グレタがちらちらと、コンラッドと離れていることを気にするのでほとほと参った。

「あの人とは一緒にいないの?」

なぜそんなにコンラッドと一緒にいることにこだわるの?むしろそれを聞きたい。

だけど声に出して聞かなくても、グレタはお湯に視線を落として小さく呟いた。

「お父様は、お母様じゃない人と仲良しだったの。もそうなの?あの人も

そうなの?」

……グレタのお父さんは浮気していたわけ?

なんてことだろう!親の浮気に、子供がこんなにも傷ついている。

「そうじゃないよ。わたしもコンラッドも、ちゃんとお互いのことが好きなんだよ」

これは恥ずかしいなんて言っていられないと、グレタの目を見て言い聞かせる。

「ただね、有利は捻挫で、グレタは風邪を引いていたでしょう?せっかくそれぞれ

のお湯があるんだから、別々に浸かった方がいいなと思っただけなの」

「ホント?」

「ホントだよ」

にっこりと笑って請け負うと、グレタはほっと息をついた。

「あのね、とあの人が仲良くしてたとき、お母様とお父様が仲良くなったん

だって、そう思って嬉しかったの」

「…………そ、そう……」

なるほど、あの夜グレタは、朦朧とした意識の中で聞いた会話を、自分の両親と

重ねていたのね。

「大丈夫だよ。わたしとコンラッドは仲良しだから」

引き攣った笑いを見せないように、グレタをそっと抱き寄せる。

お願いだから忘れてくださいと言いたいのに、言えなかったのです。ハイ……。





044.変わりたい、変われない(3)





