扉をノックする音が聞えて、コンラッドが扉の片方だけを少し開けた。 入ってきたのは、正門を警備する若い兵士の人。 「も、申し上げます!」 魔王とその側近という部屋にいるメンバーにガチガチに緊張しながらその兵士の告げた 内容は、まさしく爆弾と言う他はなかった。 「ま、魔王陛下のご落胤と名乗る者が……いえ、仰る方がお見えです!」 部屋を沈黙が支配した。 041.抉られた古傷(1) ゴラクイン。 ご落胤。 魔王陛下っていえば、有利のことだよね。 魔王陛下のご落胤。 つまり、有利のご落胤。 「ユーリ、貴様っ!」 思ったとおり、ヴォルフラムが猛然と有利に掴みかかる。 「どこで産んだ!いつの間に!」 あー見事に混乱しているね……有利に子供が産めるはずないじゃない。 もちろん有利も慌てて否定する。 「う、産んでません!」 「産んでないということは、どこで作った!」 な、生々しい発言は控えて欲しい。 「な、なにも作ってません!そもそもゴラクインってなに!?」 え、時代劇好きなのに、ご落胤がわからないの、有利? 「貴人が妻でない女性との間で作った子供のことですよ」 コンラッドがのんびりと答えた。 その後ろでギュンターさんが白目をむいて仰向けに倒れる。 受身も何もない倒れ方に、思わず肩を竦めて目を瞑ってしまった。 「い……痛そう……」 「ああ、上様のゴラクインとか言ってよくある隠し子騒動ネタね……って、この場合 貴人っておれ!?おれに隠し子がいるって!?」 「その疑惑が」 「なんてことだ!ぼくの知らぬ間になんて好色なことを!」 ヴォルフラムは怒髪天をついて有利の襟首を掴むとをがくがくと前後に揺さぶる。 「ちょ、ちょっとちょっとヴォルフラム!そんなことしたら有利が!」 というか、基本に立ち返って考えて欲しい。 有利がこの世界に来たのは六ヶ月前。ニコラさんのことがあったから知ったけど、 こっちの世界でも大体妊娠期間は約十ヶ月。 どう考えても計算が合わないんですけれど。 例えばかなり無理をして未熟児で生まれたのだと言い張っても、「ご落胤の母を 名乗る女性」ならともかく「ご落胤自身」が現れたわけでしょう? ……やっぱり不可能じゃない。 そう説明しようと思うのに、ヴォルフラムも有利もニコラさんも興奮していて人の話 なんてちっとも聞いてくれない。……ギュンターさんは床で痙攣を始めている。 「それで、そのご落胤の君とやらはどちらに?」 この騒ぎの中で、コンラッドだけはマイペースを崩さない。あのー、ギュンターさん にお医者さんを呼ばなくていいの……? 「それがその……もうこちらにいらしています。歴代魔王陛下とそのお身内にしか 継がれないという眞魔国徽章をお持ちでしたので、お通ししないわけにもいかず」 「徽章を?」 興奮していたヴォルフラムがぴたりと止まる。 徽章って確か身分を表すバッチみたいなものだよね、とコンラッドに聞こうとしたら 床からギュンターさんが海老のように跳ね起きた。 「ひゃっ!」 びっくりしてコンラッドに抱きついてしまった。 「大丈夫だよ、」 コンラッドが宥めるように肩を抱いてくれる。でも、今のはホントに怖かったよ! この四ヶ月、どうにかギュンターさんへの苦手意識を克服しようと、自分なりに努力 しているつもりなんだけど、日を追うごとに恐怖の種が増えている一方のような気が する。 わたしがコンラッドを挟んでじりじりとギュンターさんから距離を取っている間にも、 興奮して髪を振り乱しながら美貌の王佐は力説した。 「徽章を持っているのならご落胤を名乗っている者は、陛下のお子ではありません! 陛下はあくまでも十六歳にはなられていないと強く否定されるので、未だ魔王陛下 の証である徽章の図案もできていないのですから!」 そうなのだ。有利は往生際悪くまだ自分は十五歳と三百六十四日だと言い張り続け ている。昨日も今日も明日も同じ日付。 有利がそう主張し続けているので、当然双子のわたしも十五歳と三百六十四日。 わたしも、ちょっとした時間をプレゼントされているつもりでそれに便乗している。 だって眞魔国では十六歳が成人だというのだ。おまけに、成人には儀式があるとか で、偉い人に囲まれて色々問答があるということだった。残念ながら、眞魔国歴半年 弱のわたしには、人生を左右するほどの問答に答えるだけの知識が足りない。 だから有利の主張に便乗して、今のうちにと必死で勉強しているわけです。 わたしが情けない真似をしたら、有利の恥にもなるし。 「ではどこの家の章を持っているんだ?……ま、まさか新たな兄弟の出現ではない だろうなっ!?」 ヴォルフラムは有利を締め上げるのを中断して、慌ててドアに駆け寄った。 有利のご落胤には無理があるけれど、ツェリ様なら確かに可能性もなきにしも…… え、でもツェリ様って半年前まで魔王様で王都を離れていないのだから、いつの間 にか出産なんて不可能なんじゃ……? そう思ってそっとコンラッドを見上げると、やっぱり難しい顔をしてドアの方を見つめて いる。 ヴォルフラムが扉をいっぱいに開けると、立っていたのは小さな女の子だった。 ヴォルフラムの腰の辺りくらいの身長で十歳くらいかな? さすがに場面が場面のせいかオリーブ色の肌からは緊張で血の気が引いていた。 耳の上で切りそろえられた赤茶色の巻毛が僅かに揺れる。 「じゅ、十歳くらいかな……?待てよ、それならおれが六歳のときの子供ってこと!? あ、ありえない!なにかの間違いだって!」 それは有利が主張しなくてもみんなわかっている。 だけど女の子は、きゅっと唇を噛み締めて部屋の中に駆けてきた。 「ちちうえぇー!」 「父上って!」 絶句しながらも有利は反射で両手を広げて女の子を迎え入れる姿勢になる。 キラリと女の子の右脇腹に固定された手に、光が煌めいた。 朝の光を受けて、赤い光が……。 「有利っ!」 「陛下っ!」 とっさに倒れこんだ有利にわたしが覆い被さると、後ろで金属の音がした。 恐る恐ると振り返る。コンラッドの大きな背中が見えた。 女の子は床に転んでいて、起き上がったところを若い兵士が取り押さえる。 「え?おれなんで転んだの?はなんでおれの上に……」 「陛下っ!お、お怪我はございませんか!?なんという恐ろしい事を!」 ギュンターさんが慌てて駆け寄ってきて、蒼白になって有利に怪我がないかと全身を 撫で回している。 「大丈夫だからさ……ていうか、関係ないとこまで触んなって」 「も、申し訳ございませんっ!ま、まさか子供が暗……このような大それたことを企て ようとは……」 女の子を羽交い絞めにしながら、若い兵士は少しでも有利に子供を近づけないよう に後退りする。 「暗殺……?お、おれ暗殺されかけたの!?」 ギュンターさんは怒りに燃える声で高らかに言い放った。 「例え年端のゆかぬ子供といえど、このような大逆は決して許されません!打ち首 獄門、あるいは市中引き回しの上、火炙りに……」 「ちょっと待った!こんな子供が暗殺なんて思いつかねーだろ!?そういう物騒な ことを簡単に言うなって!」 興奮するギュンターさんを有利が必死になだめている。 その間、わたしはヴォルフラムの足元に転がった銀色の鈍い光を放つナイフをじっと 見つめていた。 |
暗殺未遂事件の発生です。 |