女性たちから順番に巣穴に入り、有利、ヴォルフラム、グウェンダルさん、コンラッドと

続いて砂の奥に下りてきた。

「まさか五日足らずで砂熊を手懐けるとは……」

部下も全員避難したことを確認すると、コンラッドが感心したような呆れたような顔で

元部下を見て呟く。

そう。ライアンさんはなんと砂熊に入れ込んで、軍を抜けたらしい。だから元部下。

砂熊の巣穴は別の入り口もあるらしく、しばらくは砂を固めた通路を行くことになった。





035.今までも、これからも(1)





ローブを脱いで絞ると、すごい勢いで水が滴り落ちた。雨に打たれたのはわずかな時間

なのに。

上からは、今までの日照りが嘘のように雨が砂を打つ激しい音が聞える。

「………本物だったねえ、そのソプラノリコーダー」

わたしが有利の手の中のソプラノリコーダーを見て呟くと、有利は濡れた顔を濡れた袖

で拭きながら肩を竦める。

「偶然だったりして」

「それはないでしょう」

コンラッドも絞った上着を広げながら、穏やかに首を振る。

「あんなに晴れていたのに、いきなりの豪雨ですよ?しかも山でもなくこんな砂漠で」

「そうよねえ、熱帯雨林ならスコールかもしれないけど、ここは砂漠だし」

おまけに水不足にあえぐ日照りの国だったのに。

わたしは頑張って絞ったローブで有利の顔や髪を拭きながら同意する。

「わっ、いいよ!自分を拭けよ」

「ダメ。有利、こういうのはいい加減なんだもん。風邪ひいちゃったら大変でしょう?」

有利の頭を押し込むようにしながら乱暴に水気を吸い取ると、また湿ったローブを絞る。

「続きは俺が引き受けるから、ユーリの言うとおりは自分を拭いて」

「だからおれ自分でできるよー、ガキじゃないんだからさあ」

「ユーリの世話はぼくがする!」

にゅっと横からヴォルフラムの手が伸びてきて、有利の腕を掴むと連れて行ってしまう。

「あああ……有利が……」

有利を奪われて、未練がましく見送っていたら上から湿った布を被せられた。

「わっ!ちょ、ちょっと!!」

わしゃわしゃとちょっと乱暴に布の上から髪をかき回される。

「これじゃユーリのこと言えないだろ。もちゃんと拭いて」

「わ、わかったから!そんな拭き方したら髪が痛むっ」

慌てて手を振り回すと、コンラッドは軽く避けて後ろに下がった。

「それは困るね。の髪、俺は好きだから」

なんの気負いもなく、とんでもなく気障なセリフを言うのはやめてください。こっちにも心

の準備というものがあるんです。

溜息をついて被せられていた布を取ると、今のでだいぶ水分を吸収していた布を絞って

髪の組紐を解く。

コンラッドが無理やり掻き回したお陰で、髪がぐしゃぐしゃだ。

それでなくてもこの数日、ウィッグで蒸れたり、乾燥した国で日に焼け続けて痛み気味

だったのに。

手櫛でできるだけ直しながら編んでいた髪を解く。

「ずっと前にね、有利が誉めてくれたの。『の髪はさらさらで手触りが好きだな』て」

「それで伸ばしてるの?」

「うん。有利が好きなものは、わたしも好きだから。だから、髪は大事にしてるの」

布で髪を挟んで、軽く叩いて水分を吸収するようにする。柔らかい乾いたタオルはない

からこれで我慢。

「……は本当にユーリばっかりだな…」

呆れられたのかと思ったら……どうしてわたしの肩に大きな手が乗っているの?

