重傷のグリーセラ卿を抱えて宿に戻る途中、有利から大体の事情を聞いた。

人を捜しているというグレタが一人で宿を出ようとしたからそれについて行き、典型的

な美人局に引っ掛かったところにイズラという女の子が助けてくれたこと。

その女の子は昼間コンラッドに声をかけた子で、有利はその子がナンパをしてきたの

ではなくて、少女娼婦だとそのとき気付いたらしい。

もっと違う仕事を探すべきだとイズラさんについ説教してしまって、彼女が逃げてしまい

現在地を見失い、迷い込んだ先でなんと偽札置き場を発見。そこで捕まって、あの店

の地下に閉じ込められたとのこと。

そこには客を取れなかったイズラさんと風邪で仕事ができないニナさんが閉じ込められ

ていて、彼女の風邪を治してあげてとグレタに依頼されたとか。

グレタの説明がこれでようやくつながった。

「そのときに、グレタが話してくれたんだ。グレタはさ、スヴェレラの王室に預けられて

いたらしい。でも、王にも王妃にも受け入れてもらえなくて、それで王と王妃が悪口を

言っていた魔族の王を殺せば、誉めてもらえると思ったらしいんだ。………グレタは

親が欲しかっただけなんだ。家族が欲しかったんだよ」

有利が杖を弄びながら、吐息混じりの小さな声で説明した。ふたりきりでそういう話を

したのなら、有利はわたしよりもずっとグレタと仲良くなったんだろう。

ちょっと悔しいな。





046.優しさの裏側(3)





慌てて呼んだ医者によると、グリーセラ卿には傷の縫合をして痛み止めや化膿止め

などを処方したけれど命が助かるかは保証ができないという。

「今夜が土手というところですな」

峠じゃなくて?

医者が帰ると、グレタはコンラッドのベッドに寝かしつけられたグリーセラ卿に張り付

いたまま、瞬きすらも惜しむようにじっと様子を窺っている。

グレタを少しでも力づけようと一歩踏み出したら、またコンラッドに肩を掴まれた。

「さあ、も陛下ももう眠って」

「この状況で寝ろっていうのか!?」

有利が驚いて絶叫し、わたしはまだ残る不機嫌のままコンラッドを睨みつけてしまう。

「グレタひとりじゃ、怪我人の世話をしきれないわ」

「必要な世話なら俺がするよ。第一、君はゲーゲンヒューバーに命を狙われたんだ。

近付かないで」

「ならおれが」

「陛下も一緒です」

コンラッドは、なにがなんでもわたしと有利をグリーセラ卿に近づけないようにしていた。

「それにしても、なぜゲーゲンヒューバーはを狙ったんだ?」

だれもが思っただろう基本的疑問をヴォルフラムが首を捻って議題提起する。

「コンラートとの遺恨があったとはいえ、はユーリの妹でもある。反王権派では

なかったのに、ユーリの暗殺にも手を貸して」

「だーかーらー、ヒューブは暗殺の件とは関係ないんだって」

「ゲーゲンヒューバーはユーリが魔王だとは知らない。のことだって、自身

がだれであろうと構わなかったんだろう」

「辻斬りをやろうとしたってこと?」

「あの部屋にいた誰でもよかったわけじゃない。ゲーゲンヒューバーがを狙った

のは、ユーリよりの方が狙い易い位置にいたからだ」

「おれも標的だったの!?」

わたし自身が誰であろうと関係なくて、でも狙いはわたし、もしくは有利。

共通項といえば双黒の魔族。だけどあの時点はどちらも髪も目を見せていなかった。

残るは。

「……コンラッドを挑発したかったの?」

「たぶん、ね」

「ヒューブは死にたかったんだよ」

グレタが怪我人の額に浮かんだ汗を拭きながら、消え入りそうな声で呟いた。

「スヴェレラのお城の地下の牢屋で、ヒューブはずっと後悔してた。昔、生きているのが

申し訳ないほどとっても酷い事をしたんだって。でも役目があるから、そのことを考えず

にすんだんだって。そのうち、昔のことは忘れてきて、好きな人ができて、生きていても

いいかと思うようになったんだけど……」

グリーセラ卿の好きな人とは、ニコラさんに違いない。コンラッドを挑発して、殺された

かったの?でもそうしたら、残されたニコラさんはどうなるの?

