絶対に誰一人としてわたしについてこないように、グウェンダルさんの救出にだけ専念

するようにと念押しして、昨日わたしが得た情報と今日グウェンダルさんの部下の人たち

から得た確実な情報が一致していることを確認すると、馬に乗って街を飛び出した。

目指すは寄場。

わたしはコンラッドに会いたいんじゃなくて、有利に嫉妬してるんじゃなくて、効率と適材

適所を考えているだけなの!

でもどうも、彼等の目を見た限りでは誤解が解けていない気がしてならない。





028.早く逢いたい(2)





寄場には夜までに着けばいいということだった。

寄場の規模はわからないけれど、警備の数はこちらを遥かに上回るはずなので、

極端な陽動と夜の闇に紛れて有利を奪還するためとのこと。

確かにそれしかないでしょう。夜討ち朝駆けは奇襲の基本らしいけれど、奇襲という

か盗賊行為に近い気がしてならない。

街を出てから馬を疾走させる。なにも隠れるところがないだろう所くらいまで来て、

後ろを振り返るけど、ちゃんと誰もついてきてはいなかった。

グウェンダルさん救出班の人数を減らした挙句に、彼にもしものことがあれば有利

に厳罰に処してもらいますからね、と脅したのが効いたのかどうかはわからない。

彼等にとっては、グウェンダルさんは失うことのできない大切な上司であるはずだ

から、そちらを優先させようと決心してくれたのかもしれないし。

砂漠で馬を疾走させながら、わたしは今までのことを振り返る。

それにしてもこちらの世界に来てからは、なんて目まぐるしい状況だろう。

一回目は最終兵器とかいうモルギフを探しに出て、海賊に襲われたり魔族とバレて

閉じ込められたりしたし、おまけになぜか婚約までしたことになっている。

今でもわたしはあれが無効だと思っているのだけど、どうもグウェンダルさんの部下

の人たちの反応からすると、婚約のことが広まっているように思える。

……だとしたら、故意に誰かさんが広めたとしか思えない。

それで今回ときたらもっと酷い。

砂漠を旅することになったり、パンダみたいな砂熊と遭遇してコンラッド達とはぐれたり、

有利はグウェンダルさんと駆け落ち者と勘違いされて手錠で繋がれ、おまけに獄に入れ

られてしまった。

こちらの世界に来て、ひとりきりなんて初めてだった。

有利もコンラッドも側にいないなんて。

でももうすぐ会える。

有利に。

コンラッドに。




やっぱり砂漠での乗馬は勝手が違って、ただ乗れるだけのわたしは思ったよりも時間

がかかってしまった。

そろそろ寄場が近くなってきて、馬の足を緩める。砂煙を上げて走っていたらすぐに

警備の目に留まってしまう。

広大な砂漠にぽつんと立っていたらそれも目立ってしまうので、できる限りサボテンと

か建物の残骸らしき岩陰の近くを選んで寄場の周りを探索することにした。

この近くにコンラッドがいるはず。もうすぐ会える。きっともうすぐ。

太陽が傾きかけていて二重の意味で焦った。

コンラッドに早く会いたい。

それに、完全に太陽が落ちてしまうまでにコンラッドに会ってわたしは寄場の中には

いないのだと教えなくてはいけない。

コンラッド達は隠れて日暮れを待っているはずだ。どれくらいの距離から寄場の様子

を窺っているんだろう?

この距離が近いのか遠いのか、素人のわたしには判別がつかない。

そろそろと寄場の周囲を回っていたら、門の正面が近くなってきて一層警戒したとき

だった。

不意に頭に激しい痛みを覚えて、馬から転がり落ちる。

「いっ………う……」

落ちたのは砂の上だったから、それ自体は大したことはない。

だけど頭の痛みは強くなる。

まるで脳が自分の位置を主張するかのように、脈打つ鋭い痛みと、息苦しさと。

また、だ。

力が抜けて、意識が遠のく。

正しくは、外界との感覚が遮断されたような浮遊感。

頭が痛い、息苦しい、気持ち悪い。

前に有利が魔術を使った時と同じ状態。

引き摺られるな。

引き摺られた分、引き戻せ。

あの声を思い出す。

眞王のアドバイス。

だけど引き戻せって、どうやって?

