ふと気付くと、がコンラッドと向かい合って手を繋いだりしている。

コンラッドと付き合って、の男性恐怖症が少しでも治らないかな、とか思っている

のに、やっぱりおれから離れていくと淋しい。

というか、コンラッドの場合だと恐怖症の克服を飛び越して嫁にいってしまう危機感

があるからだ。

はにかんだようなの様子がすっごく気に食わなくて、思わず繋いだ手に手刀を

叩き込んで引き離すと、ようやく自分たちのラブラブぶりにも気付いたらしい。

おれの方に来ようとしたから、大歓迎のつもりでいたら急に腕を引っ張られて後ろ

に引きずられた。

もちろんそんなことをするやつは、八十二歳の美少年に決まっている。

「ユーリ!ふらふらするなと言っただろう!」

「あのなあ!」

「あ、ちょっと……」

おれの抗議もの不満も聞きもしないで、ヴォルフラムは見た目に反して意外にも

強い力でおれを引きずって歩き出した。





035.今までも、これからも(2)





が追いついてくるかなと振り返ったけど、恨めしそうな目で見るだけで、コンラッドと

一緒にいる。

「ねえユーリ」

いつのまに隣に来ていたのか、ニコラが軽くおれの袖を引くと、反対側でおれの腕を

ホールドしていたヴォルフラムが眉を吊り上げた。

ってグウェンダル閣下とはどうなの?いいえ、やっぱり閣下はユーリとよね?」

ニコラはコンラッドとを見ながら首を傾げる。

「どっちも違う」

頭痛がしそうだ。

あんな強面が義弟になったら、おれは毎晩枕を濡らして怯えるだろう。

いや、義弟でいえばコンラッドでも劣等感に苛まれそうなんだけど。

ヴォルフラムが不機嫌そうに、おれを引っ張ってニコラから引き離す。

「ユーリの婚約者はぼくだ。そしての婚約者はコンラートだ。…忌々しいがな」

そんなに人間が嫌いか。嫌いなんだろう。

だがニコラは怖いもの知らずなのか天然なのか、ちょっと肩を竦めて気の毒そうに

三男を見た。

「そうね……ヴォルフラム閣下と婚約者…だからユーリは駆け落ちなんてして……」

「してないって!」

その思い込みからしてどうにかしてくれ。

だけどニコラの妄想は止まらない。

「ああ!きっとはグウェンダル閣下が好きなんだわ。好きな人に幸せになって

ほしいから、だから涙を飲んでユーリとの駆け落ちの手助けを。素敵、なんて純真な

愛なのかしら」

ニコラの力説するとグウェンの妄想は、間違いなく夜明け前のセクハラ騒ぎが

原因なんだろうけど、矛盾に気付いてくれ。

がグウェンを好きなら、セクハラされたってあんな悲鳴は上げないだろう。

とはいえ、説明しても聞いてくれない気がするし、聞いてくれたらそれはそれでさら

に恐ろしい妄想に発展する気がしてきた。

グウェンダルを見ると、だれにも近付かずにひとりでむっつりと不機嫌そうに歩いて

いる。

だけど部下たちのグウェンダルを見る目は、この砂熊ケイジの巣穴の中で見るから

に変わった。

遠巻きにするようなものから、同情を込めたものへ。

がコンラッドとふたりだけでアツアツ空気を出しているからだ。

……は絶対無自覚だけどな。

グウェンダルからしてみると、セクハラ疑惑自体が誤解だと証明されない限り、弟の

婚約者に横恋慕してフラれた可哀想な男、という目で見られるわけで。

変態を見るような目じゃなくなったからといって、フォンヴォルテール卿の気が納まる

わけがない。

その大半はおれのせいなので、おれは当分近付きたくない。

グウェンダルの不機嫌を確認してしまって、ちょっと後ろめたくなって目を逸らした。




「あっ!」

目を逸らしたら逸らしたで、おれの視界に飛び込んできたのは、一行の最後尾を行く

のほっぺにコンラッドがちゅーした場面で。

思わず立ち止まったものの、怒りのせいか驚きのせいか、喉が詰まって声が出な

かった。

その間に、がコンラッドの足を思いっきり踏みつけてさっさとその場を離れる。

よしよし。に不純異性交遊はまだ早すぎる。

「なにをやっているユーリ、落ち着きのない」

間抜け面をさらしていたおれの腕をヴォルフラムが強く引っ張った。おれは力負けして

また歩き出す。

「だ、だってコンラッドの奴……っ」

「なんだ、またそれか。いいかユーリ、忌々しくとも、コンラートはの婚約者だぞ。

側にいて触れ合ってなにがおかしい」

