おれの健気なデジアナGショックによると、メシを食い終わったのはまだ夜の八時という時間

だった。

だというのに、フリンは羊五頭分した寝袋にくるまってさっさと寝てしまった。

だが、ここは屋根も壁もない船の上。確かにすることはない。

フリンが用意した寝袋は一人用が二つ、二人用が一つ。

配分からいえば、野郎二人で二人用を使えということだったのだろうけど、は一人用の

寝袋を村田に差し出した。

「こっち村田くんが使って。有利もわたしと一緒でいいよね?」

もちろんだ。男布団で何が楽しいものか。の方が村田より小柄だし、これだって妥当な

振り分けだ。

……コンラッドがいれば、反対したと思うけど。

これがフリンと村田じゃなくてコンラッドとヴォルフだったら、またものすごく揉めたんだろうな

と思ったら少しだけおかしくて、そして苦しかった。






063.生きてる証(3)






じっとしていても寒いから、眠くもないが早々に寝袋に入った。身体も心も疲れているのに、

緊張のせいか休むことを素直に受け入れてくれない。

それはも同じらしく、汚れた黄色いシェラフの中でぼんやりと星空を見上げている。

「なあ村田―」

何かこれといった話があったわけじゃないけど、何となく話し掛けたら。

「むほー……?」

よくわからない返答が。

首を横に倒すと、この劣悪な環境の中で日本育ちの頭脳派高校生は既にお休み寸前。

「え、寝んの!?」

思わず手を伸ばして隣のシェラフを揺する。

「おい、寝るなよ。寝たらおれが淋しいじゃないか。なあ東京マジックロビンソン!」

その名前で呼んでも、途切れがちでオリーブの首飾りの鼻歌を歌ってくれるだけだ。

「有利、寝かせてあげた方がいいよ」

振り返ると、星空を見上げていたがおれの方を向いている。

「……まあそうなんだけど……でも、そういや聞きたかったことがあるんだよ。なあ、お前

なんで煙の出る瓶なんか持ってたの?子供の頃、スパイセットとか常備してたタイプ?」

「子供のスパイセットに煙の出る瓶はないと思うけど……」

「貰ったんだ」

「どこで、いつ、誰にあんなもん」

「フリンさんち。最初の晩、蝋燭と一緒に……」

村田はうつらうつらと、掠れがちな声でどうにかこうにか答える。

「背の高い……かっこいい人。………確か、渋谷達の知り合いだって言ってたよ」

「背が高くてかっこいいおれの知り合い!?」

コンラッドだ!

おれが起き上がるとほぼ同時にも跳ね起きる。

「村田くん、起きて!その人のこと聞かせて!」

寝袋から這い出したが前言を翻して村田を大きく揺さぶる。

「村田くん!村田くんってばっ!」

生きてたんだ。

やっぱりコンラッドは無事だったんだ!