あれから二時間以上も色んなお湯を試しながら温泉を巡った。

グレタの手前、コンラッドを避けているわけにはいかなくて、途中からは合流して

一緒に回った。

ただし、あんな熱気の篭った場所でコンラッドを直視するなんて自殺行為は避け

るために、微妙に有利やヴォルフラムとばっかり喋ってたけどね。

それでも、コンラッドの隣にいるようにはしておいたから、グレタは一応納得した

みたいだった。よかった。あの歳で男女の関係に悲観的になるのは寂しすぎる。

でもコンラッド。有利に見えないお湯の中で腰を撫でるのは本当に止めてください。

わたしも大人しく触られてばかりいないで、その手を抓り上げたりはしたけどね。

お湯の中は、グレタと有利にはバレないように静かなる攻防だった。コンラッドの

方を見れなかったのは、そのせいでもある。

温泉パラダイスを出ると、有利はもう喉笛一号がなくて大丈夫っぽいと言い出した

けれど、全員で反対してまだ杖を使えと説得した。

コンラッドがせめてあと二日は湯に浸かってからにしてくださいとお願いするとよう

やく有利も大人しく喉笛一号を使う気になったようだった。

それから夕方までは露店や商店をひやかして歩いて、食事も外で済ませてから

宿に戻った。




夜も更けてきた頃、隣の部屋から聞えてくるのは、ベッドのスプリングが軋む音と

有利の乱れた息遣い。

……腹筋だって、わかってはいるけどね……。

コンラッドの行動とかグレタの話とか、色々と意識しすぎているせいか、慣れている

はずの有利の腹筋の声に我慢できずに抗議に、というか隣に遊びに行くことにする。

声や音だけ聞えてくるから変に意識しちゃうんだよ。

目の前で腹筋をしてくれればなんの問題もないと部屋を出たら、ちょうどコンラッドも

部屋から出てきた。しかも、コートを着て防寒対策もばっちりの格好で。

既に日も落ちて、こんな時間にひとりでどこに行くというのだろう。

昼間の女の人を思い出してしまって、嫌な気分になった。さっきまで聞いていた有利

の腹筋の声もよくない。

大丈夫、大丈夫。グレタにだって、大丈夫だって自分で言ったんじゃない。

「どこ行くの?」

気軽に聞えるように殊更明るく声をかけてみて、わざとらしいかとちょっと反省する。

なんでもない振りで、余計に気にしているとバレバレだったら嫌だな。

「知人に渡すものがあって」

コンラッドもやっぱり気軽に答えて、まるで後ろめたいことなんて感じない。

それで納得したいのに、更に一歩踏み込んでしまう。

「ふうん。こんなところに知り合いがいるんだ?ついていっていい?」

「いや、それは……風邪を引くといけない。陛下の部屋で遊んで待ってて」

「……やましいことがある?」

……」

コンラッドが溜め息をついて、浮気なんてしないとわかっていても、つい疑うようなこと

を言ってしまった自分が恥ずかしくなった。

「ごめんなさい……」

申し訳なくてコンラッドの顔を見れなくて、俯いて謝る。

「俺はそんなに信用できない?」

「違うの、ごめんなさい。そうじゃなくて……」

そうじゃなくて、自分に自信がないの。

コンラッドはわたしを好きだと言ってくれるけど、わたしにはコンラッドが誉めてくれる

ような良さがあるとは思えない。

すぐに逃げてばかりで、コンラッドには物足りないと思うし。

コンラッドのことは好き。

でも、それなのに、あと一歩が踏み出せない。

そんな風に、いつまでも逃げている自分が嫌なの。

どう言っても卑屈な言葉になりそうで、唇を噛み締めて俯いていると大きな手が軽く

肩を叩いた。

「……五年前に比べていかがわしい雰囲気になっていたから、あまり夜に出歩いて

欲しくなかったんだけど……俺から絶対に離れないなら、ついてきてもいいよ」

ついて行きたいと思ったけれど、それを肯定するとやっぱりコンラッドを疑っている

ように見えるんじゃないかと、頷けなかった。

「やっぱり……いい……」

「俺の言い方が悪かったかな。せっかくだからデートに出ようか?」

弾かれたように顔を上げると、怒っても呆れても諦めてもいない、いつものコンラッド

の優しい笑顔。

「用事が終ったら、少しふたりで街を回ろう。大丈夫、健全な遊びもたくさんあるから」

「うん!……あ、でもグレタは?」

「あの子なら早々に寝てくれたよ。陛下に一言断って……」

有利の部屋の前に立ったコンラッドは、中から聞えてくるベッドの軋む音とくぐもった

有利の声に、ノックすることなく手を降ろす。

「取り込み中みたいだ。悪いから黙っていこうか」

腹筋だとわかっているくせにそんなことを言うコンラッドに、わたしは声を堪えて笑い

ながら部屋にコートを取りに戻った。




夜になっても街は明るくて賑やかだけど、確かに治安は五割増しで悪くなっている

ようだった。特に温泉街を抜けて遊戯通りに出ると、あちこちから罵声と嬌声と怪し

げな呼び込みの声が上がっている。



コンラッドに引っ張られて、手を繋いだまま身体をぴったりと寄せる。さすがに異論は

ありません。

「本当に、結構ガラ悪いね」

「夜はそれなりにね。まあ、思った通りこちら側は以前とは比べ物にならないほど悪く

なってるな」

コンラッドに張り付きながらそっと周囲を見回すと、あちらこちらで昼間に会ったような

中学生くらいの女の子が寒そうな薄着で立っている。

有利はナンパだと思っていたみたいだけど。

居たたまれなくて、目を逸らしてコンラッドにしがみついた。

こういうところで仕事をしている女の子が、お小遣い欲しさのバイトなはずはない。

?……ああ、そうか。昼間のことを気にしていたのか」

それもあるけど、今のはちょっと違う。説明しがたい感情なので、黙っている。

この辺りには娼館が多いのか、立っている女の子の数も増えている。

コンラッドは納得したように言って、繋いでいた手に少し力を込めた。

「あのね、。俺はのことが好きだよ。それは、の優しいところも、

ちょっと気の強いところも、家族思いなところも、恥ずかしがり屋なところも、すべて

が好きなんだ」

これは誉め殺し……?