あなたはまだ知らないだろうけど、ニコラさんはお腹にあなたの子供を宿し、ひとりで

頑張って守っているんだよ。

目を覚ましてくれれば、このことを伝えたいのに。

「でもお城の地下に連れてこられて、やっぱり自分は許されないんだって思ったんだっ

て。でも、死のうとすると女の人が夢に出てきて、死んじゃいけないって言うんだって。

だから自分では死ねなくて、誰か殺してくれる人を待っていたの。それでグレタと一緒

にお城を出たの。グレタは抜け道とか隠し通路を知っていたから……」

グレタの話が途切れた。どうしたのだろうと思えば、すぐに切羽詰った悲鳴が上がる。

「ユーリ、!どうしよう、ヒューブが冷たくなっていく!」

グレタの悲痛な悲鳴に思わず身を乗り出すけれど、またコンラッドに引き戻された。

「コンラッド!」

「駄目だ。絶対にあいつに近付かないで」

「意識もないのに!?」

過保護も度が過ぎると勢いよく見上げると、コンラッドも少し怒っているようだった。

腰を曲げて両手をわたしの肩に置き、至近距離でぐっと睨みつけてくる。

「君に剣が向けられたときの、俺の気持ちがわかる?」

二の句が継げない。

なにしろわたしは、有利に剣を向けたグレタにしつこく腹を立てていた。

たかがナイフで、そして有利に傷を負わせることがほぼ不可能だったグレタに対して

まであの態度。

今夜はちょっとの加減で助かったけど、コンラッドがほんの一瞬でも遅れたら、今夜が

土手どころか、その場ですべてが終わっていただろう。

俯いたら、耳の横でイヤリングが小さく音を立てた。

「ユーリ!グレタの熱を下げてくれたみたいに、ヒューブも助けてあげて!二ナの風邪

を楽にしてあげたみたいに、ヒューブの傷を治してあげて!」

「おれに本当にそんなこと……ま、まあ試すだけなら」

コンラッドの言葉に動けなくなったわたしの横で、今度は有利が前に出ようとする。

もちろんコンラッドがそれを見逃すはずもない。

「駄目です」

「なんで!?見捨てるのかよ!今は違っても、元チームメイトだろ!?あんたそんなに

冷たい奴だったのかよ!?」

コンラッドの銀の光彩を散らした茶色の瞳がすっと翳った。答えはもう聴くまでもない。

「あなたやを危険にさらすくらいなら、ゲーゲンヒューバーは見捨てます。俺は、

そういう男ですよ」

「そんな……」

有利もやっぱり言葉に詰まった。コンラッドの本気が判るから、何も言えない。

とても優しいコンラッド。

わたしと有利に、とても優しい。

だけど優しく、そして大切にすればするほど、こうやって切り捨てるものが多くなりは

しない?

これ以上の我儘は、コンラッドに言わなくてもいいことまで言わせてしまいそうで、

どうしたらいいのかわからない。

安心して任せてもらえるだけの力がない自分に腹が立つ。

どうしていつだって、わたしはこんなに無力なんだろう。

そのとき、部屋の隅で壁にもたれていたヴォルフラムが、欠伸を噛み殺しながら声を

上げた。

「なじぇぼくに頼まない?」

「え?」

反射的にヴォルフラムを顧みると、有利もぽかんと口を開けて恐る恐ると疑問を口に

する。

「でもヴォルフ、そんな特技あったっけ?」

「本職のギーゼラほどではないが、癒しの術の心得ぐらいはある。半人前のお前や

に出来てぼくにできないはずがないだろう」

壁から身を起こし、ヴォルフラムは不敵に笑った。

「頼むか?」

「お願いします」

有利とわたしが同時に頭を下げると、得意そうに鼻を鳴らしてグリーセラ卿の元に

移動した。

「いいか、ユーリ、。癒しの術とはこうするものだ。よく見ていろ。おい、ゲー

ゲンヒューバー!」

ギーゼラさんがやっていたのとは随分方法が違うような。

彼女は有利の手を優しく取って話し掛けていたけれど、ヴォルフラムはグリーセラ卿

の手首を掴んで乱暴に揺らす。話し掛けるというよりは、怒鳴りつけている。

「ぼくはお前など助けたくもないが、ユーリとが頼むというから仕方なく助けて

やる!生き延びたらふたりに感謝しろ!まったく、勝手に重傷をおってからに、ぼく

の手を煩わせるとはいい度胸だ!」

「……確かに生きる気力は引き出しているようだけど……」

悪口と苦情の悪態と、とにかく生きろという言葉が混じり合ってすごく不思議な癒し

の術だった。

「あれは特殊な例ですから、覚えて真似たりしないでくださいね」

コンラッドが苦笑混じりでそう言った。言われなくても真似ようがありません。




怪我人の容態が安定する頃には、もうほとんど夜が明けていた。

「さあ、疲れたでしょう。ユーリもも眠って」

コンラッドに背中を押されて部屋から追い出される。ちらりと振り返ると、心配そうに

グリーセラ卿に張り付いていたグレタは、呼吸の落ち着いた彼の手を握り締めたまま

ベッドにうつ伏せに倒れ込んで眠っていた。

有利はヴォルフラムと眠気のためか危ない足取りで部屋に帰っていく。

も」

「コンラッドは?」

部屋に無理やり連れて行こうとする手を逃れてくるりと振り返る。

「コンラッドもちゃんと眠るの?」

「ああ、が眠るのを確認したら一眠り……」

「嘘ばっかり。珍獣の手配が必要でしょ?」

コンラッドは、軽く息を吐いて苦笑した。

「まあね。でも場所がヒルドヤードだったのはラッキーだった」

「やっぱり」

ある意味では、珍獣レースで助かった。種類を限定されたら大変だったかも。

助っ人を頼むのは、昨日訪ねたあの……。

「じゃあ、早速行こう。勝負は今日の正午なんだから、助っ人のお願いも早めに

しないとね」

「行こうって……は休んでいてくれて……」

「勝負を受けたのはわたし。コンラッドに全部任せてられない」

「でも、疲れているだろう?」

連れて行きたくないわけじゃなくて、わたしの体調を気遣ってくれているのだと

わかっている。

でも、わたしは今、コンラッドの側にいたい。

コンラッドの手を握った。

「色々あったから、気分だけでも昨日のデートの再現。……ダメ?」

両手で握ったコンラッドの手を持ち上げて、長く節立った指に軽く唇を当てると、

大きな手が開いてわたしの手から抜け出す。

「帰ってきたら、少しでも眠ること。いいね?」

そっとコンラッドの手が頬を掠めるように撫でて、わたしは目を閉じてその暖かさ

だけを感じていた。







度が過ぎる過保護も困りものですが、目の前で大事な人が傷つけられた
かもしれない可能性の怖さは、身をもって知っているだけに、反論できま
せんでした。



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