「閣下!」

コンラッドの部下の人が駆け寄ってきたのでわたしはコンラッドの腕から降りよう

とした。

なのに、コンラッドはますます腕に力を込めてわたしの動きを封じ込める。

「報告を」

「は。二百ほどいた警備兵は、陛下のご威光の前に全て逃げ失せました」

「それはよかった。こちらの人数では相手のしようがないからな。だが、厄介でも

あるな」

「ここから首都までの往復を考えますと……」

「遅くとも夜明けにはここを出立するべきだな。それで、後ろの女性たちは」

こちらを遠巻きに見ている女性たちには、一部を除いて恐怖と希望を綯い交ぜに

したような微妙な表情が浮かんでいる。

魔族に恐れながら、警備兵がいなくなった今、現状打破の可能性に期待したいに

違いない。

「ここの囚人たちのようです。いかがいたしましょうか」

「いかがもなにも、門を開いて解放してやればいい」

「で、ですがよろしいのですか?」

コンラッドはわたしを抱き上げたまま、軽く肩を竦める。さすがに腕力あるね。

「ここは法石の採掘場だ。掘り手がなくなっても、俺たちにとっては都合が良くとも

悪くはない。わざわざ他国の囚人を監視するいわれはないしね。解放して精々向

こうの手を煩わせてもらった方が、我々の逃亡にも手助けになる」

「は!ではその通りに」

部下の人は敬礼すると戻って行って、同僚の人たちと共に手分けして女性たちを

繋いでいる鎖を断ち切っている様子を見ていたら、コンラッドは比較的まともそうな

建物に足を向けた。





030.二人きりの時間





建物の中は机と書類が雑然と並んでいた。事務処理室かな?

コンラッドがわたしを赤ちゃんを抱っこするみたいに縦抱きにして、空いた片手で机

のひとつから書類を払い落とした。

ここに降ろしてもらえるのだろうと腰を浮かしかけたら、机にはコンラッドが座った。

そして、その膝の上でわたしを抱きかかえる。

……こんな座り方、三歳頃にお父さんとしたっきりだよ。

これに近い座り方で、有利が広げた足の間に座ることなら今でも多々あるけど。

「………コンラッドさん?」

いくらコンラッドとの接触が平気だからって、こんな体勢は恥ずかしすぎる。

降ろせという意味を込めて微笑みかけたのに、コンラッドは涼しい顔でお腹の上に

回した手に力を込めるだけ。

、怪我は?」

「ないってば」

わたしの要望をまったく無視するコンラッドに、そっぽを向いてつっけんどんに答え

たら、後ろから耳に直接触れるほど唇を寄せて囁いてきた。

「心配したよ」

吐息がくすぐったいし、囁く声に震えた身体が恥ずかしいし、なのに本当に心配した

というような声色に反省したりとか、一度にバラバラの感情を覚えて、思考回路が

パンクしそうになってキッとコンラッドを睨みつけるように振り返った。

「それはわたしのセリフー!砂熊の穴に落ちたのはコンラッドたちでしょ!?」

「俺は落ちたんじゃないよ」

「屁理屈言わない!飛び込んでも落ちても、巣穴に入ったのは一緒じゃない!!

