コンラッドも無事で、も元気で、ようやくおれはほっと安心できた。 グウェンダルも無事に脱獄したという話しだし、あとは砂漠を越えて女の人たちを連れて 国へ帰………忘れてた。 「そういやおれたちもともと、魔笛を探しに来てたんだ。ゲーゲンヒューバーはどこいった んだろう?」 愛しいニコラまで置いて。 「ああ、そうだ!ニコラ、ニコラは無事かな!?」 「彼女ならこの遺跡のどこかにいるはずですよ。事の最中は避難してもらっていましたが」 「え、そうなの?ってかなんでコンラッドがニコラを知ってんの?」 「ニコラって誰?」 「偶然、街中で会って。彼女にユーリたちの居場所を教えてもらったんですよ」 「ニコラは、あのときの花嫁さん」 「ああ……あの」 がなにかを続けようとしたとき、足元からしくしくと悲しい泣き声が聞えてきた。 033.滲んだ空の色(2) もちろん、泣いているのは墓から蘇った死者ではなかった。 自分の死んでしまった赤ん坊を探していたノリカねーさんだ。 「いないのよ……どこを探しても……骨ひとつ見つからない……」 泣きながら、また土を掘り始める。 「もう十年経つからね……」 ろくな慰めも言えない。爪も剥げて指先も割れて血を流している手を取って、おれは 首を振った。 「一旦、手当てをしようよ。手を洗って包帯巻いて。それから、再チャレンジしよう。 このままじゃ、ねーさんの手の方が先に参っちゃうよ」 もう止めようとは言えなかった。子供を思う母親の気持ちは、おれには想像しかでき ない。ノリカは頷きはしなかったけど、おれの手を振り払いもしなかった。 随分深くまで掘った穴からノリカの手を引っ張り上げようとして、手の甲になにか硬い 物が当たった。 それを指先で摘んで持ち上げてみる。 「なに、これ?」 茶色い筒。細長く、白い出っ張りが所々にある、長いのと短い三角のと二種類。 「それはあたしも見つけたよ。でもそんなのは息子じゃない。骨じゃないもの」 「……どこかで見覚えが」 が横で眉根を寄せてじっとおれの手の中の筒を見ている。 おれも、そんな気がする。 真ん中の、穴の開いた細長い部分が挟まれば。 寄場送りになる前のボディーチェックで、武器とは認められずに没収されずに済んだ ニコラから貰った筒をポケットから取り出す。 まさか、まさか。 こんなところに!? 間違えようもなく、組み立てた。 「こ、これが……!」 焦げ茶と白のコントラスト。小学生の頃、よくお世話になった。 「まさか陛下、魔笛……ですか?」 コンラッドが驚いている。たぶん、目を丸くしてるのだろう。 「そ、それが?」 の声は引き攣っている。たぶん顔も。 おれもだ。 「だって……これ、ソプラノリコーダー………」 と声がハモった。 魔王が持つ笛が小学生の持つソプラノリコーダーというのはどうなんだ。 シューベルトもまさか魔王がソプラノリコーダー持ってる姿を想像して曲を書いたわけでも ないだろう。想像してたらすごい。 「い、いや、でも吹いてみたらすごい音色が流れるかもしれない……」 モルギフだって、困った系入った顔だったが、見た目からして普通の剣とは違っていた。 中身はもっと違っていた。だってゲロ吐いたし。 これだってただのソプラノリコーダーに見えて、実はすごい笛なんだきっと。 吹き口の土を服で拭って、息を整えて咥えてみた。 ぽひー。 「ほんとにソプラノリコーダーかよ!?」 「すごいですね、陛下!手にしてすぐに音を出せるなんて!」 「おれ、遠い昔にこの楽器を吹いていたことがある気がする」 「それほど遠くないよ、有利……」 たった四年前までだ。遠くない昔。 「その真ん中の部分はどこで手に入れられたんです?」 「これはニコラから貰ったんだよ。ヒューブが持ってたって……ああ!」 おれはぺしりと額を叩いた。 今、ほんとに全部が一本に繋がった。 逃げ回っていたおれたちを匿ってくれた……まあ、一応……足の悪い小柄な男の元に 娘と魔族との間にできた孫を十年前につれてきてくれたのは、魔族の男。 十年前。 「わかった、ノリカねーさん!あんたの子供生きてるよ!おれ会った!!」 「あたしの息子が!?」 「ヒューブだ、全部ゲーゲンヒューバーに繋がってるんだ」 「すまないユーリ、どういうこと?」 コンラッドが困惑している。そりゃそうだ。グウェンダルなら、わかっただろうけどね。 「十年前、ヒューブはここに来てるんだ。死にかけてた赤ん坊をここから連れ出して、 代わりにこれを埋めて隠したんだよ。赤ん坊はノリカねーさんの父親の元へ連れて いったんだ。ねーさん、あんたの父親の名前は?」 「シャスだけど……」 「だよな!」 確認して身を乗り出そうとしたそのとき、隣のが息を飲んだ。 「……?」 「ユーリ!!!」 遠くからヴォルフラムが、これ以上ないくらいに怒り狂って叫んでいる。 「いけね!黙って来てたんだった」 どうやらコンラッドがいることにも気付いたらしく、地団太を踏んで猛然と走ってきた。 この暗闇で、あの速度。すごいなヴォルフ。 「お前はまた、この尻軽!」 「だからそれはフットワークが軽いって事!?」 「陛下、それは違うと思いますけど」 呆然としていたノリカねーさんは騒ぎ出したおれの腕に縋りつく。 「ねえ、あたしの息子が生きてるってどういうこと?なんであんたがあたしの父親の こと……」 「あー……話すと長くなるんだけどさ、とにかくおれはあんたの父親に会ったの。孫と 暮らしてたよ。魔族の血が入ってるから成長が遅くて五、六歳に見えるけど、十歳に なるっていう子供。ジルタっていうんだ」 悲鳴はふたつ聞えた。 歓喜に震えたノリカと。 蒼白になったと。 「、どうした?」 さっきからの様子が変だ。 「?」 よろけてふらついたを、コンラッドが片手で支える。 「ねえ、その子は元気だった?病気なんてしてなかった!?」 息子が生きていると判ったノリカは、の様子になんて気付いていない。 「あー…元気だったよ。身体は小さいけど、しっかりしてたと思うし」 近所の子供に暴力を振るわれていた、なんて言えずにおれは言葉を濁す。 コンラッドがさっきから話しかけているの様子も気になる。 「ところで、あんたを売ったのは……その、父親なの?」 ノリカは悲しそうに首を振る。 「売ったのは果物屋の店主。仲良くしていたから、気を抜いちゃったんだね」 「じゃあ、親子で再会できるね」 ノリカは啜り泣きながら頷いた。 は、心配するコンラッドになにも答えず、黙って拳を握り締めて地面を見つめていた。 |
ここにきて思わぬ名前を聞く羽目に。 せっかくコンラッドと再会できて、有利も目覚めて一件落着のはずが? |