有利が目を覚ましたのは、今までからいうと例外的に早かった。

前回、丸一日眠り続けていたことを考えれば、短すぎるともいえて本当に大丈夫なのか

と逆に心配になる。

二時間ほどで目を覚ました有利は、最初に傍らで覗き込んでいたわたしを見つけて無事

だったのか、心配したんだと繰り返した。

すぐ隣にいたヴォルフラムは、一向に自分に気がつかない有利に業を煮やして怒鳴り

つけた。

「お前にを叱る権利があると思っているのか!?ぼくが一体どれだけ心配したと

思っているんだ!」

「あれ?ヴォルフラム、なんでここにいんの?コンラッドはどこ?ああ!そうだ!おれより

グウェンだよ!捕まってるはずなんだ!」

ずっと付きっ切りで心配してくれていたヴォルフラムは、当然の如く怒髪天を突いた。





032.滲んだ空の色(1)





有利は微妙に口先だけに聞えそうな感じでだけど、何度も謝りながらヴォルフラムを

宥め続けた。

「もういい。なにか喉に通りそうなものを探してきてやる。大人しく寝ておけ」

一緒に行こうとしたわたしを押し留めると、有利を見張っておけと言うのを忘れない。

ああは言っていたけど、兄妹水入らずでという気遣いだということは、わかっている。

コンラッドもヴォルフラムもグウェンダルさんも、見た目はまるで似てないのにこんな

風に優しいところはそっくりだ。コンラッドは卒なく、ヴォルフラムはちょっとぎこちなく、

グウェンダルさんはちょっとわかりづらいけど、三人ともとても優しく気を遣ってくれる。

ほんの一日、離れただけなのに、なぜか有利とのこの空気がくすぐったい。

「有利、大丈夫?」

、ごめんな?」

そして同時に話し出した。

「へ?え?なんでごめんなの?」

「あ、おれは平気だよ。それよりこそ」

またもや同時。

わたしたちは顔を見合わせて、どちらともなく小さく噴出した。

「あーあ。なんでこんなことろで息が合うんだ」

「これ、息が合うっていうの?どちらかというと、会話が成立しないから逆じゃない?」

そうかもな、なんて言ってまた笑う。

「でも、ちょっとやつれたね」

そっと頬を撫でると、有利はくすぐったそうに肩を竦めた。

「大したことないよ。それよりはあれからどうしてたんだ?」

有利はウッドデッキで緩やかな風に晒されながら、ロッキングチェアでゆっくりと揺れて

まだ少し眠そうだった。

「もう少し寝てたら?」

「いーや。それよりのことを聞きたい。それに、コンラッドは無事?」

「うん、コンラッドなら、今あっちに」

墓地の方を指差すと、有利は眉根を寄せた。

「ひどいとこだったよ、ここー。みんななーんにも悪くないのにさ、腰を鎖で繋がれて

強制労働させられてさ。あっちは……」

苦い顔で口ごもる。

「……ノリカさんって人がね、自分の赤ちゃんを探したいんだって。あそこにいるはず

だからって」

「ノリカねーさんが?………そっか…」

有利は、反動をつけてロッキングチェアから起き上がった。

「有利、ダメだよ。まだ休んでて」

「コンラッドの顔が見たいんだ」

それを言われると弱い。わたしも、コンラッドの顔を見るまで不安で仕様がなかった。

無事だったと聞かされても、それより本人の元気な姿が見たい。

「じゃあ、コンラッドを呼んでくるから。有利はここ動かないでね」

「おれ、とも話したいんだけど……」

「いいから待ってて!わたしとは後でゆっくり話そ?」

有利の姿を見て、それから声も聞いたからわたしはだいぶ落ち着いていた。




動くなともう一度念押しして、もう真っ暗になった採石場に足を踏み出す。

それにしても、足場が悪い。

明かりを持って出ればよかったと思ったのは、もう半分ほど来てからだった。

「コンラッドー」

明かりが見えてきて、わたしが口元に手を当てて呼びかけると微かに人影が身じろぎ

した。

?まさかひとり?ヴォルフに頼んでおいたのに……」

「ヴォルフラムは有利になにか食べ物を探しに行ってるの」

有利の魔術のお陰でデコボコになった地面で転ばないように気をつけながら勢いを

つけて弾むように歩いた。

「ユーリの?目を覚ましたのか?」

「うん。コンラッドの顔が見たいって。それはわたしが代わるからコンラッドは有利の

ところに行って」

大きな穴を飛び越えて、コンラッドの横に着地した。コンラッドの持った松明は、下で

赤ちゃんを探そうとしているノリカさんの手元を照らしているから、持ち主の表情は

