目を覚ますと、すぐ目の前に有利の寝顔があった。 天蓋付きの広いベッドの上で、ふたりでくっつきながら眠っていたらしい。無駄に広い スペースが空いているのに。 近すぎる有利を起こさないように気をつけながら、そっと寝返りの要領で静かに離れた。 ベッドの端まで転がってからできるだけベッドを揺らさないように起き上がる。 昨日はあのまま、もう疲れてなにも考えたくないと言ったわたしに、有利もそれ以上は なにも言わずに一緒に眠ってくれた。 有利に諭されて、一晩眠ると少しは頭もすっきりした。 コンラッドとは付き合って、でも有利には甘えたままでいいと言ってくれたけど。 いつまでも甘えていていいはずはない。 有利にとっても、わたしにとっても。 037.厄介な副作用(1) とりあえず就寝前に着替えだけはしていたものの、入浴もせずに眠ってしまったので 朝風呂に入る。 さすが魔王様の妹の部屋は大変広く、居室はベッドルームにとリビングに、トイレと バスルームも完備。こんな立派な部屋、こっちの世界でしか縁がない。 お風呂から上がっても、まだ夜は完全に明けてはいなかった。 広いクローゼットのドレスの山から、動きやすそうな飾り気の少ないライトグリーンの ワンピースを発掘して着替えると、ドライヤーがないのでまだ生乾きの髪をアップに して纏める。 ぎゅっときつく縛ると、気も引き締まるような気がして、大事なことがある日などはよく 念入りに髪を纏めていた。 もちろん、今日も。 すっと息を吸い込み、絨毯の上に姿勢を正して正座をする。板間があればよかったん だけど。 目を閉じて、時間が経つのを静かに待った。 夜が明けたら、朝一番にコンラッドに会いに行こう。 そうしたら。 …………わたしは、コンラッドのことが……好き。 好き、なんだ。 やっと素直にそう認めると、ストンと心の中でなにかが落ち着いた。 コンラッドの笑顔を思い浮かべる。声を思い出す。 それだけで、胸の奥が暖かくなる。 会いたい。 声を聞きたい。 「……うん、違う」 有利のことは大好き。 だけど、感じ方が違う。 有利の側にいるのは楽しい。嬉しい。安心する。 だけど、コンラッドのことを思い出すと、楽しくて嬉しくて安心するのに、心のどこかが 落ち着かない。 ドキドキと、でも嫌じゃない不安定な気持ちも溢れてる。 有利は家族で。 家族だから、ずっと甘えてきた。 「……あーあ、本当に、わたしってだめだな……」 瞑想にならなくて、苦笑しながら目を開ける。 居合だって弓道だって自分の心を鍛えるためのものだったはずなのに、こんなにも甘い ままで、ちっとも鍛えてなんていなかった。 有利から自立しなくちゃなんて、口先ばっかりで。甘えられなくなるのが怖かった。 だけど、もう一度、今度こそ、努力しなくちゃ。 有利から完全に離れなくちゃいけないわけじゃない。 兄妹なんだから。 だから、有利の荷物になるんじゃなくて、対等にいられるように。 もちろんコンラッドにも。 例え有利に甘えることをやめられても、代わりにコンラッドに甘えてたら意味がない。 すがりつくのではなくて、手を繋いで一緒に歩いていきたい。 甘えるだけじゃなくて、わたしもふたりのためになにかできるように、なりたい。 今すぐには、無理でも。 「嫌われたくないもんね」 有利にも、コンラッドにも、呆れて嫌われたくはない。 そして自分自身を、嫌いになりたくない。 窓の外の空が赤く染まり始めた。夜が明ける。 とはいえ、人の部屋を訪問するにはまだ非常識すぎる時間。 どうせなら、ぐるりと外を走ってからお風呂に入ればよかったかも。 時間もいい感じに使えるし、一汗かいたら気分も爽やかになっただろうに。 せめて、散歩でもしてこようかな。 ………迷子にならないように。 中庭までならいけるよね、と扉を開けて部屋を出た。 「?早いね」 「わっ!?」 いきなり横手から、後で会いに行こうと思っていた人の声が聞えて大声を出しかけて、 慌てて口を押さえる。 う……わ……。 心臓が踊ってるみたい。身体の中心から熱が広がるみたいに、全身が熱くなる。 「?」 俯いたまま、顔も上げない返事もしないわたしに、コンラッドは心配そうな声をかけて きた。 「お、おはよう……そ、その…ど、どうして、こ、ここに……?」 今まで、わたしはどうやってコンラッドと会話していたっけ!? この人が好きなのだと納得したときは、側に有利しかいなかったからわからなかった けど……。 側にいるのは嬉しいけど、ものすごく落ち着かない! 「陛下がこちらでお休みのようだから、護衛だけど」 声を聞くだけで、息苦しいくらいに緊張する。 「そ、そっか」 俯いたまま、やっぱり顔を上げることのできないわたしをどう思ったのか、コンラッドは そっと肩に手を置いてきた。 「やっ……!」 大きなその手に一際強く心臓が跳ねて。 ぱちんと乾いた音が廊下に響いて、鈍い手の痛みに全身から血の気が引いた。 ………コンラッドの手を、跳ねつけてしまった。 な、なにやってんの!? 今度は違う意味で鼓動が早くなる。手のひらに嫌な汗をかいているような気がして、 スカートに手を擦りつけた。 ど、どどどどうしよう。今の行動はどうやってごまかせばいいの!? 「……?」 低く沈んだ声が上から聞えて、反射で顔が上がった。 困ったような、傷ついたような、少しだけ目尻を下げたコンラッドの表情に、胸が痛む。 「ち……違うの!い、今のはちょっと驚いただけで、その」 視線を彷徨わせ、迷った挙句に下手な言い訳をするより、強引に進むことにした。 「だ、大事な話があるの!」 今、わたしはどんな顔をしているんだろう。 コンラッドは首をかしげながら、わたしが閉めかけていたドアに手をかける。 「じゃあ、中に入ってもいいかな?」 「え、ええと……そ、外で話せない、かな?まだ有利は寝てるし……」 それに、隣の部屋に有利がいると思うと、いつ起きてくるかと気になって仕方がない と思う。 だけど言ってしまってから、馬鹿な提案に気付く。 コンラッドは有利の護衛でここにいたんだった。 「あ、ごめんなさい、今のな……」 取り消そうとしたのに、コンラッドは頷いて横を見る。 横? 「しばらく任せるぞ」 「はっ!承知いたしました」 まあ、もうひとり、護衛の方がいらしたのね。 ……………………。 今の不審者一号ぶりを見られていたのかと思うと、壁にすがりつきたくなった。 |
今の今まで平然と対応していたのに、気持ちに気付いた途端に落ち着きません。 でもこの反応、昨夜のことと合わせてコンラッドは誤解してると思います(^^;) |