「ゆーちゃん、起きて。そろそろ支度しないと間に合わないよ」 「うー……さっき寝たとこじゃん……」 揺さぶるに、もう少し寝かせろと言いながらもどうにかこうにか目を開けた。 視界一杯の黒にぎょっとして一気に目が覚める。 「な、なにその格好!?なんつったっけ、えーと、ゴスロリ?」 おれを跨ぐようにして乗っかって揺さぶっていたは、裾の広がった黒いドレスを着て いた。黒のレースが全身を飾って、さらに嵩が増している。 レースの帽子こそは被っていなかったが、ウェーブをかけた髪を緩く束ねているリボン まで黒のレースで統一している。 「これくらいじゃゴスロリとまでいわないよ。コンラッドがね、どうせならこういう格好を したほうがより効果的だって」 「はー……ま、双黒であることのアピールってやつ?……っていうか、黒は人間の国 じゃ不吉なんだよな?それ、ここで調達できたわけないよな!?」 じゃあコンラッドの奴、わざわざドレスを持ってきていたということか? 一体どういうタイミングでに着せる気だったのか、ちょっと名付け親に不審を抱いた 十五歳の冬。 048.今、この瞬間(1) 「陛下がどんな疑惑を抱いているのか大体わかりますけどね」 すぐ脇から不審を抱いたばかりの名付け親の声が聞えて、慌てて飛び起きた。 おれの上に乗っていたがころりと横に転がる。 「びっくりした!有利、急に起きないでよ」 「お前、自分で起こしておいて……」 コンラッドは、ベッドのすぐ脇に居た。スーツケースの中身を色々と取り出しているところ だったらしい。見えないところから声をかけるのはやめてくれ。心臓に悪い。 「もしものときのための正装として用意していただけです。ほら、陛下の分もありますよ」 コンラッドが広げたのは、おれの正装とされているふつーの学ラン…を模した服。 そのままスーツケースに直そうとしたから、少し考えて止めた。 「はそれで行くんだよな?」 「もう双黒を隠してもしょうがないからね。こうなったら使える物はトコトンまでアピール するよ」 「おし、じゃあおれもそれでいくか。コンラッド、おれも学ランで行くよ」 ひとりよりふたり、というのもおかしなものだが。 双黒の魔族に対する偏見は、がこっちにこなかった一回目のスタツアで味わった。 コンラッドが一緒なんだから心配はないと思うけど、変に差別的視線にだけが晒さ れるのは耐え難い。おれが横に居れば、せめてそんな視線が分散するんじゃないだろ うかと。 「え、でもそんなことしたら有利まで……」 「いいの。びびらせんのが目的ならひとりよりふたりだって!」 「いいですね、双黒の美形がふたりもVIP席で悠然と見物していたら、観客は畏怖の念 で見上げることでしょう」 縁起悪って十字を切られるだけの気もするけどね。 コンラッドまで推奨するから、も渋々と納得したようだ。 がドレスの裾を払いながらベッドから降りようとして、耳元辺りからチャリっと小さな 金属音がした。 「あれ、イヤリングだけは黒じゃないんだ?」 おれがそれに気がつくと、はすごい勢いで振り返る。 「これ、コンラッドに買ってもらったの!似合う?似合う?」 「つ、詰め寄るなってば!見えないだろ!」 のはしゃぎようには驚いた。今から人生を賭けた勝負に挑むのに、なんでそんな にテンションが高いんだ。寝不足もあってナチュラル・ハイとか? いや、人生初めての彼氏に買ってもらった初めてのプレゼントに浮かれているだけか? 「それにしても、結構地味…いや、渋い選択だなコンラッド。……あれ、これって……?」 地味と言ったらに睨みつけられて、言葉を濁すとイヤリングに手を伸ばしてそれに 気がついた。 「………これ、コンラッドからのプレゼントなんだよな?」 「俺としても、もっと華やかな色の方がいいんじゃないかと思ったんですけど、が それがいいと言うから。