!」

!?」

半分真剣に枕投げに没頭していたヴォルフラムは、枕がに直撃してしまったこと

で蒼白になってベッドから降りてくる。

おれとグレタも駆け寄った。

別に気絶とかじゃなかったみたいで、ベッドにひっくり返ったは枕を顔に押し付け

るように抱き締めたまま、とんでもないことを呟いた。

「わたしだって……コンラッドとエッチしたくないわけじゃないもん……けど……」

「…………………なんだと?」

ヴォルフラムの呟くような問い返しで、硬直していたおれはようやく横にグレタがいる

ことを思い出す。

「わーーーーっ!!わーーーーっ!!」

「なんだ、ユーリ。いきなり!」

グレタの耳を後ろから塞いで大声上げるおれに、ヴォルフラムが顔をしかめる。

「グ、グレタ!コンラッド呼んできて、コンラッド!!」

情操教育によくないと慌ててグレタを廊下に出して用事を言いつけると、ドアを閉めて

のところに引き返した。






052.酔い潰れた後(2)






コンラッドと……したくないわけじゃないって、どういうこと!?

いや、そりゃ恋人同士だけどさ!

つい四ヶ月前までは彼氏いない暦十五年、おまけに大の男嫌いだったが。

婚前交渉大反対派のが、なんでいきなりそんなこと!?

うちの子に限ってじゃないけど、ならコンラッドがどうあろうと健全安全交際に

違いないだろうと安心していたのに!

まさか本当にうちの子に限ってなのか。

あのにこんなこと言わせちゃうコンラッドって……眞魔国の夜の帝王め!

「……えっちとはなんだ?」

眞魔国人からの根本的なお言葉に、おれは虚ろな気分で答えた。

「Gの後。 I の前」

今度はじーってなんだという質問が聞こえたけれど、もう答える気になれなかった。

「したいけど、怖いんだもん……」

震える小さな声に思わず胸を撫で下ろす。

半分涙声で可哀想なんだけど、それとこれとは別というか、それはまだ怖くていいんだ

というか、ずっと怖くてもいいよとか……それはさすがにコンラッドが可哀想か。

いやでも待て、いま『したくないわけじゃない』から『したい』になってなかった?

だってまだ十五歳だ!日本時間であと一日で十六歳とはいえ、それでもまだそういう

ことには早過ぎる!

おれは枕で顔を隠したままのの隣に腰を降ろして髪を撫でた。

「いいじゃん、そんなに焦らなくたってさ。コンラッドは待つって言ってくれたんだろ?

はまだ十五歳なんだから、今すぐなんて早過ぎるんだから……」

「でもコンラッド、我慢してるもん」

枕を外したは既に泣きそうになっていて、壁に背中を預けて這い上がるように

して身体を起こす。

「コンラッドばっかり我慢してるの。そんなのおかしいでしょ」

「いやまあ、そりゃあ……だけどほら、コンラッドは大人だし」

「大人だから我慢してるんだよ」

「まったくで……」

反論の余地もない。

コンラッドがと色々したいと思っているだろうことは、日頃の言動からもはっきり

している。待てないほど子供じゃないだろうけど、それだけにどれだけのものを堪え

ているのかは、おれにもにもわからない。

「それに……わたし変だから……」

「それはユーリもだろう」

「馬鹿、ヴォルフ!そこは否定するとこだ!」

しかもおれとが変というのはどういう意味だ。

おれたちのやりとりなんて聞いていない様子で、はぼそぼそと続ける。

「暗い……は嫌い……」

「なんだ?」

ヴォルフラムにもはっきり聞き取れなかったらしい。

一瞬、暗いのが嫌って電気を消したくないってこと?そんな大胆な…とか思ったけど、

いくら酔っ払いの告白にしても、そんなはずはない。

昔、どこかで似たようなことを聞いた時期がなかったっけ?

