「よかった、グレタ。本当によかった……」

もらい泣きしそうになりながら指先で涙を拭ったら、わたしを後ろから支えていてくれた

コンラッドがその手を上から握り締めた。

「ああ、本当に。心温まる親子の交流だ」

「そうだよね……」

と振り返って、すぐに後悔して前を向く。

コンラッド、ちっとも目が暖まっていませんでした。

自然にコンラッドから離れようと前に歩くのに、足は空しく地面を足踏みするだけ。

そもそも、かなり疲れきった身体は力が入らないので、力比べするだけ無意味だ。

「俺も、ぜひと心温まる交流をしたいな。……いろいろと聞きたいことがあるんだ」

「わあ……なんだろう」

お互いに棒読みで、なんだろうもないでしょうに。





049.愛という意味(3)





話が終わり、立ち上がったヒスクライフさんは、なにを思ったのかまっすぐにわたしの方に

やってきた。

ありがとう、ありがとうヒスクライフさん。

あなたのおかげで、さすがに客人の前で羽交い絞めにしているわけにもいかなくて、コン

ラッドが離してくれました。

「先ほどはミツエモン殿には力強い華やかな魔術をお見事ですとお話しておりましたが、

オギン殿の正確無比な魔術も大変素晴らしいものでした」

「う……い、いいえ、まだまだ未熟者で……」

マグレを誉められても……しかも有利みたいに眠るだけならまだしも、苦しんで転がって

いたしね……。

愛想笑いで誤魔化したのに、ヒスクライフさんはいやいやと首を振る。

「さすがは我が恩人と感服していたところです」

「は、恩人……ですか?」

「ええ、あのヒルドヤード船で……」

わたしはちらりとグレタとの抱擁を終えていた有利に視線を移す。あのとき活躍したのは

有利だけで、わたしは海賊に捕まっただけなのに?

ベアトリスちゃんのことかなと思ったら、ヒスクライフさんはそれを半分肯定、半分否定の

事を言い出した。

「我が娘、ベアトリスを二度もお救いくださった。妻も感謝しきりでした。一度直接お礼を

したいと申しておりました。この場におらぬことが残念です」

「二度?」

はて、海に落ちかけた彼女をどうにか捕まえたことはあるけど、あともうひとつは……?

「ダイナーで賊めに捕まった妻とベアトリスを、華麗な剣技でお救いくださったとお聞きし

ております。短剣一本で同時にふたりもの賊を撃退された勇ましいお方だと、妻も娘も

すっかり貴方に夢中でして。此度の件も合わせて、改めてお礼申し上げる」

「な、なんだって!?」

ヒスクライフさんの後ろで有利が絶叫した。

………………………。

気付かなかったわたしが悪かったです。でも、有利とコンラッドの前では言って欲しく

なかった。

どういうことか説明しろ。

そんな無言の圧力がビシバシと前と後ろから圧し掛かり、自然と横にいるヴォルフラム

の方へ腰が引けた。こ、怖い。

「ようやくお礼を言うことができました。妻も娘もお会いしたいと申しております。グレタ

嬢のこともありますからな。一度正式な場でお会いできればよろしいのですが」

爆弾を放り投げるだけ投げると、ヒスクライフさんは南地区興行主として、この惨状の

対策に行ってしまった。




「……………………さて!」

恐ろしく重い前後の沈黙を、あえて無視して手を叩く。

「救助活動のお手伝いを再開しなくちゃね!」

はお休みしないとだめって、アニシナが言ってたよー?」

「グ、グレタ………」

逃げ道を中立のグレタに塞がれて、残りの中立かどうか微妙なヴォルフラムの横に

膝をついて、その肩に取りすがった。

「ヴォルフラム、助けて」

「大人しく出頭したほうが身のためだぞ」

そう言って立ち上がると、わたしから距離を置いた上にグレタを有利から引き取って

少し離れて座る。ちっとも中立じゃなかった。

ヴォルフラムにも見捨てられて、両手を地面について項垂れた。

「いろいろ……聞きたいことが増えたな」

きゃー、コンラッド。その笑顔こわーい。

有利に視線で促されて、仕方なしにハイハイするように地面に両手両足をついて移動

する。

コンラッドは有利と並んで座った。

ふたりとも、目が三角ですよ。

居たたまれないので正座をして、膝の上に揃えた拳をじっと見る。

もう五ヶ月も前のことで、あれは永遠に闇の中だと踏んでいたのに、思わぬところから

漏れた。まさか、お礼という形でやってくるとは。



絶対に目は笑っていないはずなのに、妙に爽やかなコンラッドの声に肩が震えた。

「今のぴっかりくんの話を説明してもらえるか……?」

有利の声は震えている。たぶん、怒りで。

思わず唾を飲み込みながら、ぎゅっと目を瞑って次の言葉を待った。

「短剣で戦っひゃってどうひゅうこりょ!?」

有利はもう疲れの限界スレスレらしく、呂律がちゃんと回ってない。

引き伸ばせば先に有利の限界が来そうだったけれど、さっさと話を終えて休んでもらい

たい。

わたしは草の上に両手をついて、地面に額を擦りつけるくらいに低く低く、土下座した。

「申し訳ありません」

「申し訳ありませんりゃないっ!やっぱり本当の話なのかひょ!?」

「は、反省はしてます………一応」

「一応〜〜〜〜?」

「………とても、ものすごく」

有利だっていつも無茶するくせに!

