が自分の部屋にもおれの部屋にもいなくって、コンラッドが城内で迷子になっている かもしれないと言い出したときは驚いた。 「え、でも、別に方向音痴とかじゃないぞ?」 「ですが、前回も血盟城で過ごしたのは一日だけですからね。城の中はほとんど知らない でしょう。それに、前も城で迷ってましたよ」 「あちゃー、確かにな。方向音痴じゃなくても、知らないところなら迷いもするか」 かく言うおれも、まだぜんぜん自分の城を把握していない。 「まったく、さすがユーリの妹だ。大したへなちょこだな」 軽くからかう程度だけど悪態を吐いたくせに、ヴォルフラムが真っ先に部屋から出て行く。 それじゃ、探してみるかとおれとコンラッドも後に続いた。 その時点では、おれたち全員そこまで心配してはいなかった。 スヴェレラでのことを考えれば、血盟城の中で迷子になるくらい可愛いものだ。危険が あるはずもないし。 そう思っていたのに、見つけたは様子がおかしかった。 036.はみだした想い(3) 「?」 コンラッドが声をかけると、おれにしがみついていた手にますます力を込める。 どこか覚えのある現象に、記憶を手繰り寄せようと天井を仰ぎ見た。 ああ、そうか。 「えーと…きみ、確かダカスコスだよな。ここまでを連れてきてくれたの?」 隣で困惑していた兵士に声をかけると、びしりと敬礼して答える。 「はっ!グウェンダル閣下のご命令で」 「グウェンダル?」 ギュンターじゃなくて? 確かダカスコスはギュンターの部下だったと思ったんだけど。 コンラッドを見ると、ものすごく複雑そうな顔をしていた。 やっぱり、ここでグウェンダルの名前が出るのはおかしいわけか。 「道に……」 はおれの腕にしがみつきながら、俯いたままぼそぼそと説明する。 「道に迷っていたら、グウェンダルさんに会ったの」 「ああ、そういうことね」 さっきまでは普通だったんだから、ならグウェンダルになにか言われたか? 一応、心当たりはある。 だけど濡れ衣を着せたのはおれだし、グウェンダルがそれでもに当てこするとは 思えないんだけどな。 それに、それでコンラッドに反応するのは変だ。 手がかりはグウェンダルとも直接顔を合わせたらしいダカスコスなんだけど、の 前で質問するわけにもいかない。 コンラッドに目配せすると、心得たように頷く。ま、コンラッドならおれが言わなくても、 このままダカスコスを帰したりはしないだろうけどさ。 「あとはおれが引き受けるから。ダカスコス、ありがとな。コンラッドとヴォルフラムも お疲れさん」 「え?おい、ユーリ!」 おれとコンラッドとのやりとりを理解していなかったヴォルフラムを、コンラッドが引き 止める。 それを確認すると、おれはの肩を抱いてふたりで部屋に戻った。 ヴォルフを残してきたから、ダカスコスへの質問が尋問になることはないだろう……と思う。 コンラッドは、が絡むとときどきちょっとわかんないことするからなあ。 「で、どうした?」 「別に……なにも。疲れちゃっただけ」 廊下の角を曲がってコンラッドたちが見えなくなってから声を掛けたけど、はあくま でもなんでもないと言い張る。 「それで通じるわけないだろー?さっきまでぜーんぜん普通だったのにさ。ほら、もう コンラッドもヴォルフラムもいないんだから、さっさと言っちゃえよ。きっと口にしたら楽 になるぞー?」 コンラッドの名前を出した途端、おれの服を掴む手に力が篭ったようだった。 「お前それ、こっちに来たときと同じ態度。あの時のも、結局理由を聞いてないぞ?」 ようやく顔を上げたは、困惑したように眉を寄せて、目には不安そうな光が揺らめい ている。 「なんか妙にコンラッドを避けててさ。寄場で再会したときはもういつもどおりになって たのに、またそれが復活してる」 言いながら、なんだろうな、この複雑な心境は。 いつだって、はおれのことばっかりだったのに。 最近は、コンラッドのことばっかりで落ち込んだり動揺したりしている。 仕方ないよな。 は、恋なんて初めてなんだから。 「グウェンから聞いたけど、お前こっちにきたとき泣いてたんだって?」 「グウェンダルさん、言っちゃったの!?」 あいつも色々大変だったんだよ。主におれとお前のせいで。 「感傷だって言ってらしいけど、ひょっとして、コンラッド絡み?」 は一気に顔を赤く染めて俯く。図星ですか。 ああ、もうなんか全部わかった気がする。 日本でコンラッドに絡んだ感傷で泣いて。 今日はなんだかよくわかんないけど、やっぱりコンラッドに反応して。 「コンラッドに、会いたかったのか?」 確認するようにそう聞くと、は首にバネでも仕掛けているみたいに顔を跳ね上げる。 「け、けど!ヴォルフラムにだって会いたいと思ってたし!」 「だけどお前、再会したとき、コンラッドにだけしか照れてなかったじゃん」 は酸素不足で水面に出てきた金魚みたいに口をぱくぱくと閉口させる。 