壁にもたれたは枕を抱き潰す勢いで力を込めていて、ウエスト数ミリというくらい

まで締め上げられた枕は布が破れそうだ。

「…わたし、コンラッドの側にいて……いいのかな………」

「お前そんなこと、コンラッドが聞いたら泣くぞ……?」

我が妹ながら、はたしかにものすごく可愛いけれど、コンラッドの溺愛ぶりはおれ

に劣らない。それなのに、側にいていいのかなって。

「だってわたし、変だもん」

そりゃ、酔って言っていることが支離滅裂なら変だろう。どうしたものかとヴォルフラム

と顔を見合わせたら、突然ノックの音が響いて、ふたりで手を取り合って飛び上がる。

「坊ちゃん、お呼びですか?」

コンラッドの声に、ヴォルフを引き摺って行ってドアを開ける。

「ヴォルフ、ちょっとグレタと一緒に散歩しててくんない?」

ヴォルフラムは一瞬むっと口を噤んだものの、俯いて枕を抱き殺しそうな勢いの

見ると、コンラッドと入れ違いで黙って部屋から出て行った。





「ど、どうしたんですか?」

いつでも余裕のコンラッドも、部屋の荒れ様にちょっと顔を引き攣らせた。

とヴォルフの枕投げで、ベッドはふたつともシーツがぐちゃぐちゃ、空になっていた

ワインの瓶とグラスが床に落ちて砕けている。

そんな中でが壁にもたれて俯いて枕を抱き潰している光景は、ちょっとシュール

だったに違いない。

おれとコンラッドはドアに張り付いたまま、ひそひそと小声でやり取りをする。

「いや、十五年一緒に暮らしてきたけど、が酒乱だと初めて知った」

「飲んだんですか?でもさっき別れたばかりじゃ……」

「立て続けにワインを五杯」

「え、それだけで?」

「初めて飲むんだから弱くてもしょうがないだろう?それよりさっきあんた、なんの話を

してたわけ?」

思い返せばあのときからの様子はおかしかった。

「緊張したとか、酒飲んでさっさと寝ちゃえばこっちのものとか、なによ?」

「ああ……なるほど」

コンラッドはぷっと小さく吹き出して、笑いを堪えるように拳で口を押さえる。

「可愛いなあ、それくらいで逃げようなんて甘い甘い。まあ、俺もまだなにかするつもり

はなかったけど……」

「待て、なにかとても不吉な発言が混じってないか?まだってなに、まだって!?

一体なんの話!?」

コンラッドは天井を見上げ、それからおれにどこか含みのある笑顔を見せる。

「聞いても怒りませんか?」

「内容にもよるが、基本的には怒らない」

「微妙な保証だなあ。ですがまあ、陛下はのお兄さんですから一応報告します。

実はさっき、に誘われて今夜は同室ということになりました」

「………はあ!?」

誘われたって……なんの話?

「わたしだって……コンラッドとエッチしたくないわけじゃないもん……」

さっきのの発言を思い出して、腹が立つのか悔しいのか、許せないのかとにかく

おれの中で色んな感情が吹き荒れる。

「ちょ、ちょっと待てよ、はまだ十五歳なんだからな!」

「もちろんです。俺はともかくにそのつもりはないですよ」

俺はともかくってなんだ。

「俺の部屋にはゲーゲンヒューバーがいるでしょう?ベッドが足りないからって」

「ああ、そっか!」

「本当は空き部屋を取るつもりだったんですが、空いているのがここから遠い部屋しか

なくて、それならもう一晩床で眠ろうとしたらが、空いているベッドを使えと」

納得。船の中でもコンラッドが床で寝るのに最後まで反対していたのはだった。

ゲーゲンヒューバーはおれとの判断で連れ帰ってきたんだから、ますます放って

おけないだろう。

だがそれでも、自分を変だと言ったの言葉には不審な点が残る。今の話からは

どこにも掛かっていないじゃないか。



コンラッドはくすくすと笑いながらの側に行って、床に膝をついて下から

覗き込む。

「俺が余計なことを言ったから不安になった?心配しなくても、なにもしないから。

酒を飲んだなら眠いんじゃないか?部屋に帰ろう」

「ご……ごめんなさい……」

の腕から力が少し抜けたのか、千切れそうだった枕にウエストがちょっと戻る。

あれならくびれと言っても差し支えはない程度に。

「謝らなくてもいいから」

「だって……コ、コンラッドのこと、好きだけど……」

「わかってる、待つよ」

「違うの。わたし、いっぱい変だから」

不可解な言葉におれは首を傾げるが、さっきの呟きを聞いていないコンラッドは顔色

ひとつ変えない。

酔っ払いの戯言だと思っているのだろうか。その通りかもしれないけど。

「変…だから……コンラッドのこと、す、好きでいていいのかなって…迷惑かけちゃう

のは嫌だよ………でも、どうしても、好きなの……ごめんね、好きなの……」

横で聞いていると、背中が痒くて砂でも吐きそうだ。おれもヴォルフやグレタと一緒に

出て行くべきだったんじゃ。

「嬉しいよ」

「だって……」

コンラッドは言葉に詰まったを軽々と抱き上げる。

は少しも変じゃないさ。さあ、部屋に帰ろう」

兄貴を見習えヴォルフ。これが正しい受け答えだ。行動はともかく。

ぎゅっとコンラッドに抱きついたは、だけどその次にはコンラッドから身体を起こ

そうとする。

………ん?待てよ、部屋に帰るって……ふたりで!?

「そりゃちょっと待……」

?危ないからもうちょっと俺に寄りかかって………」

「吐く」

「へ?」

「待って!すぐに………っ」

珍しくコンラッドが焦った声でトイレに駆けこもうとしたけれど、ちょっとばかり遅かった。

まあ……可哀想だけど……やっぱりおれとしては言えるのはあれだよね。

「ごめんな、コンラッド。が迷惑かけて」

「………陛下、嬉しそうですよ?」

「えー?まさか。兄として申し訳なく思ってるよ」

汚れたシャツを脱いでの背中をさするコンラッドに、トイレのドアにもたれて精々

申し訳なさそうな顔で謝りながら心で叫んだ。

よくやった、







一番の被害者はヴォルフじゃなくて、コンラッドでした……。
絶対にそれどころじゃなくなっただろう名付け親に、有利は喜んでおります。
なにもしないと言ったのに、信用ないですねぇ……(^^;)



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