グウェンダルさんも、コンラッドなら大丈夫って保証してくれたけど、やっぱり何度

も心配して……」

怒っていたのに、怒っていたはずなのに、じわりと涙が浮かんできた。

そうしたら、次に出た声は自分でも驚くほど弱々しかった。

「心配したんだから………」

泣いてないけど泣きそうな顔を見せたくなくて、コンラッドの膝の上でくるりと身体を

回転させると向き合うように座り直して、そのまま肩に額をぶつける。

コンラッドはそっと抱き締めてくれた。

「追いつくの、遅いよ」

「うん、ごめん。……遅くなったね」

わたしの言いがかりに優しい声で謝ってくれて、コンラッドのせいじゃないと首を振る。

自分で言っておいて。

「あ、あれから……わ、わたし、何度も……後悔…して……」

本格的には泣いていないけど、しゃくり上げるように声が詰まって恥ずかしい。

「なにを?」

「コ、コンラッドと……ちゃん、と…話し、て…おかなかっ…たこと」

「今できるよ」

子供のような癇癪をコンラッドは悠々と受け止めてくれる。宥めるようにわたしの

背中を摩って、優しく言ってくれた。

うん。今こうして話してる。

コンラッドが無事だから話せている。

日本ではあんなにコンラッドに会いたいと思っていたのに自分で避けてしまって、

そのせいでこんなにも長く、まともに話すことも顔を合わせることも出来なくなって

しまった。

わたしは本当に馬鹿だ。

「は、恥ずかしがって、ないで…もっと、話せばよかっ………」

「大丈夫、。大丈夫、もう側にいるから」

大丈夫。

コンラッドの声が優しく染み込んでくるようで、心の底からじんわりと暖かいものが

込み上げてくる。

「会いたかったよ……会いたかったの………」

……」

わたしの名前を囁いたコンラッドの声がどこか嬉しそうに聞えたのは、単に願望なの

かもしれない。




コンラッドに背中を撫でてもらっていると、温かいその感触に少しずつ落ち着いてくる

のがわかった。

そろりと顔を上げると、コンラッドの温かい優しい笑顔。

子供っぽいとか情けないとか、言葉でも表情でも言われなかったから、わたしはもう

少し甘えてぎゅっとコンラッドに抱きついた。

「夢じゃないよね?」

「なにが?」

「コンラッド、ここにいるよね?」

ひとりきりだったあの宿屋で見ている夢とかじゃなくて。

それどころか、実は地球の自分の部屋で足を滑らせて鏡に頭をぶつけて気絶して

いるとかじゃなくて。

ちゃんとここに、本物のコンラッドがいるんだよね。

わたしの不安に、コンラッドは小さく笑って頬を撫でた。

「いるよ、ここに。側に。ほら……」

コンラッドの手がわたしの顎に掛かって、顔を上げさせられる。

頬にコンラッドの唇の感触。

脳がしばらく活動を停止してしまった。

なんていうか、もうほっぺにちゅーは三回目なんですけど!それでも!

「コンラッド!」

頬を手で抑えながらコンラッドから離れるように身体を起こすと、バランスを崩して

床に転がりかける。

「ひゃっ!」

ひやりとした次の瞬間にはコンラッドに抱き締められていた。

「暴れると危ないよ」

「じゃ、じゃあ変なことしないでよ!」

コンラッドの肩を掴んで引き離そうとするのだけど、所詮腕力で敵うはずもない。

むしろより強く抱きすくめられてしまいました。

「変なことじゃないよ」

「どこが!?」

「俺だって、がこの腕の中に戻ってきたことを実感したいんだよ」

意外に真面目な声で言われると反論できなくなる。

抱きすくめられて動けないのでそろりとコンラッドを窺うように目線だけで見上げると、

眉尻を下げた悲しそうな顔のコンラッドと目が合った。

が馬で追っ手を引き付けたと聞いたから、きっとも捕まって寄場に送ら

れたと思ったんだ。だからだれにも捜索させずに街を出てしまった。俺の判断ミスで、

危うくを置き去りにしてしまうところだった……すまない」

「え、えーと……」

そんなことで罪悪感を持たれると、無理で無茶で無策な真似をしたことが居たたまれ

なくなる。余計なことばかりしたのはわたしであって、コンラッドが悪いことなんてひと

つもないんですけどー。

「グウェンの馬に同乗しているのを見たときは、本当に心臓が止まるかと思った」

「そ、そんなに強く責任を感じなくても……」

有利たちとはぐれたのはひとえにわたしのせいであって、コンラッドはその場で得た

情報を効率よく整理しただけなのでは?

「違うよ。ああいや。後悔はしたんだ。だけど同じくらい嫉妬したから、そのせいで」

「し、嫉妬?」

って、わたしに?

まさかコンラッドもわたし並みのブラコンで、お兄さんとタンデムしてたわたしに嫉妬、

なんてこと。

「だからグウェンじゃなくて俺に手を伸ばしてくれたのは、本当に嬉しかった」

あるわけない。

じゃあ嫉妬って……グウェンダルさんに?

わたしが一緒だったから!?

わたしの腰に回していたコンラッドの腕に力が篭って、思わず硬直してしまう。

きっと顔は真っ赤になっているに違いない。

「あ、あああああの、あのコンラッド……」

「もう少しだけ」

真摯な声でそう囁かれると動けない。

激しい動悸と戦いながら拳を握り締めて逆らわずにコンラッドに身体を預けた。







話…進んでなかったり……。



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