を焚きつけたのはおれで、それがの幸せなんだって、わかってもいる。 晴れてとコンラッドが恋人同士になった、その一日目はおれがふたりを引き離した。 付き合い始めた途端にコンラッドが過剰接触してきたらしく、がおれに泣きついてきた からだ。 昼を過ぎる前には、おれに泣きついたことをも後悔し始めたらしく、そろそろとコンラッド を探しに行こうとし始めて、それを察したおれはギュンターに山ほど宿題を出させてを 勉強漬けにしてもらった。 おれと違って既に文字も少しは覚えているでも、読み書きはもちろん礼儀作法から 歴史から覚えることは山ほどある。 コンラッドは部屋の外に締め出して、は仕事中のおれの横で勉強させて、ギュンター だけ幸せそうな一日はこうして過ぎていった。 039.遠い所へ(1) やっぱりコンラッドを締め出した夕食を終えると、がとうとうギブアップを言い出した。 「コンラッドに逢いたいー」 「コンラッドがセクハラするって、お前が言い出したんだろ?」 「そうだけど!そうなんだけど!」 自分で言い出したことなので、ふたりを引き裂いたおれに直接恨み言を言ったりはしない。 目が、ものすごく不満そうだけどな。 はソファでクッションを抱き潰しながら、そのままごろりと転がった。 「コンラッドに逢いたいー」 「あんなやつのどこがいいんだ」 ヴォルフラムは窓辺でワイングラスを傾けながら溜め息をつく。どうでもいいけど、おれの 部屋なのに、すっかり馴染んでるな。 「自分のお兄さんなのに、あんなやつ呼ばわりはよくないよ」 が寝転んだままそう言うと、ふんと拗ねたように顔を背ける。 「あんなやつは、あんなやつだ。半分人間の血が混じって、汚らわしい」 「それで言ったら、有利もわたしも、半分人間だよ?」 「ユーリとがあんなやつと同じはずないだろう!」 どういう理屈だ、それは。 いつもならに加勢してヴォルフラムの言いがかりに近い愚痴をたしなめるところだけど、 今日のおれはヴォルフラムの気持ちがわかるので、どちらにも味方せずに黙々とグラブを 磨くことにした。 だって、今日のヴォルフラムは拗ねているだけだ。 コンラッドと付き合う前のは、結構ヴォルフラムにもくっついていた。 ヴォルフラムはおれの婚約者を豪語してを妹としてしか扱わなかったから、気軽に側 にいれたからだろう。 に頼られることを密かに……でもないか。めちゃくちゃわかりやすく喜んでいたヴォル フラムとしては、がコンラッドにべったりになる状況は面白くないに違いない。 だって、おれもそうだし。 ああ、でもおれは自分でをせっついたんだよなあ! 「もういいよ!部屋に帰る!」 いつの間にかヴォルフラムとは喧嘩になっていて、憤慨したがそのまま部屋を出て 行こうとする。 ……憤慨したというか。 「」 おれが溜息をついてグラブをテーブルに置くと、はドアノブを握ったまま振り返った。 「部屋までは、おれが送ってやろう」 生ぬるいおれの微笑で、企みがバレていることがわかったのだろう。はドアの前で しゃがみ込んだ。 「もういいよ〜有利ぃ」 怒ったふりして、部屋の外にいるコンラッドに会いに行こうとしたんだよな? バレないとでも思ったか。 の根性に呆れたのか、それとももういつもの就寝時間だったのか、ヴォルフラムは なぜか自分の部屋に戻らずにおれの部屋の寝室へ移動してしまった。 「あいつ、なんかこのままここに住み着きそうな勢いだな……」 「有利ももう寝たら?」 ソファでつまらなさそうに髪をいじっていたが期待を込めた視線を送ってくる。 「………そんっっっなに!コンラッドといちゃいちゃしたいのかよ」 「い、いちゃいちゃしたいわけじゃないよ!でも、今日は全然顔も見てないし、声も聞いて ないんだもん」 「あのな、。言っておくけど、恋愛は始めが肝心なんだからな!」 夫婦は始めが肝心なのよ、とはだれの言葉だっただろうか。