あーあ、もう自分の気持ちに気付いちゃったか。もうちょっとおれだけのでいてくれる と思ってたんだけどなあ。 きっとコンラッドは今ごろ、様子のおかしかったの心配をしているんだろう。 かわいそうな気もするけど、おれからを奪っていくんだから、あと今日一日くらいは 悶々と悩んだっていいと思う。 ああ、おれって心が狭い。 けど、可愛い妹に対しては違うぞ。 「それで、なんでそんなにコンラッドに会いたかったんだ?」 きっと、真っ赤になって照れるんだろうなと思っていたら、は急に途方に暮れたよう な顔をする。 「わかんない」 「そうだろう、わかんないんだろ……はぁ?わかんないの!?」 予想外の事態だ。この期に及んでなに言ってんの、お前!? 「だ、だってさ!日本でコンラッドに会いたくて泣いたんだろ?あ、そ、そうだ、さっき グウェンになんか言われたんじゃねえの?」 「グウェンダルさんには……婚約の事を……わたしが無効だって言ったら、コンラッド のことだけ平気なのは何故だって……」 そうだよなあ。以外のだれが見ても、はコンラッドのことが好きだと思うはずだ。 「それで、お前なんて答えたの?」 「なにも……だって、どうしてなんて、わたしにもわからないもん」 だからそれはさ……。 なんだろう。あんなにコンラッドに嫉妬してたのに、なんだか不憫になってきた。 「そうしたら、グウェンダルさんが……あの夜、わたしはだれを心配して泣いていたの かって」 あの夜って、あのグウェンダルに回し蹴りを食らわせた夜のことだよな。ヴォルフラムと コンラッドが砂熊の巣穴に落ちた後で、おれは早々に眠ってしまって、泣いてコンラッド を心配していたをグウェンが宥めたとかいう…いかん、グウェンダルにまで嫉妬して いる場合じゃない。 「有利……わたしこんなに自分が薄情だったなんて思わなかった」 「は?なんで薄情?だってコンラッドのこと心配してたんだろ?」 「そうだよ!コンラッドのことばっかりだったんだよ!?ヴォルフラムだって危ない目に 遭ってたのに!」 ………どうして、お前はそこでそっちに注目しちゃうの? ますますコンラッドが不憫になった。 「危ない目に遭ったのが有利ならわかるの。わたし、有利のことだけはずっと特別だから。 有利が危ない目に遭っていたら、他の人にまで気が回らないよ。だけど、有利は無事だ ったのに。ヴォルフラムはあんなにわたしのこと、心配してくれるのに……」 おれが特別と聞いて喜ぶべきなのか、そこまでボケるのかと呆れるべきなのか迷う。 「あー…まあ、いいんじゃないの?ヴォルフは別に怒んないと思うぞ?だってコンラッド は婚約者なわけだしさ」 「有利まで!だってそれは事故でしょ!」 「そりゃ、始まりはね……?」 「え?」 ホントにわかんないのかよ! あんなに態度に出てるのに!? の部屋に到着した。戸惑うを先に入れて、ドアを閉める。 「あのさあ、。よーく考えてみろよ?はおれのことなら、それ以外考えられなくなる んだよな?」 「うん」 をソファに座らせて、おれもその隣に座った。 膝の上に肘をついて、下からの顔を覗き込む。 「ヴォルフの事は一旦横に置け。それで、コンラッドのこともそうなるのはどうしてだと思う?」 なんでこんなこと、おれが言って聞かせなくちゃならないんだろうな。悲しくなってくる。 「わ……」 「わからないはなし!」 下手に、おれと同じくらい大事だからこそ気付けないのかもしれない。 おれを好きなようにコンラッドのことも好きなら、それは家族の愛情のように思えるんだろう。 自分が男を怖がっているという前提の先入観も混じっているのかもしれない。 だれかを、好きになるはずがないと。 「会えないと寂しくて、側にいないと不安で、そういう相手って、なんて言うと思う?」 「有利にだって会えないと寂しいよ。側にいないと不安だもん」 「いやその、この場合はおれは別にして!…そういう話、友達から聞いたことないか?」 はなにかを思い出そうとするように、ぎゅっと口を閉じて指先で唇を撫でる。 を取られたくないのに、それ以上にが悩む姿を見たくない。 矛盾する思いにおれは心の中で溜息をついた。 このまま放っておいたら、見当違いの方向で悩みだしかねない心配もある。 ……見当違い。 ふと、もうひとつの可能性が思い浮かんだ。 ひょっとして、見当違いなのはおれの方か? ……もし、そっちだとすれば、ますますこのままにはしておけないんじゃないのか? 「これは聞き流してていいぞ。あのな、。本当はお前、もう答えがわかってるんじゃない ないのか?なんでか知らないけど、それを認めたくないだけじゃないのか?」 だって、はそんなに鈍い奴じゃないはずなのに。 |
嫉妬と愛情の狭間で複雑な心境のお兄さんです。 |