「おかしいだろ!?婚約者たって一方的な話でさ!おれだってだって、そんなの

認めてないのに!」

「そもそもそれがおかしいんだ。お前もも、自分から求婚したんだろう!」

「あんなのがプロポーズだなんて、おれもも知らなかったんだからしょうがない

だろ!?大体、おれはの兄貴なの!ここでは唯一の家族なの!妹を守ろうと

してなにが悪いんだよ!」

「ユーリは過保護すぎる」

「お前らに言われたくねーよ!のことは、今までだってこれからだって、おれが

守るんだ!」

「そうやって、一生をお前の側に縛り付けておく気か?」

どんな文句にだって言い返してやると準備していたおれは、勢いで口を開き、開いた

まま一言も漏らす事ができなくなった。

「お前たちふたりを見ていると、ときどき心配になる。ユーリがを大事にするの

はいい。ぼくだっては可愛いから、気持ちはわかる。がユーリを慕うの

もいい。お前はとんだへなちょこだが、にとっては大切な兄だ。だがお前たち

は本当に兄妹の境界をわかっているのか?」

なんだ。

今、ヴォルフラムがものすごく高尚なことを言い出したのかと思った。いつもの言い

がかりかよ。次のセリフはまた『浮気者』か?

安心したのは束の間だった。やっぱり、ヴォルフラムは真面目な話をしていたのだ。

「大切にすることと、自由を奪うことは別の話なんだぞ、ユーリ」

息が詰まった。

そんなこと。

そんなこと、言われなくてもわかってる。

なのに反論できない。

「大切に思うなら、を信じてやるのも家族だろう」

「わ、わかってるよ。でも、はまだはっきりコンラッドが好きだなんて言ってない」

我ながら見苦しい反論だった。

当然、ヴォルフラムも呆れたように溜息をつく。

「そんなに気に食わないなら、魔王の権限で別れさせればいい」

魔王の権限で?

「だ……だって……そ、そんなこと……………できんの?」

ただの素朴な疑問だったのに、おれが本当にそうしようとしていると思ったのか、

ヴォルフラムの目が吊り上がる。

「できなくはない。確かに、臣下の婚姻に主君が口を差し挟むことは好ましくないが、

理由があれば周囲も強くは反対しない。ましてや、当事者の一方はお前の妹である

だ。王妹の婚姻相手を王が熟慮することに異論を唱える者がいるはずがない」

つまり、おれがなんとしてでもコンラッドをの恋人としては認めないと喚いて騒ぎ立て

れば、その主張が通るのか。

………なんだかなあ。

ちらりと後ろを振り返ると、コンラッドは怒ってしまったの機嫌を取りながら、それでも

楽しそうにしている。

あれを、おれに邪魔しろって?

チームメイトの恋愛は成就して欲しい。

だけど、が他の男のところにいくのはいやだ。

大した矛盾だよ。

「まあ、やめておけ」

考え込んでいたおれに、ヴォルフラムがつっけんどんに言い放つ。

「そういうやり方は、お前らしくない」

おれの腕を抱え込みながら歩く顔をまじまじと見た。

ヴォルフラムは長兄に似た不機嫌そうな表情のまま、決しておれの方を見ようとも

しないけど。

のことを心配しているのかと思った。

なのになんだよ、普段はキャンキャン噛み付いてるくせに、なんだかんだで兄貴の

コンラッドを心配してるんじゃないか。

「そうだよな。やっぱ兄弟は仲良くやんなきゃ」

「兄妹は仲良くって……おいユーリ!なんの話だ!?」

まさかやっぱり権限を実行する気じゃないだろうだろうな!というヴォルフの悲鳴も

聞かずに決意を新たにする。

どれだけが可愛いからって、魔王権限なんてものを振りかざすのは、いくらなん

でもやりすぎだ。

はきっとコンラッドのことを……。

だからいつかは別々の道を歩くけど。

今までだって、これからだって、おれはの兄貴なんだから。

今はまだ普通に、の兄貴としてコンラッドとを取り合えばいいや。

「やっぱさ、スポーツマンは正々堂々でしょ」

どうせしばらくはおれの方が優勢なんだ。

まさに名は体を現す。

のことなら、まだまだアドバンテージはおれにある。







ヴォルフラムのお陰で、三歩進んで二歩下がる、くらいでしょうか。
弟のナイスフォローが入っているなど知りもせず、次男は今ごろ
楽しそうにご機嫌取りの真っ最中……。



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