乗っているというか、抱き寄せられているというか。

「こーのー手ーはー?」

コンラッドの手の甲をつねり上げる。

「いたた……は俺には手厳しい気くないか?」

「それはコンラッドが妙にスキンシップを図るから」

「妙にとは心外だな。婚約者なんだから、これくらいは当然なのに」

「だからわたしそれ認めてないし!」

コンラッドに背を向けると、たまたまその先にグウェンダルさんがいた。

わたしと目が合うと、ものすごく不自然に目を逸らす。

「やっぱり……嫌われちゃったかなぁ……」

愚痴を言って泣きついて、側にいてくれるように頼んでおいて殴り倒すなんて、

恩を仇で返すとはまさにこのことだよね……。

溜息をつくと、きゅっと手を握られた。

視線を落すと、大きな手がわたしの手を包んでいて。

上を見ると、コンラッドが優しく微笑んでいた。

「グウェンがを嫌うはずがないよ」

「でも……優しくしたのに殴り倒されて、うんざりしちゃったんじゃないかな」

「大丈夫。わざとじゃないってグウェンもわかってるよ。機嫌が悪そうに見える

のはいつものことだしね」

「そうかなあ……」

「そうだよ」

自信満々に言い切ってもらうと、少し気持ちが軽くなった。なんたってコンラッド

はグウェンダルさんの弟だし、その言葉は信用できる。

「だったらいいな」

慰めてくれた感謝を込めて、コンラッドの手を握り返すと嬉しそうに笑ってくれた。




「てい!」

いきなり後ろから、コンラッドとの間に手刀が落ちてきて、握っていた手が離れた。

驚いて振り返ると、ちょっと不機嫌そうな有利が手刀の構えのままでぼそりと呟く。

「公衆の面前で、バカップル繋ぎ禁止」

「バ………」

そんなつもりはまったくなかったけど、気付くと幾人かの視線がこちらに向いていた。

急に恥ずかしくなってコンラッドから距離を開けて有利の腕に抱きつこうとしたら

その手が、空を切る。

「ユーリ!ふらふらするなと言っただろう!」

わたしが有利の腕を掴む寸前に、ヴォルフラムに再び攫われていたのだ。

「あ、ちょっと……」

不満を言うより先に、有利はヴォルフラムに引っ張られて先に行ってしまう。

「もう……なんなのよ……」

ヴォルフラム、酷い。有利を独占しすぎ!

恨みを込めながら、砂熊の巣穴を進むために出発した一行の最後尾にだらだらと

着いていく。

有利とヴォルフラムに追いつこうにも、ニコラさんも一緒にいる。どうも彼女の視線が

今朝から気になって、側に行くのを躊躇してしまうのだ。

「まあそんなにふてくされないで。俺がいるじゃないか」

コンラッドは爽やかに笑いながら、また人の肩を抱き寄せるし。

ぎゅうっとその甲をつねっても、今度は離そうともしない。

「コンラッド……歩きにくい」

仕方がないので口で伝えると、首をかしげてとんでもないことを言う。

「ああ、疲れた?なら俺が運んであげ……」

「このままでいいです」

そんなより恥ずかしいことできますか!

なにか理不尽な二択を迫られたように思えたけれど、きっと気のせいだと思おう。

考えても疲れるだけの気がするし。

「ところで

「なんでしょう?」

半ば投げやりに問い返すと、軽い咳払いが上から聞えた。振り仰ぐとコンラッドは

少し改まった表情でこちらを見下ろしている。

「今回、こちらにきたとき……どこに出た?」

「え?……ああ、日本からってこと?宿屋のグウェンダルさんの部屋だよ」

「まさか、グウェンの部屋の浴室なんてこと……」

なにを言っているのだろうとしばらく考えて、とんでもない誤解を受けているのでは

ないかと気が付いた。驚いて悲鳴のような声が出る。

「ち、違うよ!お風呂じゃなくて、ベッドの上!」

叫んでから、その状況もどうよと思う。事実、コンラッドも表情は固いまま。

「服はちゃんと着てたから!今回は水を通ってきたわけじゃなくて、鏡を通り抜けて

きたの!そしたら弾き出されたのがグウェンダルさんの部屋のベッドの上で!」

どうしてこんなに必死に言い訳しないといけないの?

それは、ストリーキングとか寝込みを襲う痴女だなんて誤解を受けないためです。

男の人に裸なんてそうそう見られたくないよ!寝込みを襲うなんて、もっての他です!

わたしの懸命の説明に、コンラッドはようやく表情を和らげる。

「俺の部屋に来てくれたらよかったのにな」

「そんなこと言われてもわたしに選べないし!それに選べるならヴォルフラムの方が

よかっ……いたっ」

「あ、ごめんっ」

急に肩を抱いた手に力を込められて、思わず悲鳴を上げるとコンラッドが驚いたよう

に慌てて手を離した。

「すまない。痛めた方の肩だった」

コンラッドがあまりにも申し訳なさそうに繰り返して肩を撫でるので、悲鳴なんて上げ

て、なんだかこちらも悪いことをしたような気分になってくる。

「大丈夫だよ。ちょっとびりってしただけ。びっくりして声が出ただけだから」

「本当に?無理してないよね」

「してない。大丈夫」

「本当にすまない」

「もういいってば」

なんだか堂々巡りだ。

あまりにも心配そうなのにちょっと呆れて、両手を上に伸ばした。

ぺちりとコンラッドの顔を挟んで下に引き寄せながら、わたしも軽く背伸びして銀の

光彩の散った茶色の瞳を覗き込む。

「大丈夫だから!OK?」

コンラッドは呆気に取られたように口を閉ざして。

そして、ようやく納得してくれたのか柔らかく微笑んだ。

あわわわ、しまった。こんな至近距離で真正面からかっこいい人を覗き込むなんて

自殺行為だった。

「そ、そういうことだから」

なんとなく恥ずかしくなって、コンラッドの顔から手を離すと急いで歩き出す。



コンラッドは二歩で追いついた。コンパスの差が恨めしい。

「でも、やっぱり出てくるなら俺の部屋だと思うな。は、ヴォルフラムだって

側に近付くには限度があるだろう?」

「限度はあるけど、ヴォルフラムはわたしのこと、妹だって思ってくれてるもの」

絶対に顔が赤くなっているに違いないと、俯いたまま早口に答える。

「なるほど、そういうことか」

妙に納得したらしい声がして、影が差したと思った瞬間、頬に暖かく柔らかなキス

が振ってきた。

頬に、キス。

「………………バカッ!」

つい思い切りコンラッドの足を踏んでしまったけど、絶っっ対に謝らない!







珍しく、浮かれて失敗した次男。
なんでもないときにこんなことすれば、そりゃ踏まれますよ……(^^;)



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