そうだよ、コンラッドがを、それにおれを残して死ぬはずがない。欲しいときにその手

を貸してくれると約束したんだ。を幸せにするって約束しているんだ。

鼻の奥がつんと痛くなり、目頭が熱くなる。

おれもと一緒に村田を揺さぶって叩き起こそうと躍起になる。

「なあ詳しく話せって!凄い剣豪そうな人だっただろ?めちゃめちゃ爽やかで女にモテ

そうで、なんかこう恋愛映画では理解ある男前な脇役やりそうな人だっただろ!?」

「そんなによく見てないよ……蝋燭は薄暗かったし……ネズミが出てびっくりしたし……

初めての監禁生活で緊張してたしぃ……」

「嘘ばっかり!村田くん一番落ち着いてたじゃない!ねえ教えて!村田くんっ!」

「う〜そ〜じゃ〜な〜い〜よ〜……だって……僕その時、眼鏡もなかったんだよぉ……」

それだけ言うと、村田は睡魔に身を任せて深い眠りに落ちてしまった。

そうか、度入りサングラスはその時おれの手元にあったんだ。

これ以上の情報を聞き出すことを諦めておれが手を落すと、はぺたりと冷たい板の上

に腰を落とした。

「……コン………っ……」

それ以上は言葉にならなかったようで、拳を握り締めてぎゅっと胸に押し当てる。

……」

おれがそっと手を伸ばしてその頭を抱き寄せると、はおれにしがみ付きながら嗚咽を

漏らした。

噛み殺した嗚咽は、だけど絶望からのものじゃない。おれも一緒になって泣きそうになり

ながら、ぐっと唇を噛み締めて我慢する。まだその時じゃない。

おれが安心して泣くのはコンラッドの無事な姿を、を任せられるとこの目で見てからだ。

それから、あの広い背中をどつきながら嬉し泣きするんだ。

そう思ったら、はっと気がついた。

でもどうしてコンラッドは姿を見せてくれないんだ。おれ達の奪回のチャンスを狙っている

のなら、がフリンを脅しつけたようにもう充分だろう。それとも、あの平原組の騒ぎで

コンラッドもおれ達を見失ってしまったのか?

でもあのコンラッドに限って?

「ゆーちゃん……」

腕の中で震えていたはずのが身体を起こした。おれの腕を掴んで振り仰いだ顔色は、

何故か再び悪くなっている。

?」

「どうしてコンラッドがシマロンにいるの?」

「どうしてって……そりゃおれ達を助けに……」

「だってコンラッドは左腕が……っ」

の言葉は喉に詰まって途切れた。

でも判る。コンラッドの左腕は、あの夜失われた。それはおれももはっきり見ている。

「村田くんが会ったのが本当にコンラッドなら、ちゃんと治療を受けたのかな?ううん、

治療してたって、あれだけの怪我なんだよ?すぐに動くなんて無茶だよ……っ」

……そうだった。

確かに、そうだった。コンラッドは片腕を失うような重傷を負っている。その上でおれと

を助けようとしているのなら、それは相当無理をしているはずだ。

「どうしよう……コンラッドに無茶させたくないよ……」

それはおれも同意見だが、それもコンラッドと連絡が取れなければ休めと訴えようもない。

ああもう!なんだっておれはいつだって、あんたの為になれないんだ!

どうか無理はするなよ……あんたに何かあったらが泣くんだぞ、コンラッド!





嬉しいのか心配なのか混乱しながらも、やっぱりコンラッドが無事だったことに嬉しい方が

勝っていて、おれもも翌日は赤い目をしながらも気分はかなり楽になっていた。

こらえようとしながらも泣いたはともかく、なんとか泣くのは耐えていたはずのおれの

目も赤いとに指摘されて驚いた。

慌てて船縁から身を乗り出して水に顔を映して確認しようとしたら不可能だった。恐ろしい

くらいに濁っている。川底のみならず、水中にも苔が漂って緑色。これでは目の色どころ

か顔も満足に映らねーと思ったら大きな革袋が流れてきた。

他意もなく革袋を引き寄せてみようと手を伸ばしたら、指先が触れる前にいきなり川面が

ぱっくりと割れた。

「うわっ!?カ、カッパ!?」

思わず縁から離れて尻餅をつく。

汚い水から現れた人物が緑色の見えたのは一瞬で、普通の子供だとすぐにわかる。

慌てて目を隠すためにサングラスをかけると、子供は慣れた様子でデッキによじ登って

きた。当たり前の光景なのか、水浸しの子供が船に乗ってきても船員達はこちらを気に

も留めない。

まだ十歳くらいの男の子は引いてきた革袋の口を解き始めておれに笑顔で頭を下げた。

「こんにちは、カッパーフィールド商店のデビドです。船の旅お疲れさまです」

「そっちこそお疲れ。荷物の紐引っ張って、川岸からずっと泳いできたの?すげーな」

「慣れてますから」

「それにしたって寒くない?もうすぐ冬だよ?」

「平気です、すぐに乾きますから。何かご入り用の物はありませんか?葉巻も石鹸もあり

ますよ。羊の餌は……代用の物なら探せます」

後ろから覗き込んできたTぞうに最後のセリフを付け足した。じゃあそれを買うかな。

現在、フリンは山脈隊長に朝食に誘われていて、村田は朝から川釣りに挑戦している。

はおれとは反対側の船縁で一人ぼんやり川を眺めていて、おれとTぞうは暇を持て

余していたのだ。

気分転換にでもなるかと広げられていく商品をいろいろ物色する。

「おーい、も来いよ。暇だろー?」

おれが連れを呼ぶと、商品が売れる可能性が上がるのでデビドは嬉しそうに頷いた。

「他の方もよろしければ是非見てくださーい」

Tぞうの餌を買っておこうかとズボンのポケットを探ると小シマロンの紙幣が出てきた。

そういえば、乗船の時にはこれで揉めたっけ?

