ようやく王都に帰り着くと、異様な姿のギュンターさんが待っていた。 硬直したのはわたしだけじゃない。 有利も、コンラッドも、ヴォルフラムも、グウェンダルさんも、だ。 よかった。亡命者の女性たちがこの場にいなくて、ホント〜によかった。 特に妊婦のニコラさんは胎教のためにも、見なくて良かった。 なんでギュンターさん、有利の持っているTシャツと同じ柄の服を着ているの? いえ、有利のファンのギュンターさんなら、同じデザインの服を着たいと思っても不思議 じゃないんですけれど。 不思議じゃないけど……サイズは自分に合わせようよ……。 男の人のピチピチTシャツのへそチラ姿なんて見たくもない。 ギュンターさんが肉体派じゃないだけ、個人的にはマシだったけど……。 036.はみだした想い(1) その上、彼はその姿で有利に泣きついた。人を人とも思わぬ恐ろしい魔女に実験台に されていたとか。 話を聞いたグウェンダルさんの顔色が悪くなったように見えたのは気のせい? 顔色が悪いと言えば。 わたしは思い出して、グウェンダルさんの袖を軽く摘んで引く。 「手当てしましょう、手当て」 まだ手首の火傷は完治していない。肋骨なんて折れたまま。眞魔国に戻ってきたの だから、魔術を使っても怒られることもないはず。 だけどわたしの思惑は外れた。 グウェンダルさんの袖を掴んでいた手を、後ろからコンラッドに引っ張られる。 「専門の医療者がいるから、そちらに任せよう」 「うむ、そうだな」 グウェンダルさんは後退りして部屋を出て行ってしまった。 確かに専門の人が治療した方がいいだろうから、反論せずに見送ったけど。 わたし、本当にグウェンダルさんに嫌われていないのかしら……? ちょっとどころでなく心配になってしまった。 その間にも、ギュンターさんに泣きつかれた有利は、ひどく逃げ出しそうな顔をしていた けれど、亡命者の女性たちの件を相談しなくてはならないから根気強く我慢していた。 頼られたギュンターさんは、早速張り切って仕事に走っていく。 もう、思った通りの反応。 あ、あー……どうか公務の前には着替えてね。 心の底からそう願う。 「ひ、酷い目に遭った〜」 有利がよろよろと数歩歩いて、わたしにもたれるようにして抱きついてきた。 「ユーリ!」 ヴォルフラムが目を吊り上げて怒るけど、わたしは嬉しくなって有利を抱き締める。 「うん、お疲れ様」 「さあ、おふたりともその辺にして。今日はもうお疲れでしょう。ゆっくり養生してください」 コンラッドが横でそう勧めてきて、わたしから起き上がった有利は元気に頷いた。 「そうだな、今日のところは寝るか。やっと普通にベッドで眠れるよ」 「お、おいユーリ!」 後ろからヴォルフラムがものすごく焦った声でわたしの腕を引っ張った。 「どうして休むのにを連れて行く!」 「え?だってもう寝るからさ」 わたしの手を引いていた有利はなんのことだと首を傾げる。 「だから、それならどうしてを連れて行くんだ!」 「そりゃ一緒に寝るから……」 「陛下」 コンラッドが笑顔で入り口の前に立つ。思いっきり通行妨害なんですけれど。 「の部屋ならちゃんと用意してありますから。なにも一緒に眠らなくても、今日は おひとりの方がよく休めると思いますよ」 「あ、そう?でも、そんなに気にしなくて、おれのベッド広いしさ。ふたりで寝ても十分」 「そうだよね、わたしも部屋もベッドも広すぎて落ち着かなかったくらいだし」 そう言って有利に同意すると、コンラッドとヴォルフラムは眉間に皺を寄せて難しい顔を する。 「魔王専用のバスルームも広いぞ」 「わーい、楽しみ」 困ったような顔をしていたコンラッドの脇を通り抜けながらそんな会話をしていたら、 今度は実力行使で止められた。 