街から少し歩き、周囲とは離れたところにその洋館は立っていた。

「遭難した先で見つけた洋館ってさ、その昔、惨殺事件があって、一時的に主人公が避難

すると事件が再現されて悲劇が繰り返される…っていうのがサウンドノベルの定番なんだ

よね」

現代日本では滅多に見ないような洋館を見上げてそんなことを呟いた村田くんに、有利は

肩をすくめる。

「村田、お前ちょっと『かまいたちの夜』のやりこみすぎ」

「うん、そんな感じ」

そのストーリーだとかまいたちじゃなくて弟切草ではというツッコミは横に置いておいて、

これだけ煌々と灯りがついていて、無人の洋館のはずないでしょう。

現に、家紋を象ったのだろう門の前に来たら、門番の人に呼び止められたし。






059.知らない過去(1)






「おい、領主様に何の用だ?」

持っていた松明に照らされて、明るくて目を庇うように手を翳した。そうでなくても黒い色を

見られるわけにもいかないんだけどね。

「ここが領事館だって聞いたもんで」

相変わらず物怖じする事のない村田くんが前に進み出る。

「僕達は日本人なんですが、旅の途中で海賊に襲われてー、海に投げ出されてこの港に

漂着したんです。そこで母国に帰るために、領事のお力を借りられないかと……」

「領事だと?なんだそれは。ここは小シマロン領カロリア自治区ギルビット領主ノーマン・

ギルビット様のお屋敷だぞ。領主様は誰ともお会いにならない。叩き出される前にとっと

と街に戻れ!」

取り付く島もないとはこのことだ。だけど仕方がない。何しろ、村田くんの話をじっくり聞い

たところでわけのわからないことには変わりないだろうしね。

わたしは有利の側にぴったりとくっついて、一見すると怯えてるように見えただろう。

だけど本当は、もし門番がわたしたちを諦めの悪い相手だと踏んで実力行使に出たとして

も、有利には絶対に手出しさせないための位置だ。

「別にそんなトップの人じゃなくていいんですよ。僕等の話を聞いてくれるなら、事務手続き

をやってくれる職員さんでいいんでー」

「村田っ」

交渉続行中の村田くんの腕を有利が引いた。その勢いで胸の青い魔石が跳ねて、松明の

灯りを反射してきらりと光る。

……あれはコンラッドから渡されたもののはずだ。

だからいちいち落ち込んでる場合じゃないのに、と自分にイライラしながら、それでも湧き

上がる焦燥に唇を噛み締めていると、有利は門から離れようとしながら、とうとう決定的

な一言を村田くんに告げた。

「実は今まで言えなかったけど、ここで頼んだって日本には帰れないんだ。だってここは、

異世界なんだから!」

「……ドボルザークは新世界よりだね」

村田くんの返しも無理はないと思う。いきなり異世界だなんて言われても。

「そういうことじゃなくってさ!」

明日、地図やその他なにか地球にはありそうもない……この手の傷跡とかを見せてもう

一度説明する方がいいだろうと有利を止めようとしたら、門の内側から声を掛けられた。

「そっちの三人ナ、ちょっとこっちにおいで、うん」

手招きされて、三人で顔を見合わせる。門番の人も困惑していた。

何だろうと門まで戻ると、村田くんがそっと耳打ちしてくる。

「君は目を瞑っていた方がいい」

た、確かに。でもそうすると有利にもしもの事があったときに咄嗟に反応しきれないかも

しれない。

結局、ほんのちょっとだけ薄目を開けて周囲をうかがいながら、有利の腕を掴んで手を

引いてもらっているような様子を装ってついて行く。

わたしたちを呼んだ人は門の柵の間から手を伸ばし、有利の魔石に手を伸ばした。

「ちょっと見せてくれナ、うん。おまイさんこれをどこで手にいれた?この外側の銀細工ナ、

うん。重要な紋に似てるンだがナ、うん」

門番よりはちょっと年かさそうなこの人は、魔石を有利に返しながら少し緊張しているよう

だった。

「これは……」

言葉に詰まった有利の横から、村田くんがあっさりと答える。

「これは彼の家の宝なんですよ!」

え!?と思わず有利とふたりで村田くんを見たけれど、彼はまったく気にした様子もなく

とうとうと語り出した。

「この首飾りはご先祖様から代々伝わる家宝でして、長男が必ず譲り受けることになって

いるんです。彼もお母様から形見として譲り受け、今もこうして肌身離さず着けているん

ですよ!」

長男が譲り受けるのに、どうしてお母さんから渡されるの。それを言うならお父さんから

