わたしがコンラッドとのことでひとりで一喜一憂している間にも、当然色々と物事は

進んでいる。

血盟城を発ったグウェンダルさんは、ニコラさんの身元保証人としてグリーセラ家に

赴いたという話だった。

グリーセラ家の人たちは、嫡男の帰還を半ば諦めていたために、息子はまだ行方

知れずといえど、嫁と孫ができたことを大層喜んだそうだ。

有利の名前を孫に頂戴したいと感謝しているとのことで、わたしは大いに満足した。

だって、眞魔国の人、それも国政に関わるような可能性のある有力貴族に、有利

の存在をアピールできたわけで。

それからしばらくして、グウェンダルさんから三十センチはあるんじゃないかという

あみぐるみが届いた。なんとグウェンダルさんの手作りらしい。

有利は、白いライオンのそれをシロブタちゃんだと失礼な感想を述べる。鬣がない

からレオ子ちゃんとかライナちゃんだとか。やっぱり某球団のマスコットをイメージ

して獅子がいいと言ったのね。

わたしの元には、黄色いヒヨコちゃんが届けられた。

それを見て有利は、オバQって黄色かったっけ、と素でボケる。

「オバQじゃなくてヒヨコちゃん!」

なるほど、砂漠の夜での質問はこういうことだったんだ。

わざわざこんなものまで届けてくれるなら、本当にグウェンダルさんには嫌われて

いないんだと嬉しくなってヒヨコちゃんをぎゅうっと抱き締めると、なぜかコンラッドに

取り上げられてしまった。





039.遠い所へ(2)





「コンラッド、返してよ」

大いに抗議すると、つまらなさそうな顔をしながらヒヨコちゃんを返してくれる。

「ぬいぐるみが欲しいなら、俺が買ってあげるよ。等身大のやつでも」

「この手作り感がいいの。一編みずつに心がこもってそうで」

ヒヨコちゃんに頬擦りすると、また取り上げられた。

「コンラッド!」

「嫉妬深い男は嫌われるぞ」

ぼそりと有利が呟いて、コンラッドは珍しく眉間に皺を寄せる。

「せめてグウェンの作じゃなければ……」

とかなんとかぶつぶつ言いながら、今度こそヒヨコちゃんを返してくれた。

わたしはヒヨコちゃんを膝に乗せてソファに座る。

「嫉妬って、あみぐるみに?」

思わず小さく吹き出すと、有利とコンラッドが恨めしそうな視線をよこした。

なにか間違った?

