらが連れて行っちゃってる可能性が高いと思わないか?」 「確かに、充分に考えられることです」 ヨザックの返事は慎重だったけど、口にしてみるとおれ自身もそんな気がしてきた。 そうだ、教会が吹っ飛んで腕を回収しきれなかったから、せめてとばかり本人を連れて いった可能性は充分にあるじゃないか。 「どうにか証拠が欲しいな。そしたら、救出隊を結成してさ。ああ、そんなことになったら がこっそり混じっちゃいそうだけど」 「陛下も変装して入り込みそうですね」 「おれー?おれは足手まといになるってわかってるからちゃんと大人しく待ってるさ」 どうでしょうね、とヨザックの苦笑を聞きながら、少しだけ希望を持てる可能性が上がった からか急に眠たくなってきた。 コンラッドがもし大シマロンにいるとわかったら。 確かに、おれも救出隊に混じるような気もする。 眠りに落ちそうなるおれを宥めるように、あやすように髪を撫でる手はコンラッドのもの じゃなくてヨザックのものだとわかっていたけど、どこか懐かしくて、ほんの少し泣きそう になった。 次の日、目が覚めるとがおれを覗き込んでいた。 「!?」 飛び起きようとしたら、寝袋に詰まって地面に逆戻りする。 「お、目が覚めた?おはよう渋谷」 寝袋越しに地面にぶつけただけなので大惨事にならずに済んだ頭を擦っていると、 の向こうで村田がひらりと手を振った。 「有利、ごはんだって」 が差し出したのは、ヴォルフラム達が持っていた携帯用の干し肉と塩味しかしない お湯みたいなスープだった。 おれが唖然としたまま反射で出された朝食を受け取ると、はヴォルフラムを起こしに 移動する。どうやらおれとヴォルフが最後だったらしい。 「どうしちゃったんだ……?」 まだ少し顔色は悪いけど、は昨日のような抜け殻じゃなくなっている。 いや、いいことなんだけど。 「よくわからないわ。私が起きたときはもうあの様子だったもの」 フリンも同じ内容の食事を手におれの横に腰を降ろすと、ダカスコスがに聞こえない ように伺いながらこっそりと耳打ちしてくれた。 「早朝のうちに猊下と何かお話されたようです」 「村田と?」 「しーっ!駄目ですよ、殿下に聞こえちゃいます」 さすがにこんな場所では熟睡といかなかったのか、血盟城にいるときよりはすんなりと 起き出したヴォルフラムに朝食を差し出しているには、幸いにも聞こえていなかった ようだ。 だが、手前にいる村田には聞こえていた。 「呼んだー?」 村田が側に寄ってきて、おれ達はを伺いながら円陣を組むように角を突き合わせて ひそひそと話し合う。 「お前、に何言ったの?」 「ああ、渋谷がね、食事も喉を通らないほど君の心配してるよって、耳打ちしただけ」 「……おれ、飯食ったよ」 「嘘も方便じゃないかー。彼女に自分のために頑張れって言っても、今は無理だよ。 でも渋谷のためだと言えば、とにかく食事くらいはとってくれると思ったんだ。予想以上 の効果だったよ。さすがブラコン。利用しない手はないでしょ」 「利用って、お前なあ……」 「んじゃ活用。いいじゃないの。取りあえず、無理やり口に突っ込まなくても食べてくれ るんだからさ」 「確かに」 スープを一口啜って、ようやく目が覚めたらしいヴォルフラムがおれと同じく、起こして くれた相手に気がついて大声を上げているのを見ながら、三人で揃って頷いた。 |
村田の機転(?)で、コンラッドが行方不明だということをどうにか無事に報告できました。 ……報告の内容は無事ではないですが。 |