「そういえば、の魔力の件があったな」

バタバタしていたお陰でうやむやになっていたことを思い出したのはヴォルフラムだった。

せっかく黙って眞王廟に行ってみようと思っていたのに、こうなるとギュンターさんが大慌

てで騒ぎ出す。

「人間の土地で魔術を使われたのですか!?そのために酷く苦しめられたとはっ!ああ、

お労しい殿下っ!早急に原因をさぐらねばなりません。過去の魔術による事故、障害など

の事例を徹底的に洗いなさいっ!!」

長い髪を振り乱し、演技でもやらないくらいに大げさにひとしきり苦悩すると、ギュンター

さんは部下の人を引き連れて王城にある記録保管庫に駆けて行ってしまった。

「今回もユーリが魔術を使ったのだろう。引き摺られたのではないのか?」

グウェンダルさんの眉間の皺がまた増えている。

「いや、今回は今までとは明らかに様子が違った。も意識があったし、大体あれは

ユーリが魔術を使うよりも先だった」

「ああ、そうだよな。おれ、が倒れるのを見て爆発したんだし」

コンラッドと有利が証言を補完してしまい、有利、コンラッド、ヴォルフラム、グウェンダル

さんという四対の目でじっと見つめられて居心地が悪い。

原因ならわかってるんだけどなー。たぶんだけど。原因の正体がわかっていないから、

何もわからないのと同じといえば同じだけど。

どこまでが口にしていい話なのか、ますます眞王廟にお伺いを立てに行きたくなった。






054.そして、これからも(1)