「こういうのしか持ってないんだけど」

「ええもちろん。ここは小シマロンですから普通ですよ。羊の餌だけだとちょっとお釣りが

足りないですが……」

「でも、戦争が始まると使えなくなっちゃうんじゃねえの?」

「今日明日の食事と、明日の仕入れだけで使っちゃうので、戦争が始まるまで手元に

残ってるはずがありません」

デビドがにっこり笑って釣り銭の入った袋を探る。

「来年はもう十二ですから、兵役があって家族にお金を送れるんですけどね。それまで

はこうして少しでも稼がないと、弟達が飢えてしまいます」

おれのすぐ後ろに来ていたの足がぴたりと止まった。

しまった、気晴らしのつもりだったのにまた戦争とかの話題が。

だがおれの焦りを知らないまま、デビドは上手く営業トークを続ける。

「だから今日はとてもついてます。いつもは囚人移送船だと他にあまりお客さんが乗って

ないんですよ。今日はお客さんみたいな気持ちのいい大人が乗っていて運がいいです」

「上手いなぁ、よしっ、この札で買える分だけ買っちゃうよ。その毛の生えたやつも入れ

といて」

「どうもありがとうございます!」

は何が欲しい?」

おれの横にしゃがみ込んだは、デビドに目を見せないようにじっと商品だけを見つめて

いる。

「これは?」

細い指でひょいと持ち上げたのは細くて長くて白い薄い棒のような塊だった。

「紙切りです。珍しい骨でできているんですよ」

別にペーパーナイフなんて必要ない。

だがこれだとちょうど合計して釣り銭が出ない勘定になるということだったので、それを

買うことにした。

売れた商品の埃を拭きながら、デビドが頭上を通過する鳥を見上げた。

「最近、妙な天気が続きますね」

鳥ではなく空を見たらしい。

「変な空です。何か良くない前兆じゃないかって、村の大人が話してます。地震かなにか。

鳥は季節外れに渡りに発つし、魚は大量に網にかかる。この間なんか外海では巨大イカ

が現れたらしいです。誰も目にしたことのない巨大イカが、どうして急に深海から上がって

きたのか……」

「へえ、おれは地元民じゃないからよくわからないけど、曇りが多い時期じゃないんだ?」

「違います。天気も動物も変です。渡りが多すぎて。多いといえば、囚人の移送も多いん

です。去年まではそんなじゃなかったのに」

デビドの目が囚人達のいる部屋に向いて、おれも一緒に振り返る。

「なんか、河口にあるケイプって場所に移されるんだってさ」

「この前の船もその前も、みんな同じことを言ってました。あこそは色んな畑があって一年

中何かが実っています。いいところなんですが、ケイプの刑務所は二年も前に閉鎖されて

るんですよ。変だなあ」

おれとが顔を見合わせた。確かに変だ。

だがそれを山脈隊長達に伝えようとは思わない。ひょっとしたら隊長達にはもっと過酷な

運命が待ち受けていて、看守や係員は嘘をついているだけかもしれない。もしもそうなら

気の毒なのだが、彼等に対しておれができることは何もない。

カッパーフィールド商店のデビドは売れた商品と金の計算を慎重にすると、残りの商品を

詰めて来たときと同様に川に帰って行った。あ、いや川から岸へと帰って行った。

「……嫌だね、戦争って」

が山脈隊長達のいる部屋を見て呟いて、おれはその肩を抱き寄せる。

「そうだな。だから、絶対に起こしちゃいけないんだ」

だからおれは、早く国に帰らなくちゃいけない。









何やら不穏な様子ですが。



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