薄暗くてわかりにくい。

でも、嬉しそうに笑っているのはわかった。

「それはよかった。それにしても、今回は早かったな」

「うん、それがちょっと心配なんだけど。と、それ貸して。早く行かないと有利が我慢し

きれずにコンラッドを探しに来ちゃうよ」

「ああ……もう遅いよ」

コンラッドが顔を上げてわたしの後ろを見て笑う。

慌てて振り返ると、夕闇の中で頼りない足音が聞えた。

「有利!動かないでって言ったのに!」

「ノリカねーさんにも話が聞きたかったんだよ」

有利も地面のデコボコに足を取られそうになりながら、なんとか側まで辿りついた。

兄妹揃って、明かりを持ってくるということに気がつかないなんて、お粗末。

ずっと土を掘り返していたノリカさんは、有利の声に振り返った。

「ああ、目を覚ましたんだね、よかった。あんたにはお礼をいうよ。マルタの赤ん坊を

助けてくれてありがとうね」

「そう、それ!マルタの赤ちゃんどうなったの!?」

「ひどく弱ってたけど、なんとか助かった。あんたのおかげだよ。それに、あたしたち

のために怒ってくれたんだろう?」

「どうかなあ?おれ、単に辛抱できない性質だから。あいつらのやり方に腹が立った

から、ってだけだよ。って、おれまたなんかやったの?」

後半は、コンラッドに向けての質問だ。

コンラッドは肩を竦めて例によって、と言うだけで詳しい説明は避けた。

ずっと土を掘り返していたノリカさんの指は泥だらけで、爪は剥がれかけて痛々しい。

だけどわたしは手伝わない。

そう、頼まれているから。

案の定、有利は黙って見れいられずにしゃがんで土に手を掛ける。

「いいんだ。あたしの赤ん坊だから、あたしの手で見つけたいんだ。ありがとうね」

そう言って止められたら、手なんて出せない。有利も、そっと膝を伸ばした。

「俺やヨザックは運がいい」

コンラッドが夜空を見上げる。彼の瞳の中のような星の広がる空を。

「ここには、おれたちと同じような境遇の女性や子供が山ほどいたんですよ。全員が

我々の関係者というわけではないけれど、だれもが解放を願っていたんでしょう。皆

開けた門から逃げました。困ったことに、警備兵も逃走してしまったので追尾隊が編

成される前に逃げなければいけないのですが」

「でも、コンラッドは嬉しそうだ」

「そんな声をしてますか?」

「違うって」

そう言う有利も嬉しそう。

有利は、コンラッドの顔を見なくてもどんな風に笑っているのかわかると言っていた。

わたしの顔を見なくても、どんな様子かわかるように。

わたしにはまだ、有利をわかるほどにはコンラッドのことはわからない。

少し、羨ましい。

「そう、それでですね……」

コンラッドがらしくなく言い淀んだ…ふりをした。

なんの話題に持っていく気か、ピンときてわたしの口角もあがる。

有利の答えは決まっている。

「解放された女性のうち、魔族と婚姻関係にあった十四人ほどが、夫の故郷に行き

たいと希望しているのですが」

「え、そうなの?いいじゃん、みんなで帰ろう」

有利は、なんでもないことのようにあっさりと言う。

そうくるだろうとは思っていたけど、あまりの考えなさにちょっと心配になる。

「有利、一応王様なんだから、もう少し慎重に物事を考える癖をつけようよ……」

「え!?なんで!は反対なのか!?」

「反対はしないよ。いいことだと思うから。でもね、亡命を認めると言うことはこの国

との関係とか、その人たちの入国後の行き先とか、その他もろもろのことも考えな

いといけないんだよ?有利にできる?」

罪人なんだから返せと訴えられたどう対処するのか?彼女たちを連れて行くのは

いいけれど、その後の生活をいつまで、どう保護するのか。問題は山積みだ。

「えぇっとぉ……そのぉ……ギュ、ギュンターに相談するよ」

有利に泣きつかれたら。ギュンターさんは興奮して喜びそう。その光景を思うだけで

頭が痛い。

コンラッドは呑気にくすくすと笑う。

「言いたいことは全部が言ってくれたから、俺は無責任に後押ししておこう」

「さ、さっすがコンラッド!」

「コンラッド……甘すぎ」

人のことは、言えないけどね。







すごく一途なのにヴォルフラムも報われない…。



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