誰かの足音が聞えて、うっすらと意識が戻った。 風が頬を撫でて、ここが外だということがわかった。だけど、毛布を羽織っているから そんなに寒くない。むしろ、温かいくらい。 ウッドデッキの階段に腰掛けたまま、いつの間にか眠っていたらしい。 なんでこんなところで寝ていたんだっけ、と乾いてパリパリになった瞼を無理やり押し 上げた。 どうしてこんなに目が開けにくいかといえば、泣いていたからだ。 ああ、そうだ。あの人質にした小さな子供の母親に会って、自分の忌まわしい行動を 思い出して、恐れて泣いたんだった。 でも、ほんの少しだけど気分は上昇している。 疲れるまで泣いて眠るっていうのは、ストレス解消にいいのかもしれない。 そういえば、グウェンダルさんが側についていてくれたんだよねえ。わたしが眠った からもう行っちゃったのかな? まだ半分以上寝惚けた頭でトロトロと思い出しながら考えていたら、足音はすぐ目の 前で止まった。 033.寄り添わせた肩(1) 霞む目を上にあげる。 そこにいるのはコンラッド。 なんでそんなに驚いた顔しているのかなあ、と呆けていたらコンラッドがにこりと擬音 がしそうなほどの笑顔になった。 「……なぜこんなところで……いや、それより、それは、なに?」 いや、よく見たら笑顔が引き攣っている。声も僅かに震えていた。 それ、をやたらと強調されてわたしは差された指の向かう先を辿って、視線を自分の お腹の辺りまで下げた。 手が。 やたらと大きな手が、わたしの後ろから回されてお腹の上で組まれている。 えーと。 背中がやけに温かい。 段々目が覚めてきた。 この温かさには覚えがある。 砂漠で、有利とグウェンダルさんと三人きりになってしまったとき、有利にもたれて 眠った時。 あれー?でもこの手は間違っても有利のものじゃないですよー? 有利のものじゃなくて、コンラッドは目の前にいて。 間違いなく、男の人の手。 「む……」 決して有利のものではない低い声が耳元で聞えて。 お腹の上の手が、動いた。 「いっ……いやああああああああああぁっ!!」 「待て!落ち着……ぐっ……!」 なにがなんだかわからないまま、必死に腕を振り回したら手の甲に鈍い痛みがあって、 後ろからくぐもった声が聞えた。 拘束する腕が弱くなって、とにかくそこから這うようにして逃げ出すと、ウッドデッキの 短い階段を転がり落ちる。 「っ!」 別の男の人の声が聞えて、地面を這ったまま逃げ出そうとしたのに、後ろから抱え 上げられる。 男の、大きな手。 「いやっ!いやあぁっ!やだぁ!ゆーちゃんっ!ゆーちゃぁんっ!!」 「、落ち着いて、。大丈夫だから。俺がついているよ、ね?」 耳に流れ込んできた声は。 「コ……コンラッド……?」 ぴたりと動きを止めて見上げると、わたしを抱き上げているのはコンラッドだった。 「こ……こわ……」 「ああ、。大丈夫だよ」 コンラッドが優しく微笑んでくれて、思わずその首にしがみついてしまった。 「怖かったよぉ……」 「………」 コンラッドの暖かさにほっと息をつくと同時に、有利の声が聞えた。 「!」 現金なもので、有利の声が聞えると意識が完全に有利に向いてしまった。 「コンラッド!降ろせ、を返してくれっ」 ウッドデッキを飛び降りて、有利が駆けつけてくれた。 「有利!」 「、待って危ないから……」 必死になって有利に手を伸ばすと、コンラッドが地面に降ろしてくれる。 高い位置から地面に降ろされて、すぐに有利に泣きついた。 「ゆーちゃぁん………」 強く抱きつくわたしの背中を優しく摩りながら宥めてくれる。 「おれがいるからな、もう大丈夫。大丈夫だから……」 背中を撫でる暖かい手。 大丈夫と繰り返す優しい声。 目を閉じて、有利の声と鼓動だけを感じる。 有利が、側にいてくれる。 安心できる有利の腕の中で、やっと深く息を吸うことができた。 「………ところで」 わたしの震えが止まると、有利が口を開いた。 