コンラッドはそっとわたしから離れると、微笑みながら零れた涙を指先で拭ってくれた。

「泣かないでって言ったのに」

楽しそうな、嬉しそうな声色に、恥ずかしくなってコンラッドの服を掴むと胸板に額をこすり

つける。

「ダメって言ったのに、キスした」

「違うよ、

なにが違うのかとそろりとコンラッドを見上げると、大きな手のひらが頬を撫でて額に

柔らかな唇が触れた。

「あれは、いいって言ったんだよ」

だめという言葉には、否定の意味しかないと思うんですけれど……。

「キスしていい?」

「………ダメ」

でも、やっぱりコンラッドは逆さの意味に捉えるし。





038.接吻けの後





「も、もうホントにダメ」

結局同じやりとりをもう一回繰り返してしまって、四回目は手を間に挟んで阻止した。

コンラッドは間の障害物であるわたしの手を握って、それにまでキスをする。

「まだ足りないな」

「だ、だれか来るかもしれないからダメ」

「俺としては見せつけておきたいけどな」

「な、なに言ってるの!?」

ちょっと力を入れて睨みつけると、ようやくコンラッドは手を離してくれた。

「それじゃあ仕方がないから続きは後で」

「つ、続き!?」

目を白黒させるわたしに、コンラッドはとっても!楽しそうに笑う。

恨めしい。

「そ、それでさっきの話なんだけど」

「え?さっきのって?」

「婚約解消の話!」

コンラッドは驚いたように目を瞬いた。

「その話は終わったんじゃないの?」

「だ、だってわたし、ちゃんと全部話してないよ」

「と、いうよりね、どんな条件がついても、俺はを手放したりしないよ」

……そんな迷いなく言い切られると、嬉しいけど恥ずかしい。

「でも……わたし、まだ有利にべったりだし………これからだって、有利のことは特別に

大事なの」

「それを言えば、俺だって陛下のことは大切だよ」

「そういう意味じゃなくて……」

「わかってる」

コンラッドは柔らかに微笑みながら、またわたしの手を取って甲に口付けをした。

にとって、陛下が特別なのはわかっている。だから、いいんだ。ちょっと妬ける

けどね。俺のことだって、愛してくれるんだろう?」

あ、愛ときましたか。

それはちょっと……口にするのは恥ずかしいな……。

それより、どうしてコンラッドはこんなセリフを照れもせずにぽんぽん口に出来るんだろう。

わたしには、とても無理。

「有利とコンラッドとでは、好きの種類は違うけどね……でも」

「それで十分だ」

ここまできっぱりと言い切られてしまうと、これ以上理屈をこねるのも失礼な気がしてくる。

「えーと……じゃあ…………失礼しまして……えいっ」

ぺちりと小さな音を立てて、わたしの右平手がコンラッドの左頬に当たる。

驚いて目を瞬くコンラッドに、ちょっと恥ずかしくなって右手を引いた。

「勘違いのままって嫌だったか…ら……!?」

いきなり左手を引っ張られて、驚く間もなくコンラッドの右頬に当てられる。

わたしの左手を頬に当てたまま、コンラッドは嬉しそうに笑った。

「今度こそ、正式な婚約成立だね」

「………うん」

「じゃあ誓いのキスを」

「え!?って、ちょ、ちょっと待っ………!」

…………コンラッドって、キス魔かもしれない。




昇り始めた太陽に、そろそろ有利が起きるかもしれないから部屋に帰ろうという話に

なって。

「あの……コンラッド……」

「どうかした?」

「……手、繋ぐ意味がわかんない」

部屋に帰ろうかということになって、コンラッドが手を握ってきた。

「すべての行為に意味を求めなくても、いいじゃないか」

「そんな格好良い言い回ししたってダメ!恥ずかしいの!」

わたしが振り払おうとすると、逆にコンラッドは簡単に解けないように指を絡めてくる。

「コンラッド!」

「じゃあ、だれかと会ったら手を離すから」

それでもだめかな、とうかがってくるその様子に、嫌とは言えない。

言えないというか、そんなところもちょっと嬉しいと言うか。

「………だれかと会ったら、絶対離してよ」

