「それにしても、グレタの演技力はすごかったなぁ」

散々ヴォルフラムに揺さぶれて、怪我人だからと引き離すと有利は目が回るのか頭を

押さえながらそう言い出した。

急に話題を振られて、グレタはびっくりしたようにわたしの後ろに隠れるようにしてから

有利を見る。

やっぱりあの親子の芝居はわたしのためにやってくれたのだろう。

子供にまでわかりやすく感情がバレるっていうのはどうなの。

しかも、嫉妬なんて感情を。

「このまま演技の勉強をすれば、紅天女とかやれそうだよな!」

「……じゃあ有利が紫色のバラを送ったら?」

「クレナイテンニョとはなんだ?」

「天才的役者の話……」

正しくは、その役者が争っているものすごく演技力を必要とする役どころのことだけど。

「ああ、そうですね。グレタの機転には本当に助かった」

コンラッドがわたしにしがみつくグレタの頭を撫でると、グレタは頬を染めて俯いた。





044.変わりたい、変われない(2)





宿について、こちらは船とは違って空き部屋があったのでコンラッドが新たに二つ部屋

を取った。

「ふたつ?」

「やっぱり一応、ユーリやをグレタと同じ部屋にはできないでしょう。かといって

彼女をひとりにするわけにもいかないし、ユーリはヴォルフラムと同室でお願いします。

はひとりになるけど、大丈夫だね?」

「ひとり部屋なくらいは平気だけど」

ここからひとりで眞魔国まで帰れと言われたら戸惑うけどね。

「やっぱりグレタを連れてきて正解だったよなあ」

有利が腕を組んでしみじみと言うので、グレタは目を丸めて首をかしげる。コンラッドは

肩を竦めて苦笑した。

「よっぽど俺は信用ないんですね」

「じゃあグレタがいなかったら、コンラッド部屋割りどうしてた?」

「船で言った通りに……」

「やっぱりじゃん!」

グレタのお陰だと有利が繰り返すので、当のグレタは居心地が悪そうに俯いて足を擦り

合わせる。

そりゃまあ……立場的には有利に感謝されるのは変な感じがするだろうね。

「とりあえず、温泉に行かない?」

「そうだった。じゃあ五分後に集合な」

有利とヴォルフラムが真っ先に部屋に入り、コンラッドに促されてグレタもドアをくぐろう

とした。

「グレタ」

呼びかけると、ちゃんとこちらを向いてくれる。

有利に対してはまだ警戒しているようなのに、不思議だなあ。

「さっきはありがとう」

あの親子の演技は、きっとわたしのためにしてくれたんだ。そう思ったことは正しかった

ようで、グレタは薄く頬を染めて小さく頷いた。




温泉に到着すると、コンラッドがフロントに行っている間に有利は男湯はこちらだとさっさ

と杖をついて行ってしまった。ヴォルフラムもそれに続く。

わたしは、その前に注意書きは読んでおこうと壁に掛かっていた立て札を眺める。

一項目めを読んで、無言で踵を返した。

帰ろうとしたのに、後ろから軽く引っ張られて振り返るとグレタが指先で裾を握っている。

「どうしたの?」

「ここ……混浴だって……」

グレタはそれがどうしたのかという顔で首を傾げる。

子供だから気にしないのか、それともこちらでは温泉と言えば混浴で当然なのかは知ら

ないけれど、嫌だ。わたしは絶対に嫌だ!

だけど逃げ出す前にコンラッドがフロントから帰ってきた。

「なにをやってるんだ、

「だってここ、混浴だなんて知らなかったんだもん!」

「ああ……心配要らないよ、最後まで読んでみて。水着着用だから」

「み、水着持ってきてない」

だから無理、と主張すると紺色の水着を手渡される。

「貸し出しているから心配しないで」

そりゃそうだよね。着用義務があるなら、貸し出しもしてるに決まっている。

水着くらい、水泳の授業でも海に遊びに行っても着ている。今更ではある。

今更ではあるけど、地球のプールや海にコンラッドはいなかった。

水着なんて代物でコンラッドの前に出るのかと思うと逃げ出したい。

だって、水着って身体の線がそのままわかるし。

さっきの街で会ったお姉さんを思い出す。

居合いと弓道で鍛えているから、二の腕も太腿もそんなに弛んでいるということはない

けど…あんなに胸は大きくないし。腰だって、太くはないけどくびれているかと言われる

と……ああ、嫌だ。外見のことでこんなにぐずぐず考えるのはすごく嫌。

でも、できればコンラッドにはやっぱり、それなりに納得するプロポーションになってから

見せたいというか……見せたいってなに!?

「やっぱり帰……」

コンラッドに水着を突き返そうとしたら、それが二着あることに気がついた。

二着?

はっと気付いて下を見ると、グレタが不安そうにわたしを見上げている。

そうだった。この子がいたんだった。

わたしが帰ってしまうとグレタはひとりで女湯、もとい脱衣所にいかなくてはいけない。

しっかりしている子だし、大丈夫だよねー?

……なんてわけにはいかないよね……。

「い、行こうかグレタ」

「うん」

わたしが手を差し出すと、グレタは躊躇なく握る。お互いに、随分慣れてきたものだと

感心する。

その前にと、コンラッドは付け足すようにグレタの頭を撫でて失礼な依頼をした。

「グレタ、が逃げてしまわないように、ちゃんと見ていてくれ」

「……、逃げちゃうの?」

「かもしれない」

「コンラッド!」

子供になにを吹き込むのだと憤慨してグレタの手を引いて脱衣所の扉をくぐった。

ぐるりと見回すと、中は日本の温泉とそう大差はない。空いている棚を探し当ててグレタ

を見下ろす。

「ひとりで着替えられる?」

「大丈夫だよ」

グレタの手に届くところに小さい方の水着を掛けておいて、わたしも服を脱ぎ始める。

紺色の水着は、日本のスクール水着とほとんど同じだった。よかった。せめて着慣れて

いるタイプでよかった。変にハイレグとかじゃなくて、本当によかった!

