泣き出さない代わりに、とにかくコンラッドにしっかりと抱きついたままで離れないでいる と、そのままふわりと柔らかく抱き上げられた。 コンラッドは相変わらず片手でわたしの背中を摩り、片手で膝の裏を支えて抱え上げて くれる。 「、怪我は?」 涙は出てないのに嗚咽が漏れそうで、無言で否定のために首を振った。 「そうか……よかった」 温かい声が嬉しくて首筋に顔を埋めるように抱きつくと、チュッと湿った音が耳に入る。 「もう大丈夫だよ」 耳に、キスされました。 029.婉曲した表現 わたしは思わず、そしてようやくコンラッドから身体を起こして軽く睨みつける。 その嬉しそうな表情からして、今のわたしの眼光にまったく威力なんてないんだろう。 たぶん顔も赤くなってる。 キスされた方の耳を手で押さえながら抗議したのに、呟いた声はまるで拗ねている だけのようで自分でも驚いた。 「これ……ヤダ…………」 おかげで、文句をつけたのにコンラッドはますます笑みを深くする。 「……いい加減にしろ、コンラート。の具合がよくないだろうことは言ったはずだ」 コンラッドの後ろで立ち上がったグウェンダルさんが胸の辺りを押さえて不機嫌な声で 止めてくれる。 「あ、グウェンダルさん大丈夫?どこか怪我してたで……」 グウェンダルさんに視線を移すと、コンラッドがくるりと反転したせいで言葉が宙に浮い てしまった。 コンラッドも心配だったんだろうと気を取り直して首を捻ると、コンラッドはまたも身体を 反転させる。 「……コンラッド?」 「ヴォルフ、大丈夫か?」 思わず睨みつけると、コンラッドは素知らぬ振りで有利を抱き上げるに苦労している ヴォルフラムを気にかけていた。 「平気、だ。お前はのことだけ…気遣っておけ」 有利、落とされそう。 「コンラッド、降ろして。わたしひとりで歩けるから」 だから有利をお願い、と言おうとしたら二人がかりで反論された。 「ユーリはぼくが運ぶ!」 「だめだよ。具合がよくないんだろう?」 グウェンダルさんまで、溜息交じりの言葉でわたしを押さえつけた。 「お前はコンラートに身を任せておけ」 「具合は悪くなーい!」 「なにを言う。落馬して倒れていたのはどこのどいつだ」 「落馬!?落馬したのか、!?」 途端にコンラッドが顔色を変えた。 「や、で、でも砂の上だったし、大丈夫だよ?怪我もないし……」 「馬鹿なことを。酷く呻いていたではないか」 「あれはー、有利の魔術に魔力が引き摺られただけで……」 「また?」 心当たりのあるコンラッドは眉を顰めた。もうひとり、心当たりのあるはずのヴォルフ ラムは有利を背負おうと必死になっている。 「前にもあったのか?」 グウェンダルさんは業を煮やしたのか、有利の襟首を掴むとヴォルフラムの背中に 引き摺り上げて、弟がようやく有利を背負うことに成功したのを見ることなくこちらに 向き直る。 「ヴァン・ダー・ヴィーア行きのヒルドヤード船でね。ユーリがこの世のものとも思えな いような魔術を披露したとき、急に倒れたんだ」 ヴォルフラムが歩き出したので、それを後ろから追うようにしてゆっくりとお兄さんたち も歩き出す。後ろからもしものときのフォローをしようということなのかな。 もちろん、わたしは降ろしてもらえてない。 「だから歩けるってば」 「だめ。倒れたこと自体はもう大丈夫でも、落馬したなら大事を取らないと」 どうしてだろう。正論っぽいのに言い訳に聞えるのは。 「けど困ったな。これから先、ユーリが魔術を使うたびに倒れていたら大変だ」 「魔力が引き摺られただけと言ったな」 グウェンダルさんは青い顔色のまま思案する。 「ならば魔術の訓練をすればどうにかなるだろう。