赤くなっているだろう顔を見せたくなくて俯きながら、コンラッドの手を握り返した。

わたしだって、恥ずかしいけど本当は触りたいもの。

そんなわたしの内心なんてとっくにお見通しだっただろうコンラッドは、俯いたわたしの

手を引いて歩き出す。

「そんな風に下ばっかり見ていると、柱にぶつかっても知らないよ?」

「コンラッドが手を引いてくれているから、どこかにぶつかったりしません」

階段を上がって城内に戻りながら、コンラッドは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だ。

わたしだって、嬉しいし楽しいし幸せだけど、恥ずかしいという気持ちが微妙にブレーキ

をかけているだけで……。

あまりにもコンラッドが堂々としているから、恥ずかしがってばかりいるわたしの方が

かなり失礼な真似をしているのではないだろうかと考えていると、気軽な声が上から

聞えた。

「ああグウェン、おはよう」

え、グウェンダルさん?と顔を上げると、確かに正面でグウェンダルさんが眉間に皺を

寄せた不機嫌そうな表情でこちらを凝視していた。

微妙にコンラッドでもわたしでもないところに注がれた視線を追うと、がっちりと繋いだ

ままの手が。

大いに慌てて手を振り払おうとしたのに、コンラッドはますます強く握り締めて離して

くれない。

約束が違う!

グウェンダルさんは難しい顔をして、なにか呟くと首を振って溜息をついた。

そうして、口に出したのは驚愕の一言だった。

「ほどほどにしろ」

ほどほどって!?

唖然とするわたしに、ふたりとも見向きもせずに今日の予定を確認し合う。

そんな、非公式とはいえお仕事の話の最中に、手を繋いだままってどうなの!?

振り払うべきなのか、それとも変にこそこそ動く方が邪魔なのか悩んで、結局大人しく

している方を選んだ。

わたしと手を繋いでいることを除けば、グウェンダルさんと打ち合わせをしているコンラ

ッドの表情はきりりと引き締まって、とても格好いい。こんな人がわたしの恋人だなんて、

夢か素人ドッキリかと言った方が、よっぽど現実味があるような気がする。

「………なにをしている」

呆れたような重低音が聞えて、自分で自分の頬をつねっていることに気が付いた。

「はっ!?ひ、ひへぇ……いえ、べ、別に」

グウェンダルさんが思い切り不審な顔をするのも無理はない。睨めっこで笑わそうと

しているわけでもないのに、いきなりこんなことをしていれば、呆れるのも当然だ。

誤魔化すように笑って頬をさすっていると、大きな手がそっとわたしの手をどけた。

「だめだよ、。顔に爪の跡でもついたら、大変だ」

そう言って、ぺろりと。

頬を舐めた。

「なっ…舐め……!?」

呆然と見上げたコンラッドは、にこにこと満面の笑みで。

向かいのグウェンダルさんは、これでもかというくらい呆れた顔で。

そして頬を押さえながらわたしは、たぶん茹蛸のように真っ赤になっていて。

「コ……コンラッドの………」

この時は無意識で。

本当に無意識だったから、手加減の欠片もなかったと思う。

「バカっっ!!」

向こう脛を蹴っ飛ばして、脱兎の如く逃げ出した。




部屋までノンストップで駆け戻ってくると、部屋の前で立っていた護衛の人に挨拶する

だけの余裕もなく部屋の中に駆け込んだ。

ちょうど起き出して寝室から出てきたところだったらしい有利は、シャツの下に手を突っ

込んで頭を掻きながら寝ぼけた顔をわたしに向ける。

「おはよー、。どこ行ってたんだよ、散歩か?って、なんでそんなに息咳き切って…」

「ゆ……有利……」

わたしは、わなわなと震えながらドアも開けっ放しで有利に飛びついた。

「コンラッドがセクハラばっかりするー!!」

コンラッドはその日一日、有利からの魔王命令でわたしへの接近を禁じられた。

……有利に泣きついて、わたし自身にも跳ね返ってきましたトサ。







とても幸せそうで……。



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