会えないと寂しくて、側にいないと不安で。 そういう話、友達から聞いたことないか? 有利にそう言われて、一生懸命記憶を辿ると、確かにあった。 友達が、年上の恋人のことでそんな風に悩んでいたことがある。 仕事が忙しくて会えなくて寂しい。 側にいないと、もっと大人の女性に目移りしちゃんじゃないかと不安になる。 そんなことを……。 かっと一瞬だけ全身に火が灯ったような熱が駆け抜け、そして次いで冷水を浴びせられ たような悪寒が襲ってきた。 「有利有利ってさあ、双子の片割れに引っ付いててもしょうがいないでしょうに。どうせ、 兄妹なんてものは、恋人ができたら風の前の塵みたいなもんになるのにさ」 いい加減ブラコンを卒業しろと、からかい混じりに諭された言葉を、思い出したから。 「なんでか知らないけど、認めたくないだけじゃないのか?」 「違う!」 思わず、大声で有利の言葉を遮った。 036.はみだした想い(4) 突然大声を上げれば、有利が驚くのも無理はない。 のけぞった有利は、たぶん血の気が引いた顔色をしているだろうわたしに眉を寄せる。 「?」 「違うよ。そんなことない」 「違うって、どっちのことだ?認めたくないって事の方か?それとも―――」 「違う。そんなことないよ。わたし、コンラッドのこと好きじゃないっ!」 目を丸めた有利に、あっと両手で口を押さえるけどもう遅い。 「……」 有利が溜息をつく。 「今、気付いた?」 「違うの」 「違わないだろ?正直に言うとな、おれはがコンラッドの方に行っちゃうのは、寂しいよ」 「行かない!」 これ以上話を続けていたくなくて、有利の腕を引っ張ってソファから立ち上がる。 「今日は疲れたから、もう眠る。有利、帰って」 「話が終わってないぞ」 「終わったよ。有利の勘違いなの。それだけ」 「なら、そんなに焦る必要ないだろ?」 真っ直ぐにわたしを見上げてくる有利の目には、このままではてこでも動かないという意志 が見える。 「どうして……?」 唇がわななくように震えた。 泣きたくないのに、悲しくて涙が滲む。 「?」 「……なんで?いつもおれのって言ってくれるのに?なんで急にそんなこと言うの?」 呆気に取られたように口を開けて、有利はわたしが引っ張っていない方の手で頭を掻く。 「だって、。嘘は痛いんだぞ」 有利の声は、静かだった。もう一度、わたしを見上げたその瞳も。 「自分を騙す嘘は、特にな」 息が詰まった。 有利に引っ張られて、抵抗する力も無くソファに崩れ落ちる。 「も……もう、面倒に、なっちゃった……?」 嗚咽が漏れた。 わかっていたのに。 いつかはとわかっていたのに、本当は全然わかってなんていなかったんだ。 「なに言って……?」 有利に頼ってすがりついて。 自立しなくちゃと言い聞かせていたのに、わたしの心はまだこんなにも有利が必要だと 叫んでいる。 なんて情けない。 浅ましい。 「ずっと一緒にいてくれるって……言ってたのに…コ、コンラッドに任せて、行っちゃうんだ」 なにを、言っているんだろう。 我ながら支離滅裂で、自分の言葉に自分で混乱する。 有利は面倒だから、わたしをコンラッドに押し付けるんだなんて言っていない。 そんなコンラッドに失礼なことを言っているわけじゃない。 でも、わたしから離れようとしている。 どうせ兄妹なんて、いつかは離れ離れ。そう言っていたのは、わたし自身なのに。 しっかりしなきゃって、思ってたでしょう? ちゃんと自立しなくちゃって。 有利は、眞魔国を背負うの。 だから、わたしのことまで任せていちゃいけない。 そうでなくたって、いつまでも有利に甘えていていいはずはない。 小さく浅く呼吸を繰り返して、高ぶった気持ちを抑えようと努力する。 落ち着いて。 「……ごめん、変なこと言って。忘れて」 手の甲で零れかけていた涙を拭うと、その濡れた手を有利が握り締めてきた。 「なあ、。別におれ、お前を手放すなんて言ってないぞ?」 「だってっ」 だってそういうことじゃないの? 有利が、わたしに男の人と付き合うことを奨励するなんて、絶対ないと思っていた。 わたしが、男の人を好きになる事なんて、ありえないと思っていた。 なのに今、有利はわたしにコンラッドを勧めている。 そしてわたしはコンラッドのことを……。 