わたしが小首を傾げると、有利は気を取り直したようにライナちゃんを眺める。

がぬいぐるみと戯れたら可愛いけど、おれだと不気味じゃねえ?」

「そんなことないよ」

「そうでもないですよ」

わたしとコンラッドが強く否定して、有利は口をへの字に曲げた。

「それもどうよ………」

ふと、ライナちゃんで思い出した。

「そういえばグウェンダルさんがね、獅子が好きだなんて、有利はよほどコンラート

のことが気に入っているのだなって、言ってたの。どういう意味?」

「ああ、それは」

言いかけた有利は、はっと口を閉ざしてコンラッドを窺う。

コンラッドは、そんな有利に目を瞬いて、小さく笑った。

「ヨザック辺りから聞いたんですか?グウェンは俺の昔の呼び名と繋げたんだよ」

前半は有利に向けて、後半はわたしに向けて、コンラッドは穏やかに笑う。

「今より少し髪が長くてね。出身地の地名を取ってルッテンベルクの獅子と、呼ばれ

ていた時期があったから」

「ふうん………」

コンラッドはいつも穏やかに笑っているけれど、それだけの人でないことは知って

いる。愛の虜号の中でのヨザックさんとの有利に関する言い争いのときとか、その

片鱗を見せたから。きっと、戦場では獅子の名に相応しい人だったのだろう。

「コンラッドのイメージも入ってるなら、やっぱ鬣必須だろう、グウェン……」

有利がズレた感想を漏らして溜息をついた。




どこか有利に元気がないな、と思ったら。

その翌日、城の廊下で会った有利の顔色が最悪に悪かったので、びっくりしてひどく

慌てた。

「ど、どうしたの、有利!?熱でもある?風邪?」

「え?ああ、いや、違う、違うよ、

有利は誤魔化すように手を振ったけれど、ヴォルフラムが横から教えてくれる。

「こいつは、ニッポンとやらに戻れないことに拗ねているだけだ」

「日本に戻れない?」

思わず瞬きして有利を見ると、額に手を当てて溜息をついている。

「せっかくにはまだ黙ってようと思ったのに………」

「なにを言う。お前ももこちらにずっと留まって、魔王と王妹として過ごすだけだろう」

わあ、ヴォルフラム。一ヶ月前、わたしにそれを主張してコンラッドに怒られていたのに。

「有利、そう落ち込まないで。眞王廟のウルリーケ様にご相談してみたら?」

「ウルリーケ様?」

「眞王廟で眞王陛下のお言葉を聞く言賜巫女様のことだよ。わたしが前回有利に置いて

いかれたときも、ウルリーケ様に帰してもらったの」

「そっか!そんな人がいるんだ!?なんだ、じゃあ早速……」

「ユーリ!お前は魔王なんだぞ!?そうたびたび居城を留守にするとはどういう了見だ!」

「いやでもおれは日本にも家族や生活があって!」

「わからない奴だな!」

「わからないのはお前だろ!?」

「ちょ、ちょっとちょっと、ふたりとも落ち着いて」

わたしはレフェリーのように身体ごとふたりの間に割って入る。

「ヴォルフラム、前回コンラッドが言ってたでしょう?有利に日本を捨てろというのは、

ヴォルフラムが眞魔国を捨てろと言われるのと同じ事だって」

「あんな奴の言うことなど!」

頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。拗ねた表情も愛らしい。

じゃなくて。

「有利、眞王廟は男子禁制なんだって。ウルリーケ様の、というか眞王陛下のお許しが

ないと、いくら有利だって廟の中には入れないよ。まずは訪問の許可をもらわなくちゃ」

「そ……そうか、そうなのか」

有利は少し肩を落としたものの、希望が見えてきて顔色は悪くない。

「訪問の許可ってどうやってとるんだ?」

「ヴォルフラム」

「ぼくは知らない」

完全に臍を曲げてしまった天使様に、有利とふたりで顔を見合わせる。

「確か使者を送るとかのはずだけど、コンラッドに聞けば?」

「そうだな。そうする」

有利が早速身を翻したので、ヴォルフラムは弾かれたように背けていた顔を戻す。

「ユーリ!」

「大丈夫、日本に帰っても、またこっちにも戻ってくるからさ!」

有利は軽く手を振って、廊下を走って行ってしまった。

残された気まずーい空気の中で、恐る恐るヴォルフラムを窺ってみる。

「ヴォルフラム?」

「なんだ」

うわ、機嫌最悪。

上のお兄さんそっくりの皺を眉間に寄せて、ヴォルフラムは常にないほど不機嫌にわたし

を睨み付けた。

「………なぜユーリに言賜巫女のことを教えた」

「だって、有利が落ち込んでいるのは、できるだけ見たくないんだもの」

「ユーリは魔王だぞ!?それなのに、なぜ国を放っておけるんだ!」

「でもヴォルフラム、じゃあいきなり今日からもう二度と、ツェリ様にもグウェンダルさんにも

コンラッドにも会えませんって言われて、そうか仕方ないなって納得できる?」

「………ユーリは、自分の意志で選んだ」

「世界を選んだわけじゃないわ。即位することを選んだのよ」

「同じだろう!?」

「微妙に違うと思うけど」

とはいえ確かに、王がたびたび国を留守にしていいはずがない。なんてたって、有利は

前回も今回も、即位してから眞魔国には合計して一ヶ月も滞在していない。それは王と

してどうなの。

………眞王陛下はこの事態をどう思っているんだろう。

ひょっとして。

わたしは顎に拳を当てて考え込む。

ひょっとして、有利が戻れないのは、眞王陛下の意思かもしれない。

もしもそうだとすると、眞王廟に使いを送るのは有利に絶望を味わわせるだけになるの

では。

焦って有利を引きとめようかと思ったけれど、これはあくまでわたしの想像で、不確かな

ものだ。根拠なんてない。案外、眞王廟から簡単に帰してもらえるかもしれない。

でも。

嫌な予感がする。

は」

ヴォルフラムが恨めしそうにわたしを見ていた。考え込みすぎて、危うく無視するところ

だった。

も、戻りたいのか?」

「それはまあ、帰れるものなら。家族も友達もいるし」

ヴォルフラムの機嫌が更に急下降の一途を辿る。

「ユーリがいればそれでいいと言ってたくせに」

「え、それは本音だよ。有利がいる世界にいたいの。だから、有利がこちらにずっといる

なら、わたしはこの世界にいたい」

ヴォルフラムががくんと大口を開ける。それでも絵になる美少年。すごいわ。

「今、家族や友達がいると!」

「だから、帰りたくないわけじゃないよ。でも、わたしには有利が一番。有利のいるところ

が、わたしの生きる世界だから」

お母さんやお兄ちゃんやお父さんに二度と会えないと言われたら、いくらなんでもさすが

に冷静ではいられない。

だけど有利が一緒なら。

まだ、自分を保てる。

きっぱりと言い切ると、ヴォルフラムは何度か口を閉口させたあと、少し意地の悪い笑み

を浮かべた。

「では、ユーリがニッポンとやらに留まり続けて二度とこちらにこないとなったらどうする?

コンラートのことは、もういいのか?」

今度はわたしが大口を開ける番だ。

まさかそう切り返してくるとは。

「だ、だって、そんなことありえないじゃない。有利は魔王で」

「だから仮定の話だろう」

ズルイ。

急にそんなこと言われたって、返答なんかできない。

わたしが押し黙ると、ヴォルフラムは溜息をついた。

「コンラートが羨ましいな」

「え?」

「お前は素直にコンラートの側にいたいと言う。ユーリは、ときどきぼくのことを見向きも

しない」

素直、なんだろうか。

すぐに恥ずかしがっては、思い切り突き放したりしているけれど。

それにしても、そうかヴォルフラムは。

「淋しいんだ?有利が帰っちゃうと」

ヴォルフラムは、矜持に関わるのかむっと顔を顰めたまま返答しない。

「有利も罪作りだね………」

「……ぼくはただ、こんなことを繰り返していたら、あいつがいつまで経ってもへなちょこ

のままだというのが、婚約者として気に掛かるだけだ」

「それはそうかも……」

わたしが困ったように言うと、ヴォルフラムが少しだけ笑った。

ヴォルフラムのためにできることが、気を紛らわせるためにちょっと笑わせるだけなんて、

わたしってやっぱり無力だなあ。







地球に帰れないという事態になってしまいました…。
と、いうところで今夜マパートは終了です。



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