「ヴォルフラム、今までの訓練はどうだったのだ?」

「特にこれといった問題はありませんでした。あるとすれば、ほとんど魔術に成功した

ことがない方で」

「へなちょこですみません……」

「それでもユーリよりはマシだ」

「わーるかったな」

兄妹ふたりして、劣等感に溜息をつく。

「具体的にどのような状態になったのだ?」

「右手が痛くて……えーと、なんだろう、溶けるような?」

「なんか気持ち良さそうな表現だな」

「とろけるような、じゃないよ有利」

実際は、気持ちがいいどころか痛みと恐怖で何がなんだかわからなかったんだから。

「灼熱の痛みか……」

ふむと考え込んだグウェンダルさんに、そっと手を上げてみた。

「あのー……わたし、行ってみたいところが」

「後にしろ。そんなわけのわからぬ不安定要素を抱えたまま国内をうろうろするな」

「いえ、だって、こういうことって、やっぱり知っている可能性がある人には聞いてみる

べきじゃ」

「誰かいるのか!?」

「ウルリーケさん」

あっと有利を除く全員が、思わずという感じで相槌を打った。

「そうだな……確かに。仮にも眞王陛下の巫女を務めるほどだ」

「無駄に長生きをしているようですからね。魔術の知識ならあってもおかしくありません」

ヴォルフラムのは随分とひどい言い方と思うけど。

本当は、ウルリーケさん本人ではなくて、ウルリーケさんに眞王陛下に聞いて欲しい

のだけど。

「駄目で元々だ。使いを送ってみよう」

「ああ、待って!」

部屋を出て行こうとしたコンラッドの服を掴んで引き止める。

「使いを出して聞くより、症状を細かく説明できた方がいいと思うの。わたし自身で行く

から」

内密にと言われたことそのものではないけれど、通信なんて方法よりは直接話した方

がいいと思う。手紙でも、聞きたいのはウルリーケさん本人じゃなくて眞王陛下にだと

いうことは伝わるとは思うけどね。

「まあ、そうかもしれないけど……」

「それならば、明日にしろ。今からだと帰るまでに日が沈む」

「じゃあその旨の使いを送っておこう。ユーリ、明日は……」

「ああいいよ、コンラッドはについていてやって」

コンラッドと有利がツーカーでやり取りして、わたしの方が驚いた。

「え、べ、別にコンラッドがいなくても平気だよ」

「まさかひとりで城を出ようなんて思ってないよね?」

にっこりと。

怒っているときを彷彿とさせる笑顔に、慌てて首を振って否定する。

「じゃあ、グウェンダルを護衛に連れて行くなんてこと……」

「ない!私は忙しいっ」

グウェンダルさんも大声で否定して、ヴォルフラムの怪訝そうな顔に気がついて咳払い

をする。

「ユーリにはヴォルフラムやギュンターがついている。はコンラートを連れて行け」

そこまで言われると断るわけにはいかない。

「はい……」

話の内容が内容だけに、今回もコンラッドは廟の外で待たされることになると思ったから

断ったんだけどね。

本当はふたりでお出かけって、ちょっと嬉しかったりして。

でも真剣な話だから喜んでいたら不謹慎だと、表情を崩さないように力を込めた。





そうして次の日、朝起きたら有利が日本に帰ったということを聞かされた。

「えー!ひどーい、またわたしを置いて行った!」

深夜にお風呂に行くと言ったまま、帰って来なかったらしい。

それだけなら王が行方不明だと大騒ぎになるのだけど、今日行く予定の眞王廟から

有利が日本に渡ったという報せが来たそうで。

「まったく、夜中にこそこそといなくなるなんて、なんてやつだっ!」

朝食の席でヴォルフラムは怒りっ放しだった。そうは言っても、あっちとこっちを行き来

するのは有利の自由意志が効かないし。

「これが遺留品」

コンラッドが掌に載せていたのは、まだ生乾きの白いあみぐるみ。マイド・イン・グウェン

ダルのタグ付き。

「………お風呂の友にするくらい、グウェンダルさんのあみぐるみが好きなのね……」

「兄上!ユーリはぼくの婚約者です!」

「私に言うな!里子に出した後の扱いまで、私の知るところではないっ」

そう言いながら、大事にされているのかとお顔が緩んでますよ、フォンヴォルテール卿。

騒々しい朝食の間、コンラッドはあまり喋らなかった。

大事な陛下で可愛い名付け子がいなくなって寂しいのかと思ったら、厩舎で馬の準備

をしながら、こんなことを言ってきた。

「陛下がお帰りになってしまって、は寂しい?」

「え?うん、まあそれは……」

と曖昧な肯定なのに、ちょっと眉を下げて困ったような顔をする。

「俺がいても?」

反則だわ。

いつもあんなに頼りになるのに、こんな可愛い顔もするんだもん。

わたしにと準備を整えられていた馬から鞍を外しだしたので、コンラッドはちょっと驚い

たようだった。

「あれ、その馬は気に入らない?」

「……そうじゃなくて………えーとね……その、相乗りしてもいい?」

相乗りくらいと思っていたけど自分からおねだりするのって、結構勇気がいるものね。

コンラッドの返事が一拍置くまで返ってこなかったのでますます居たたまれない。

「だ、駄目ならいいけど」

「いや、駄目だなんてことないよ」

コンラッドは笑顔で手を差し出す。

「お手をどうぞ、お姫様」

差し出された手にそっと触れたら、急に握り込んで一気に抱き寄せられた。

「きゃっ、ちょっと………」

コンラッドが抱きとめてくれるとわかっていても、転びそうになると一瞬ひやりとする

のは当然で、抗議しようと顔を上げたら、強制的に抗議の言葉を封じ込められた。

「………こんなところですることじゃないと思う」

まだ吐息が触れそうなほどの距離で、ちょっと怒ったように呟くと、コンラッドはもう

すっかり元気な笑顔でもう一度だけ唇を重ねる。

「誰も見てないよ」

「馬が見てる」

苦しい言い訳だったけど、コンラッドは小さく笑うとすぐに解放してくれる。

「じゃあ続きは後で」

「続きなんてないのっ」

そう怒りながらも相乗りを止めることなくコンラッドの愛馬ノーカンティーに乗ると、

すぐにコンラッドも馬上に上がった。

、もうちょっと後ろに。首に近いとノーカンティーの消耗が早いから」

「はいはい、わかってます」

「『はい』は一回」

「はい、ウェラー卿」

ちょっとふざけて言ってみて気が付いたけど、コンラッドに対してこんな風に改めて

呼びかけるのは初めてかも。最初にウェラーさんとは呼んだけどね。

「わあ、なんか新鮮かも」

「なにが?」

厩舎から馬を進めながらコンラッドが尋ねてきて、その胸にもたれるようにしながら

くすくすと笑う。

「コンラッドのことを、ウェラー卿って呼ぶのはなんだか新鮮」

「そうだね、俺もにそう呼ばれるのは新鮮かも。でも、やっぱり名前を呼んで

もらう方が好きだな」

「うん、わたしも。コンラッドって呼ぶ方が好き。やっぱり姓の方だとちょっと遠い感じ

がする」

こうやってコンラッドとくっついているのは楽しかったけれど、馬に乗れるくせに相乗り

って、魂胆がわかりやす過ぎて、城門で門番の人と目が合ったときにちょっと恥ずか

しい思いをした。







有利がスタツアしたということで、あれから既に数日が経っています。
が……このふたりは相変わらず……。有利でなくともいちゃつくなと
言いたくなりますね(^^;)



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