有利と一緒に行こうとしたのに、お腹の上に大きな手が回って抱きかかえるようにして 後ろに引っ張られる。 わたしが引っ張られたので、当然手を繋いでいた有利も後ろに引っ張られて、有利は コンラッドに渋い顔で抗議した。 「なんだよ、休めって言ったのコンラッドだろ?」 「今の会話ですが」 「うん、なに?」 「……まさか、入浴までご一緒に?」 わたしと有利は顔を見合わせる。 「それがなにか?」 同時に答えると、怒り出したのはなぜかヴォルフラム。 「なんだと!?ユーリ!お前はぼくの話を聞いていたのか!?」 「聞いたよ聞きましたよ。でもおれとは兄妹なんだからさ、別にこれくらい普通だろ? 今はまだいいじゃん」 わたしがうんうんと頷くと、今度は魔族の兄弟が揃って反論した。 「普通じゃない!」 「そうですよ、陛下。臣下の目もありますから、やはり一応の節度は」 「節度ならコンラッドに必要なんじゃないの?公衆の面前で、にちゅーしちゃってさ」 見られていたとは思っていなかったコンラッドが言葉に詰まる。 だけど、見られてたなんて思っていなかったのは、わたしもだ。 「ゆ、有利!み、見てたの!?」 「偶然見たの。一回目にケイジに遭遇したときのはまだ許せるけど、あれはどうよ?」 どうよって聞かれても、わたしの意志は入ってないのに! 急に恥ずかしくなって手を離すと、有利は驚いたように目を瞬く。 「?」 「や、やっぱり今日はひとりで寝る。コンラッドもいつまで引っ張ってるの!」 ぱちんとお腹を抱えていたコンラッドの手を叩き落すと、引きとめる有利の声を背中に 聞きながら、前回用意されていた部屋まで全力疾走で逃げ出した。 「ここはどこ……?」 逃げ出したら、また道に迷いました……。 前回こちらに来たときと、今回で合わせて血盟城滞在合計二日目。そして道に迷うのも 二回目。 「だって、似たような通路がいっぱいあるんだもんっ!」 思わず言い訳してみても、どうせだれも聞いていない。 方向オンチじゃないはずなんだけどなあ。 情けなく思いながらも、とにかく人を探そうと廊下を歩く。 だれかいないかな、ときょろきょろしながら歩いていて、ようやく見知った人を長い廊下 の向こうに発見した。 「よかった!グウェンダルさん!」 しきりに手首を撫で摩りながら、こちらに向かって歩いていたグウェンダルさんは、どう やらわたしに気付いていなかったようで、ぎょっと驚いたように顔を上げて、くるりと方向 転換した。 や、やっぱり嫌われてる? でもここでグウェンダルさんを逃がしてしまえば、さらに城内を彷徨うことになる。 わたしは慌てて駆け寄って袖を掴んだ。 「待って待って!き、聞きたいことがあるんです!」 「後でコンラートやギュンターにでも聞け」 「い、いえその、その後でがちょっと……こ、ここってどこですか?」 振り返ったグウェンダルさんの眉間には、深い皺が刻まれていた。 そんな理解し難いものを見るような目をしなくても……。 「み、道に迷っちゃって……」 深い深い溜息が上から降ってくる。 「ユーリとコンラートはどうした?ヴォルフラムは」 「えーと……」 逃げ出した、なんて言えない。 「……それで、どこへ行きたいのだ」 「あ、部屋に戻りたいんです」 もうひとつ溜息が降ってきた。ええ、そうです。自分の部屋にたどり着けなかったん ですよ。一日しか滞在したことのない自分の部屋だけどね。 グウェンダルさんがくるりと背を向ける。 「ついてこい」 「お、お手数おかけします」 |
なにかとグウェンダルと縁のある今回のスタツアです。 |