「コンラッドと付き合えばいいんだよ。それで、おれにも甘えればいいじゃん」 「そんなのっ………」 有利がなにを言っているのかわからない。 わたしはただ夢中で首を振る。否定したいのか、否定しなくちゃいけないと思い込もうと しているのか。それすらもわからない。 「そんなの、していいはずない!」 「なんで?」 「な……んでって……」 絶句したわたしを見て、有利は楽しそうに笑う。 「おれ、逆に今ちょっと嬉しいよ。だってさ、がコンラッドと付き合い始めたら、絶対に コンラッドのことばっかりになると思ってた。けど違うんだろ?おれのことも大事なんだろ?」 そう言って、有利は呆然とするわたしの頭をくしゃくしゃにかき回す。 「なーんだ、すっきりした。おれにもまだ甘えてよ。コンラッドと付き合ってさ、そんでおれとも 一緒にいればいいんだ。だっておれとコンラッドは別に敵同士じゃない。なんでふたり同時 には甘えられないんだよ」 「だ………だって…そんなの……ずるい………」 呆然としまま、弱々しく反論すると有利は小さく笑う。 「どこが?それともコンラッドが言ったのか?おれかコンラッドか、どちらかを選べって」 「そ、そんなこと言ってない……」 「だろ?なら、なんの問題もないよ」 問題ない……わけ、ないと思うけど……。 有利はくしゃくしゃにしたわたしの髪から組紐を指先で引っ張って解くと、紐を指に絡めて 遊ぶ。 その指先をわたしはぼんやりと眺めていた。 「いいんだよ。コンラッドはがどれだけおれを大事にしているか知っててプロポーズ してんだから、了承済みと見なす」 「でも……」 「、おれは家族だよ?コンラッドを好きなのは、そういうんじゃないだろ?」 有利は笑って、握り込んだわたしの手を天井に掲げる。 わたしもつられて上げられた手を視線で追った。 「右手はおれの手を握ってる。……で、左手は?」 そう言われて有利を見ると、有利は優しく笑ってわたしを見ていた。 なんて答えていいのかわかならくて途方に暮れていると、有利は楽しそうにくしゃくしゃに 解けたわたしの髪を空いている方の手で撫でる。 「だけど……そんなの、ずるいよ……」 「なんで?そりゃあさ、コンラッドと片手つないで、それで片手がグウェンダルっていうなら 問題かもしれないけど」 「なんでグウェンダルさん?」 思いっきり失礼な話だけど、後で聞いた有利の証言によるとわたしはそのとき、本当に 嫌そうな顔でぎゅっと眉間に皺を寄せたらしい。 だけどこのときは、どうしてそんなに可笑しそうに有利が笑うのかわからなかった。 「例えだよ。じゃあ、コンラッドの立場に替えて考えてみろよ。付き合うならさ、コンラッド にヴォルフとかツェリ様のことは捨てろって言うのか?」 「コ、コンラッドがツェリ様たちを大事にするのと、わたしに有利が必要なのは、意味が 違うもの」 「じゃ、コンラッドはを取ったらツェリ様たちがいらなくなると思うか?」 「そ、それは問題が」 「違わない。どっちも家族だ。家族を大事にするのは当たり前だろ」 「ち、ちが……」 確かに、家族で括れば違わない。 だけど、コンラッドはツェリ様にすがりついてないと思う。 「……大事にするのと、依存するのは違うもん」 「頑固だなあ」 うんざりしたような言葉だけど、有利は笑っている。 「ぼやぼやしてると、コンラッドの目が他の人に移っちゃうぞ?コンラッドは絶対にモテる に決まってんだから」 息が詰まった。 咄嗟に声が出なくて、小さく深呼吸をする。 「し……仕方ない、よ。だって、わたしは」 「まあね、がどうしてもって言うのなら、おれにはもうなにも言えないけどさ」 天井に上げていた手を降ろして、有利はわたしの顔を覗き込む。 「ただ、おれはが泣くのは見たくないな」 「ゆう……」 「でも、最後にひとつだけな」 有利は解いた髪の組紐をわたしに手渡して、それを握り込ませるようにすると、その拳を 手のひらでそっと撫でる。 「がどんな結論を出したっていい。それにお前が本当に後悔しないなら、それでいい。 だから、後悔だけはしない選択をしろよ」 まっすぐにわたしを見据える漆黒の瞳は、厳しくて優しい色をしていた。 |
気付いていなかったわけではなく、有利と離れたくないから気付きたくなかった ということのようで。 |