おそらく魔力の引き出し方が判らぬ から、他人の魔術に影響されるのだ」 「あ、それならヴォルフラムが教えてくれるって約束してた。ね、ヴォルフラム?」 「……ああ……国に帰ったら、な」 ヴォルフラムは苦しそうな声色で振り返らずに肯定した。 「俺は欠片も魔力がないから知らないけど…他人の魔術に影響を受けるというのは よくあることなのか?」 「少なくとも私は聞いたこともない」 仮説を立てたはずのグウェンダルさんがきっぱりと言い切る。あのぉ……。 「だが魔王の魔力は特別に高い。も双黒だ。高い魔力を内包しているとみていい だろう。しかもユーリとは血と肉を分けた双子である」 「なるほど……ユーリと限定というわけか……」 「歴代の王で双子であった者はないからな。あくまで仮説ではあるが」 わたしはさすがにもう、降ろしてもらうのを諦めてコンラッドの腕の中でブラブラと足を 揺らしていた。 仮説だろうと新説だろうと、取りあえずの方針さえ決まったのならそれでいい。 だって代案なんてないし。 「じゃあ眞魔国に帰ったら忙しいかもね。ヴォルフラムからは魔術の講義を受けて、 コンラッドには剣を習うし」 「お前が?」 グウェンダルさんが驚いたようにわたしを見た。 「お前が剣を覚えるのか?」 「そうです。コンラッドとは以前約束を取り付けておりまして。というか、グウェンダル さん、スヴェレラの国境で剣を買ってくれたじゃないですか」 「それはそうだが………」 グウェンダルさんはぎゅっと眉間に皺を寄せて、空中をぶらついていたわたしの手を 取った。そして掌から指を何度も摩る。 「グウェン!」 「え?なになに?」 コンラッドが顔を顰めてグウェンダルさんからわたしを引き離すように身体を捻った。 掴まれていた手は、簡単にするりと下に落ちる。 「確かに。お前の肉刺は正しいものだな。コンラート」 「なにか」 コンラッドの声はいささか不機嫌だった。さっきまで普通だったのに、なんで? 「には正しく教えておいて、肝心の魔王の教育を疎かにしてどうする」 「なんのこと?」 コンラッドに教えてもらったといえば、今のところはまだ言葉と文字だけ。 見上げたコンラッドも身に覚えがないようだった。 「奴の手の肉刺はなんだ。まともに剣術の稽古をしているのかと思えば、正しい握り ではありえない部分に肉刺ができている。剣の持ち方など、基本だろうが」 見当違いのお叱りにわたしは肩を竦める。 「振ってるものが違いますから、コンラッドを責めてもしょうがないと思いますよ」 「なんだと?」 「わたしも有利もまだコンラッドから剣なんて教わってませんよ。わたしのはあちらの 世界で習った下敷きで、有利が振ってるものはバットです」 「バットとはなんだ」 「野球道具の一種です。投手が投げた球を打ち返す、木の棒」 「木の棒……棍棒のことか」 違います。だけど訂正しても仕方がないような気がしてきた。 「ああ、だいぶ日が翳って冷えてきた。は具合が悪いことだし、一足先に行くよ」 突然コンラッドが話を打ち切って、大股でヴォルフラムを追い抜かす。 「え?あ、ちょ、ちょっとコンラッド!有利が!っていうか、具合が悪いのはむしろ グウェンダルさん………」 途端に、眩しい笑顔が向けられる。 眩しすぎて、なんだか目が眩んで背筋が寒い。なに、この有無を言わせぬ迫力? 「ユーリなら心配いらない。ヴォルフもまさか愛しい婚約者を落したりしないだろう。 警備兵は散り散りになって逃げたしね。グウェンも自分で歩いてる。大丈夫」 身の危険すら感じる強い語調に、わたしはただ首を上下に振った。 |
コンラッド…(^^;) 三兄弟揃った会話は好きなんですけど、意外と少ないような。 |