いや、それももちろんとても似合っているけどね」 。 おれが地味といったら睨み付けたくせに、コンラッドがもっと他のやつの方が言ったとき は悲しげな顔ってどういうこと? でもそうか、コンラッドがチョイスしたプレゼントかと思って一瞬引いたよ。 のリクエストだというなら納得だ。 「この、バカップルめー」 呆れて呟くと、は目を瞬いて、それから笑ってベッドから飛び下りてヴォルフラムを 起こしにかかる。 似合ってることは、確かに似合ってるよ。茶色の石のイヤリング。石の中には白い泡が いくつか入っていて……。 「バカップルってなんですか?」 「あんたたちのようなカップルのことだよ」 コンラッドはルームサービスを招き入れ、軽食のトレイをおれに差し出した。 「ああ、熱々ってことですね」 「自分で言うな」 あながち間違いでもない。 「それにしてもー。があれ選んだなら、あんた相当嬉しいだろ?」 「え?どうしてですか?」 目覚めの一杯を飲もうとコップを持ち上げたおれは、危うく噴き出すところだった。 危ない、コンラッドのマジボケがあと五秒遅かったら大惨事だった。 それとも、カマトトか?コンラッドならこっちの可能性が高い気もする。 「あれ、色とかあんたの瞳にそっくりじゃん。中に白い泡があってさ、あれは角度で銀色 っぽく見えると思……」 思わず言葉が途切れた。 コンラッドはきょとんと目を瞬いた後、にこぉーとこっちが恥ずかしくなるくらい満面の笑み を浮かべたのだ。 うーむ、貴重なものを見てしまった気がする。いつもコンラッドの笑顔といえば、隙のない 爽やかさとでも言おうか。あんな子供っぽい笑顔は初めてだ。 そうか、本気で気付いてなかったのか。失敗した、教えるんじゃなかった。 ちらりと後ろを窺うと、は寝起きの悪いヴォルフラムに梃子摺っていて貴重な笑顔 を見逃していた。よかった、が惚れ直すような要素は全部排除だ、排除。 「、ヴォルフは俺が引き受けるから、陛下と一緒に食事をして」 そう言うと、コンラッドはものすごく上機嫌での方へ移動した。 双黒の威力は絶大だった。 おれとが歩けば道が開く。 それで気持ちがいいのかといえば、小市民的おれたち兄妹は「おれたち無害でーす」と 言って安全を訴えたい気分になる。つくづく大物とは縁遠いな。 約束の正午より少し前に到着した場所には、一晩で見世物小屋を畳んで立派な特設の トラックが出来上がっていた。 「ところで肝心の珍獣はどうなってんの?おまかせくださいなんて自信満々に言い切って たけどさ」 コンラッドを振り返ると、いつもの爽やか笑顔でおれたちをパドックに案内する。 「足も速いし愛嬌もある、珍獣率も80%以上あるとっておきのを調達しておきました」 で、そこにいたのは。 「ぎゅえっ」 ヴォルフラムが潰れた蛙のような声を出す。 「まさか、そのふてぶてしい生き物に、の命運を預けるつもりではないジャリな!?」 「ヴォルフ、ジャリ口調が再発してるぞ」 「うるさいジャリ!ぼくはジャリジャリ言ってないジャリよ!」 「言ってるよ……」 、小さくツッコミ。 冬の短い草の上をのっしのっしと歩いているのは、ジャイアントパンダならぬ砂熊だった。 「陛下ー、殿下ー、閣下ー!」 騎手らしき小柄な男がおれたちを見つけて両手を振って、砂熊をこちらに寄せてくる。 予想通り、砂熊に乗ってやってきたのはコンラッドの元部下、ライアンだ。 スヴェレラで砂熊とヒルドヤードに行くと言い残して軍を抜けたライアンは、四ヶ月で公約 を果たしていたらしい。今ではヒルドヤードの人気者だとか。 「陛下、殿下。このケイジが必ずお二方の役に立ってみせます!ほらケイジ。挨拶して」 調教師兼臨時騎手のライアンにそう言われると、砂熊ケイジは後ろ足で立ってぐあっと 鋭い牙を見せて大口を開ける。 