心の中だけで反論して、さっきから無言で余計に怖いコンラッドの方へ膝頭を向けて

もう一度頭を下げた。

「じ、実はあのとき、隠れる暇がなくて……」

「なくて?」

こ、声が怒ってる。コンラッドの言いつけを破ったその時に、以前の言いつけを破った

ことがバレなくてもいいんじゃない!?

「隠れる暇がなくて……隠れませんでした」

「それで、華麗な剣技で勇ましく海賊に向かった?」

う、すごい嫌味っぽい口調。

「小さな女の子の悲鳴が聞こえて……見たら、有利と踊った子で……袖振り合うも

他生の縁って言うし……」

それは重い、重い溜息がずしんと頭の上に降ってきた。

「ご……ごめんなさい……」

「謝るだけりゃなくて、行動でも示してくれなくちゃ意味ないだりょ!?」

有利に言われたくない。

言われたくないけれど、今の状況では到底そんなことは言えない。

「た、短剣一本でもう無茶しません」

「どうしてそこで、『もう無茶しません』だけにならないかなあ……」

条件付き約束がご不満らしく、コンラッドの声はますます曇る。

「やっぱりあの時、を置いて行くんじゃなかった」

急に声のトーンが変わって、上げられなかった顔が意志とは別に勝手に上がった。

目を合わせたコンラッドは、眉尻を下げてとても悲しそうで。

「今回の賭けは、俺も認めたよ。だけど今日の魔術や、さっきの救急応援はどうかと

思う。が優しいことは知っている。そういうところだって、俺は好きだ。だけど、

それで自分の身を顧みないところだけはいただけない」

口を開いて、せめて約束すればいい。もう無茶なことはしないから、と。

だけど、わたしが言った言葉は結局繰り返しで。

「ごめんなさい……」

「コンりゃっとがこんらけ言っても駄目か……」

有利が溜息をついて、がくりと項垂れた。そのまま眠ってしまいそうなほど疲れた様子

で、その姿にも心が痛む。

わたしだって、もう無茶なまねはしないと約束できるものならしたい。

いつだって自己満足で動いてきて、その分だけ一番大切な人を傷つけてきたんだと

思うと、情けなくて泣きそうになる。

「ごめんなさい………でも、コンラッドに、嘘だけはつきたくない、から………」

危ないことをしないように努力はするけれど、しないと約束することはできない。

きっと、それは嘘になってしまうから。

有利は目を丸めて、それからちょっと顔を赤くして横を向いた。

コンラッドは。

「それは、これからも無茶をするという宣言にもなっているような気がするけどね」

「え!?ち、違うよ!そういうことじゃないよ!ちゃんと努力はするから!」

「俺の言うことはちっとも聞いてくれない。無茶ばかりするし、本当はは俺のこと

なんてどうでもいいのかと心配になる」

「そ、そんなことないよ!ちゃんとコンラッドのこと……一番大事だから……」

コンラッドは溜息をつきながら、それでも笑ってくれた。それは諦めたような様子も少し

混じってはいたけれど。

コンラッドがそっと手を伸ばしてきて、わたしの頬を撫でた。

温かい大きな手と、苦笑混じりの笑顔。

指がイヤリングを掠めて、そのまま首筋からうなじへと滑り、僅かにドレスの襟元に

入ってきた。

「え?あ、あの……」

くすぐったいような、背中がむず痒いような、肌を滑る指先に妙に落ち着かない。

後で考えれば、なぜ逃げるという選択肢が思いかばなかったのか謎だけど、膝の上

の拳はぐっと握り締めたまま動かなかった。

「君は目に映るもの、全てにすぐ心を砕いてしまう。博愛主義だって愛の種類が違う

なら構わないと思っていたけど……」

「わ、わたし別に全然博愛主義じゃないデス……」

むしろ、ものすごく心は狭いと思う。

そ、それにそれより、うなじから今度は鎖骨を伝うように前へ移動しているこの指先

が気になります!

「城の奥深くに鎖で繋いでいれば、あるいは、ガラスケースの中にしまっておけば、

俺だけを見て、俺だけを愛してくれるのかな?」

疲れてへろへろだったはずなのに、顔が熱くなる。

そ、そんなこと急に真顔で言われても!

「きょ、教育的しろー!」

だから有利、呂律が回ってないってば。







いくら黙っていられないからといって、大事な人に心配ばかり
かけてしまったのことは反省です。



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