顔を上げると有利の目は建物の方に向いている。 「グウェンダルは、になにしてくれたわけ?」 グウェンダルさん? なんのことだろうと思って、はたと気が付いた。 確か眠る前に側にいてくれたのは……グウェンダルさん。 恐る恐る有利の視線をそのまま辿ると、ウッドデッキの階段に顎を押さえた格好で座り 込んでいたグウェンダルさんの姿が。 ……あれ、グウェンダルさんだった……の? 「ご………ごごごごごごめんなさいっ!」 蒼白になって謝るわたしに、有利が目を丸くする。 「なんだよ、が謝んなくてもさ」 「だ、だだだって!あの、ゆ、有利、グウェンダルさんは悪くないよ?わ、わたしが…」 「のせいじゃないから」 後ろからそっと触れられた肩に鈍い痛みが走って、息を飲んでしまう。 「?どこかに怪我を?」 「う、ううん。なんでもない」 ウッドデッキから転がり落ちたときに強打した肩が、今ごろ痛くなってきた。 でもこれ以上なにか言うと、まるで悪くない、むしろ恩人のグウェンダルさんを困らせる ことになりそうなので、慌ててごまかす。 なんとなく、コンラッドの機嫌も良くないみたいだし。 「わ、わたし、顔洗ってくる」 眠る前も泣いていたし、暴れたときも泣きかけだったことを考えると、きっと相当ひどい 顔をしている。 コンラッドに見られないように建物に戻ろうとしたのに、有利から離れた途端にさっき みたいに後ろから腕を引かれて抱き上げられてしまった。 「ちょ、ちょっと!」 「おい、コンラッド!」 わたしの有利の悲鳴が重なったけれど、コンラッドはどこ吹く風。 「どこか怪我してるだろう?無理しちゃ駄目だよ」 お姫様抱っこで覗き込まれると、顔を隠したければそっぽを向くか首にかじりつくしか ないわけで。 でも向こう側にはヴォルフラムとグウェンダルさんがいる。必然的に答えはひとつ。 「怪我なんてしてない」 そう言いつつ、仕方がないのでコンラッドの肩口に顔を押し付けた。有利の金切り声 が聞えたけど、こんな顔を見せるほうがいやなんだって。お願いだからわかってよ。 人の抗議なんて聞えていないかのように、コンラッドは大股でウッドデッキに上がると 建物の中にわたしを運び入れてくれた。 「それで、どこを怪我したんだ?」 「してません。どこもなんともないの」 「でも」 「もう!なんともないから降ろしてよ!顔洗いたいの!」 この状態をなんとかしたくて暴れると、コンラッドが困惑しながら床に降ろしてくれる。 とにかく泣いた顔を見せたくなかったので、すぐにロッキングチェアに放り出してあった 毛布を掴んで抱き締めながら、うずくまった。 「……」 「出てって!」 「……俺はなにかした?」 う……。 コンラッドの弱々しい声が聞えたので、少しだけ毛布をずらして視線を上げると、眉根 を下げて悲しそうな顔をしてわたしの前にしゃがみこんでいた。 慌てて毛布を押し付けて顔を隠しながら、コンラッドに非がないことだけは伝えておく。 「そうじゃなくて……泣いた上に寝起きなんていうひどい顔、見せたくない」 返事がない。 う、呆れさせてしまいましたか。 そう反省しそうになったのに、ふわりと大きな手がわたしの頭を、それから毛布の隙間 から頬をくすぐるように撫でる。 「やっ……やだっ」 身を捩るとコンラッドの腕が追いかけてきて、ぎゅっと抱き締められた。 「、可愛い」 今度は嬉しそうな声が耳のすぐ後ろから聞えて、一気に顔が熱くなる。 「か、からかってないで、出てって!」 「からかってなんかないさ。どんな表情でもは可愛いよ」 き、キザだ……。 背筋が寒くなるような、でも身体が熱いような、反対の状態に混乱しながら必死で 首を振っていると、入り口の方から有利の声が聞えた。 「コンラッドー!いい加減に出て来いっ!」 有利、ナイス! |
いつでもどこでも、チャンスを逃さない弟と、どこまでも行動が裏目に出る兄…。 |