「うわっ」 おれとヴォルフラムは思わず一歩下がってしまったが、グレタは初めて間近で見る砂熊 に大喜び。の手を引っ張って柵にへばりつく。 「グ、グレタ、危ないデショ。お父さんのところまで下がりなさいって!」 グレタは気にせず、振り返ったのはだった。 「有利、お父さんって……」 「ん?だからグレタはおれの隠し子なの。決定」 そういえばこれは言ってなかったかと宣言しておくと、はふうんと頷いてなにも言わ なかった。まあ、現在の状況から言って、おれの軽率な行動をに咎められるわけが ない。 自陣の出走馬の様子も確認したことだし、そろそろVIP席に行っておこう移動する。 到着したときから気になっていたのだが、なぜ櫓は三つあるんだろう? 「じゃあ、上がって」 コンラッドがの手を取って櫓に上がるように指示すると、ほぼ垂直で梯子と変わら ない階段に難しい顔をする。 「わたし、最後に上がる」 ぎゅっとスカートを握ったので、いくらおれでもピンとくる。 梯子を上がれば両手が塞がるからスカートを押さえることも出来ない。裾はヒラヒラして いるし、中が見えちゃうもんな。 「だけど一応、踏み外したときのことがあるから。じゃあとにかく先に陛下とヴォルフラム とグレタに上がってもらって……」 「待って。踏み外したとき、ということはコンラッドは上を見ておくってことよね!?」 「俺ならいいじゃないか」 「よくない!」 おれとが声を揃えて抗議したとき、後ろからぴっかりくんが現れる。 「おお、ミツエモン殿、オギン殿。お揃いですな」 「ああ、どうもぴっか……ヒスクライフさん」 「こんにちは」 がぺこりと頭を下げると、ちょっと驚いたようだった。なんで? ぴっかりくんはおれの髪が黒くても驚かない。ある程度予想していたのかもしれない。 目が黒いのはヒルドヤードの豪華客船の時で知ってるしね。 「おおお!」 不愉快な声が聞こえた。 いやいや振り返ると、今度は諸悪の根源が部下を従えてやってきていた。 「なんと、ミツエモン殿とやらも双黒だったとは!」 「賭けているのはわたしの身のみ。お間違えなきよう」 途端にの声が寒々と冷える。隣に立っていると結構怖い。 「おお、そうでしたな。興奮ですっかりぽんと忘れるところでしたぞ。どうです、そちらの 娘がワタシのものになった暁には、ミツエモン殿を賭けてみるというのは」 いかにも悪役の笑い方が似合う奴。 「まだ勝負もついていないのに随分気の早い。あまり主を侮辱されると力が入りすぎて つい手が滑ることもありそうで困ったものです」 ビロンのいやらしい目つきが気に食わないのか、いつもならさらっと流すコンラッドが ちょっと不機嫌。ふたりに挟まれたおれ、ちょっと血圧低下。 「では、そちらの娘さんは真ん中の櫓へどうぞ?」 「はあ?なんでだけ別なわけ?」 「そちらの娘はなんといっても賞品ですからな、特別席を用意したまでのこと」 「し……」 「賞品だとー!?」 おれが叫ぶ前にヴォルフラムが怒り狂う。 「無礼者!は眞魔国王ま……」 お忍びにも関わらず、身分をばらしそうになったヴォルフラムの口をコンラッドが後ろ から押さえる。 なんだろう、昨日からおれと周囲が立場を交代しているようなこの現象は。 珍しくの方が短気を起こすし、コンラッドが相手に不機嫌を見せるし、ヴォルフは おれより先に食って掛かるし。あれ、ヴォルフはいつものことか? でも、とにかくちょっと自分を見失いそうになったぞ。 「ユーリ」 険悪な雰囲気に、グレタがおれの手をぎゅっと握った。 娘に頼られて、拗ねている場合ではないと気合を入れ直す。 ああ、心配しなくていいぞ。お父さんがきっちりぽんと守ってやるからな! |
有利が周りに押され気味です(笑) 頼ってくれるグレタがいてよかったね……。 |