確かにだれかから聞いたん だけど。 「それ、お母さんの口癖」 そうだ、お袋が言っていたんだ。夫は始めに躾けておくのが重要よ。犬だって、小さい頃 から躾けていないと大変なんだから。 夫と犬は同列かよ。 ちょっとお馬鹿だった子供の頃のおれは特になにも考えずに頷いていたが、今考えると 涙なしには聞けない言葉だ。 はともかく、なぜお袋は将来『夫』になるはずのおれにまでそれを言って聞かせたん だろう?……という疑問は取りあえず横に置いといて。 「とにかく、はコンラッドにセクハラ紛いのことをされるのは嫌なんだろ?」 「……ちょっと行き過ぎるのはイヤだけど……」 は微妙な訂正を入れながら、だってグウェンダルさんの前で……と拗ねたように ソファに脚を引き摺り上げて、膝を抱えて小さくなる。 「だったら、きっちり意思表示しておかないと、中途半端で済ませたらコンラッドは絶対に 懲りないぞ」 「……そうかな?」 「そうだよ。男はみんな狼なんだぞ!」 コンラッドは獅子だけどね。 またもやお袋の受け売りで断言すると、は不承不承という感じで頷いた。 「気をつける」 「おう!そうしなさい。お兄ちゃんはの身を心配して言ってるんだからな」 「有利……今の、ホントにお兄ちゃんにそっくり」 がーん。プチ変態の勝利に似てるだと!? おれが密かにショックを受けているというのに、は向かいでくすくすと楽しそうに笑う。 「時期で言えば、そろそろ日本に帰る頃だっけ?」 「え?ああ、そうだな。魔笛の問題もクリアしたし、虐げられていた女性たちも解放できた し、そろそろお迎えがある頃だな。も水辺に近付くときは向こうの服を用意しておけよ」 「色々あったし、お兄ちゃんたちにもそろそろ会いたいね」 勝利が聞いたら泣いて喜びそうだ。いつもおればっかりのが、勝利を名指しで会い たいだって。まあ、おれは今側にいるからだけどね。 そういえば、今回おれはイルカのプールに落ちたんだった。帰ったときのことを考えると 気が滅入る。 くすくすと、楽しそうに笑っていたのに気が付けばは抱えた膝に顔を埋めてしまって いた。 「?」 「………でも日本に帰ったら、コンラッドに会えないの」 くぐもった小さな声が聞えて、おれは言葉を失った。 考えてみなくても、とコンラッドは超遠距離恋愛だ。なにしろ、一度離れると再会の 時期はいつになるか、まったくわからない。会えないどころか、電話線なんて繋がっても いないから、声も聞けない。それどころか空すら繋がっていないから、手紙も届かない。 付き合っていない状態で、一ヶ月コンラッドに会えなかっただけで感傷的になるくらいだ。 今度はきっと、もっとつらいに違いない。 おれは天井を見上げ、の肩を叩いて慰めようとして、言葉が見つからなくて、結局 そっと立ち上がると音を立てないようにしてドアに近付く。 肩越しに振り返るとはまだ抱えた膝に顔を埋めていて、音を立てないように細心の 注意を払ってドアを開けた。 「へい……」 「しっー!」 薄く開けたドアの隙間から顔を出したおれに、コンラッドが声をかけようとしたので口の前 で人差し指を立てて静かにするように指示する。 もう一度が同じ態勢のままでいることを確認して、ドアの隙間から滑るようにして外 に出る。 「んっ」 そうしてもう少し、コンラッドが通れるくらいまでドアを開けて、中に入るようにジェスチャー をすると、コンラッドは驚いたように目を瞬く。 まあ、ね。今日一日、邪魔をしたのは他ならぬおれだから、その反応もわかるけどさ。 「いいから行けよ。言っとくけど、おれはここから動かないからな」 ちょっとだけだと念押しして、コンラッドを部屋に押し込むとそっとドアを閉じた。 閉じたドアに背中をくっつけて、そのままずるずると座り込む。 「ああ、兄貴って切ねえ」 しゃがんだ態勢が、キャッチャーの構えになるのは、習慣だからしょうがない。 |
頑張れお兄ちゃん! |