は」

呼びかけられてグレタを見下ろす。もう服は脱いでいて、水着に着替えようと頑張って

引っ張っているところだった。

あれ、そういえば、さっきも名前を呼ばれたような。

やっぱりちょっとずつ距離が縮まっているようだ。

誰も信じない、信じちゃだめと言って震えていた少女が少しずつ心を開いてくれるのは

嬉しい。この子のためだとも思うけど、なによりわたしが。

だって、あの背中はまるでわたし自身を見ているようだった。

それなのに、グレタは少しずつだけどわたしを見ようとしている。

「なあに、グレタ?」

は、あの人のこと、好きじゃないの?」

ぶっと、思わず吹き出してしまった。

赤くなってしまった顔を隠そうとして、脱いだ服に顔を埋める。

あの人って、コンラッドのことだよね?

「それは、その」

「馬車の中で、あの人に抱きついていたのに」

「あれは抱きついていたんじゃなくて……!え、えーと……ひ、膝枕をしてもらっていた

わけで!」

それもどうよ。

がくりと床に手をついて項垂れると、傍らにグレタがしゃがみ込んだ。

「嫌いなの?」

「き、嫌いじゃありません」

なぜ急にそんなことを聞くのだろうと顔を上げると、グレタは難しい顔をして凛々しい眉

をぎゅっと寄せていた。

「ごめんね」

突然の謝罪に、びっくりして目を瞬くと、グレタは申し訳無さそうに目を伏せた。

「そうだよね、仲良しだよね。だって、一緒のベッドで眠ってたもんね」

……一緒のベッド……で……?

それは、その、あの、他には心当たりがありませんので、聞くまでもないのですが。

「お……お、きてた……の?」

グレタが熱を出していた夜、コンラッドとひとつのベッドの上にいたのは本当だけど別に

眠っていたわけではない。むしろ、もういっそお休みなさいと睡眠中だったらこんなに

恐ろしい質問をしなくて済んだ。

グレタは、やっぱり申し訳無さそうに一言謝った。

「ごめんね。グレタが邪魔しちゃったんだよね?」

「邪魔は全っっ然!しておりませんっ!!」

いっそ吐血したいくらいに恥ずかしかった。




コンラッドって、実は予言者だったりしない?

逃げ出したい気持ちでいっぱいになったわたしの手を、グレタががっちりと握り締めていて

離そうとしない。

後でグレタの言った「邪魔した」というのは会話のことだとわかったけれど、それでも十分

居たたまれない。

あれをグレタに聞かれて見られていたことに比べれば、スクール水着くらいなに?という

勢いだよ。でも今、グレタの前でコンラッドと顔を合わせるのは非常につらい。

脱衣所から出ると、広い風呂場に見渡す限りの色んなお風呂が広がっていた。

「うわ、広っ……」

「あ……」

グレタに引かれて振り返ると、コンラッドとヴォルフラムが手持ち無沙汰に立っていた。

こちらに気付いてコンラッドがひらりと手を振る。

「有利は?」

「タオルだけでここまで来ていたので、水着を着に戻っているんだ。もう来ると思うよ」

そう言うコンラッドは、際どい競泳型の水着だった。

体格がいいからすごく似合っている。

でも、恥ずかしくてあまり見ていられない。

ついと目を逸らすと、ヴォルフラムは腕を組んで足でタイルを叩いている。

「まったく、ユーリはいつもああだ。やることなすこと間が抜けていて」

そういうヴォルフラムの水着は、黄土色のハイレグビキニ。後ろに燕尾服風の尻尾付き。

周囲を見回すとほとんどの男性がこのタイプだったので、貸し水着はこれなんだろう。

よかった。コンラッドの水着がこれだったら即この場から逃げ出している。

そうしみじみ思っていると、ようやく有利がやってきた。

「悪い、遅くなった。あ、とグレタも来たんだな。うわー、スク水かあ。なんかある意味

マニアック?」

「変なこと言わないでよ。有利に比べたらめちゃくちゃ健全だよ」

有利はヴォルフラムと同じくハイレグビキニ、尻尾つき。

わたしが睨みつけてそう言うと、有利はがくりと肩を落としてひらりと尻尾を仰ぐように

手で持った。半ばヤケクソのように乾いた笑いでわたしを見る。

「しかもこれ、実は後ろはTバックだ」

本当に、コンラッドが競泳型でよかった。

「さあ、立ち話はそれくらいにして。冷えますよ、湯に入りましょう」

コンラッドのもっともな意見に従って、ぞろぞろと移動することに。

だけど考えてみると打ち身捻挫が必要なのは有利だけで、おまけに隣は刀傷の湯

とかで人口比率は男の人が高い。

水着を着ているとはいえ、やっぱりちょっと嫌だなあ。

視線を感じるのは自意識過剰だと思うけれど、男の人の集団の側というのは落ち着か

なくて、周囲を見回すと近くに病気回復の湯というものが見つかった。グレタは病み

上がりだからちょうどいい。

「わたし、グレタとあっちに行ってる」

わたしが指差した湯を見て、コンラッドと有利も了解したと頷いた。

グレタの手を引いて移動すると、グレタは後ろを振り返りながら首を傾げる。

「あの人とは一緒じゃなくていいの?」

「……いいの」

むしろ、今だけでいいから離れていたいんです。







グレタには口止めをお願いした方がいいのではないかと……。
有利に知れたらえらいことになるのでは?(主にコンラッドが^^;)



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