ではと思っていたら、ガチャンと重い音を立てて門扉がいきなり開いた。

「なんと、じゃアあんた……いやあなたはウィンコット家の末裔かね!」

「ええ!?」

有利が驚いたように一歩下がりかけると、村田くんが腕を引いてそれを止める。

ウィンコットって、たしか十貴族の一角のフォンウィンコット家のこと……だろうね。

どうしてこんなシマロン領地で十貴族の名前が出てくるのだろうと戸惑いながら、招かれ

るままに敷地に足を踏み入れる。

「大変だネ、ウィンコット家の末裔さまだとはナ、うん。い、今領主さまにお伝えしますから、

どうぞこっちにおいでくださないナ、はい」

ものすごく丁重に門から邸まで案内してもらったのだけど、有利に手を引かれているとは

いえ、薄目だとよく見えないんだよね。おまけに日はとっくに落ちているから何度か足を

取られてつまづきながら歩いた。

その間にも、後ろから適当なでっち上げをした村田くんが有利に囁く。

「渋谷、すごいな。どこでそんな価値のあるものを手に入れたんだよ。帰ったら鑑定団に

応募しなけりゃ。なんなら僕もついていってあげるよ」

「いや、お前それより今はお前のデタラメがバレないように祈ることが先決じゃ」

「大丈夫だって。なにしろ妹ちゃん直伝の嘘八百だよ。せっかくだからウィン…何だっけ、

ウィン山さんち?聞いた感じじゃ名門の旧家みたいだし、うまいことなりすましちゃえ。

非常事態だし、嘘も方便だよ」

待って、村田くん。わたし直伝って何!?失礼な!





大広間まで通されて、今領主様が参りますのでと邸の人が下がって、ようやくわたしは

目をはっきり開けることができた。ずっと薄目だから、そんなに強くないランプの明かりで

も視界がぼやけそう。

「一気にいい待遇だよね。このまま豪遊させてくれるかもな」

村田くんはやっぱり呑気なことを言って、暖炉に火が入れられたばかりのまだ少し肌寒い

部屋中を見て回る。

わたしと有利はそれどころじゃない。

「どういうこと?なんでこんなところでジュリアさんの苗字が出てくるわけ?」

「ジュリアさん?」

そんな人フォンウィンコット家にいたっけ、とギュンターさんに教えられた貴族の方々の

名前を思い出そうとしたら、有利は途端に目を白黒させた。

「あ、いや……」

「そういえば、それってコンラッドにもらったものなんでしょう?どうしてフォンウィンコット家

のものをコンラッドが持ってたのかな」

「うええ!?あ、ううーんと、そ、それは、その……えー……ゆ、友人から貰ったんだって。

た、多分その人がフォンウィンコット家の人だったんじゃないかなーって……」

何故か有利の目が泳いでいる。

「友人から?貰ったものを有利にあげちゃったの?」

「ま、魔石は魔力がないと効果がないからーとかなんとか言ってたよ。だから魔力がある

おれのお守りにって……」

「なんで有利がそんなに動揺するの?」

「どどどど、動揺なんてしてないって!」

思い切りどもっておいてそれはないんじゃない?

「渋谷、なんか浮気を奥さんに咎められてるダメ亭主みたいだよ?」

壁に飾ってあった絵を見ていた村田くんが戻ってくるなりそう言うと、有利は「えええ!?」

なんて大声を上げて動揺する。何なの、一体。

有利は右を見たり左を見たりして、それからわたしと村田くんに向き直る。

「そ、その本名はまずいから、偽名で通すって話をしただろ?」

急に話が変わって驚いたけれど、確かに魔族で「ユーリ」の名前はまずいかもしれない。

「ああそうか、そうだったね、クルーソー」

「クルーソー?」

「そうだよ、渋谷がクルーソーで僕がロビンソン、それで妹ちゃんはスーザンだって言った

じゃないか」

「……無人島計画は挫折しちゃったんじゃなかったっけ?」

「まあいいじゃないか。いまさら別の名前を考えるのも面倒だしさ」

本音が出た。でもいいか。ロビンソン・クルーソーの話がこっちにあるわけがないから、

ふざけた偽名だとは思われないだろう。地球で名乗ったらその場でバカにしていると

思われて逆上させそうな偽名だけど。

そう考えていたら、広間の扉がノックされた。

「失礼致します。主が到着いたしました」

わたしと有利と村田くんは素早く用意されていた席について扉が開かれるのを待った。









有利の怪しいまでの動揺。隠し事に向かない人……(^^;)



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