恋人の贔屓目が入った評価に恥ずかしくて顔が上げられない。

「………でもわたし………も、もう四ヶ月も付き合ってるのに……その………まだ、

で、できないし……」

コンラッドの足が止まった。

なんの答えも返ってこなくて、不安になって顔を上げると、コンラッドは驚いたように

大きく目を見開いていた。

ずっと避けていたことを、わたしから口にしたから驚いたんだろう。

でも不安なの。

夫婦でも浮気が多いのは奥さんの妊娠期間中だって聞いたことがある。

妊娠期間は奥さんには理由がある。頑張っている奥さんを裏切るなんて最低だけど、

わたしの理由は、自分勝手なものだ。

それとは全然違う。

コンラッドは少し考えるように夜空を見上げて、そして苦笑しながらわたしに視線を

戻した。

「そうだな………正直に言うと」

ぴくんと震えてしまったわたしの手を、コンラッドはしっかりと握り直す。

としたいとは思うよ。俺はのすべてが好きだから、のすべてが

欲しい。だから身体も繋ぎたい」

心臓が跳ね上がった。どくどくと脈打つそれは、高揚しているのか動揺しているのか。

嬉しいのか、恥ずかしいのか、怖いのかわからない。

求められることは嬉しい。でも同時に恥ずかしい。

そして、やっぱり怖い。

繋いだ大きな手は、男の人のもの。

でもこれは、他の誰でもないコンラッドの手。

ぐちゃぐちゃに混ざった感情に混乱しながら、なにも言えずにコンラッドを見上げている

と、繋いでいた手を上に引かれた。

「だけど忘れないで欲しい。すべてが欲しいからこそ、身体だけでは意味がないんだ」

「い…み……?」

「身体だけが欲しいわけじゃないってこと。俺はが考えているよりずっと欲張り

だからね」

握り合ったままの指先に、コンラッドがそっと口付けをする。

熱い吐息と、柔らかい唇の感覚が指先に伝わって顔が熱くなる。

からどうしようもなく俺を求めたくなったら、その時こそ……しようね?」

きっと、わたしの顔は真っ赤になっていたに違いない。

コンラッドは楽しそうに笑って、俯いたわたしの手を引いて歩き出す。

「無理に変わろうとしなくていいんだよ。は、すぐに頑張り過ぎるから心配だ」

「だって……」

コンラッドはずっと待っていてくれているのだから、わたしが努力しないとなにも始ま

らないじゃない。

「コンラッドが好きだから……」

やっぱり、好きって口にするのは相当照れる。コンラッドはよく言えるよねと感心して

いると急に横に手を引かれて、気が付けばちょっと細い道に入り込んでいた。

「え?あの……コ、コンラッド……?」

こっちが近道?

危ないから大通りしか通らないとか言っていたような気がしたんだけど。

は態度で示してくれるから、心配したことはないけどね。たまにしか聞けない

言葉は貴重だから、記憶に留めておこうかと」

「は?」

なんのことだと呆然としているうちに、気が付けば壁に背中をくっつけて、コンラッドが

人の顎を持ち上げていて目を逸らすこともできなくなっている。

お、男前の顔がすぐ目の前に。

、好きだよ」

そ、そういうこと?

確かに言うのは恥ずかしいけれどあんな一言でそんなに喜んでもらえるなら、それが

嬉しいことも確かで。

離してもらえないと、いつまでもこの至近距離でコンラッドの整った顔を眺めていなく

てはいけないわけで、それはあまりに過酷な試練だった。

目を閉じちゃえば、見なくていいんだよね。

我ながらすごい言い訳で、恥ずかしいという気持ちを押しやって口を開いた。

「好き……」

コンラッドがゆっくりとただでさえ近かった距離を詰めて、わたしは目を閉じる。

確かにコンラッドの顔を見なくてもよかったけれど、触れ合っている方がずっと恥ずか

しくて。

そして、とても嬉しかった。







一応、超年上の彼氏なので。たまには我慢を(我慢しきってませんけれど)
思う自分に変わるのは難しいですが、急がば回れ、です。
ところで本当に恋人に合わせると、結婚まで待つことになると思いますが、
いいのかコンラッド?(明日マの1話で言ってたよ……^^;)



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