痛みに邪魔されて前回の感覚を思い出せない。あのときは、眞王が手伝ってくれたの

かもしれない。

痛い。苦しい。有利……有利………助けて………コン…ラッド……………。

ッ!」

引っ張り起こされた感覚と同時に、視界がクリアに戻った。




「コンラッ………」

引っ張り起こされた、というよりは抱き起こされていた。

わたしは相手に抱きつこうとした態勢のまま、硬直してしまう。

心配そうに、切羽詰ったように、眉間に深い皺を寄せてわたしを抱き起こしていたのは。

茶色の髪とそれと同色の上に銀の光彩を散らした瞳を持つ青年ではなくて。

黒に近い灰色の長い髪と青い瞳の持ち主。

グウェンダルさん。

「大丈夫か!?なにがあった!人間共になにかされたのか!?」

矢継ぎ早の質問にも、頭がついていかない。

もう頭痛はしなくなっていたし、息苦しさもなくなっていたけれど、男に抱き寄せられた

ことにパソコンのエラーのようにフリーズしてしまったのだ。

後になって思うとそれで幸いだった。でなければ拳が彼の顎にクリーンヒットしていた

ことだろう。

「コンラートはどうした!?お前をひとりで放っておくとは!」

ずっと探していた人の名前を聞いて、ようやくはっきりと意識を取り戻した。

「ま、まだ見つけてないんです!それより有利がっ」

思わずグウェンダルさんの手を払いのけてしまったけれど、そんなことに気を回す暇も

なく傍らで逃げ出さずに乗り手の様子を見ていた馬の手綱を握った。

「愚か者!意識を取り戻してすぐに騎乗するなっ」

鞍に上がろうとしたら、後ろから押さえつけられてわたしは大いに暴れる。

「だって有利が!魔術を使ってるなら、きっとなにか大変なことになっててっ」

「ええいっ、そんなことはわかっているっ」

これ以上の厄介ごとは面倒だとばかりに、グウェンダルさんは舌打ちとともにわたしを

馬から引き剥がすと、自分の乗ってきたのだろう軍馬へ放り投げるようにして乗せた。

まるで荷物扱い。

鞍の上で座り直していると、グウェンダルさんも騎乗してわたしの両脇の後ろから腕が

伸びてきて手綱を握った。

せ、背中に男の人の体温がーーー!!!

泣き出しそうになりながら、できるだけ離れようと前のめりに倒れた。

「そのまましがみついていろっ」

馬はいきなりトップスピードで走り出した。




馬の首にしがみついたまま、寄場に駆け込む。

警備兵たちはしっちゃかめっちゃかになって、寄場の奥に行く者や門に戻るべきかと

迷っている者やで大混乱になっていた。

おかげで止められる間もなく奥へ奥へと駆け抜けられた。

後ろからはグウェンダルさんの部下の人たちもついてきている。

地響きと共に小高い岩山の向こうに、ウルトラマンサイズの巨人が現れた。

「なんだ、あれは」

「有利!」

呆れたような引き攣った声を後ろに聞きながら、わたしは惹き付けられる感覚を覚え

て腰を浮かせた。

「座れ!」

腰のあたりを掴まれて、無理やり鞍に落ち着けられる。

巨人はどうやら土でできているらしく、しかも造形が中途半端だった。動くたびに崩れ

て砂埃と土砂が舞い上がっている。なにかを壊しているようだった。

「悪趣味な………」

後ろから聞える声は、酷く不機嫌で歯軋りまで混じっている。

「降ろしている暇はない!そのまましがみついていろ」

岩山を回りこみ、広がった広場では土砂が崩れ人が右往左往して逃げ惑っている。

土と泥の巨人の向こうに、今までずっと探していた姿を見つけた。

「有利ぃーーー!!」

グウェンダルさんの軍馬捌きは絶妙だった。逃げ惑う人々と巨人の足の間をスピード

を落すことなく駆け抜けて、有利の目の前に飛び出したのだ。

着地姿勢も考えずに飛び下りようとしたのに、それより先にグウェンダルさんが飛び

下りてしまったために、姿勢を崩した馬の制御に回らざるを得なかった。

「なにを、して、いる!」

有利に駆け寄ると、グウェンダルさんは襟首を掴んで怒鳴りつける。

「何人か殺さなければ気が済まんのか!?」

「そなたが何者かは存ぜぬが……」

有利は駆け落ち仲間に随分と失礼なことを言う。

「この辺りで止めておけ。いいなユーリ、この馬鹿げた人形を戻せ」

「身を挺してまで余を諌めようとは天晴れな覚悟」

そして、ようやく馬を制御して飛び下りたわたしに向かって手を伸ばす。

「余の大事なる妹を見つけ出したことも誉めて遣わす。その忠義に免じ………」

有利は飛びついたわたしを一度強く抱き締めて、そしてすぐに脱力した。

「場を、収め……よう……」

崩れ落ちた有利と、有利に抱きついていたわたしという二人分の体重と重力には

逆らえず、グウェンダルさんを巻き込んで三人で地面に派手に転がった。

「い…たたた………」

下に有利、上にグウェンダルさんとサンドイッチ状態でわたしは転んだ拍子に地面

にぶつけた膝の痛みに顔を顰めた。

「有利?有利!?」

有利は、気持ちよさそうに鼾をかいていた。

ほっとしてそのまま有利の胸に頭を乗せる。

そして、しばらく背中の温かさに思考が止まった。

下に有利、上に……グウェンダルさん!?

「ぐ、ぐぐぐぐグウェンダルさん!?は、早くどいて………っ!?」

泣き出しそうになりながら後ろを顧みると、青い顔色でびっしょりと脂汗をかいている、

そんな姿も絵になる男性が。じゃなくて。

嫌だ嫌だと拒否反応を起こす気持ちを無理やりに押さえ込んで、声を落として様子を

訊ねた。

「グウェンダルさん、大丈夫?」

「……っ…………少し、待て」

痛みに耐えるように、眉間に皺を寄せている。

どこか怪我しているんだ。

!」

「ユーリ!」

聞き慣れた二人の声が聞えて、わたしは慌ててヘルプを叫んだ。

「コンラッド!グウェンダルさんが!」

上から重みが消えてようやく起き上がると、グウェンダルさんを引き起こしたコンラッド

の姿。

わたしの横ではヴォルフラムが有利を抱き起こして、罵倒しながら抱き締めている。

「コンラート…離せ……私は大事ない」

グウェンダルさんがそう言うか言わないかのうちに、コンラッドはお兄さんを放り出して

わたしの側に膝をついた。

、怪我は?」

わたしがなんの反応も返さずにぼんやりと見上げていることに、ますます不安に思った

らしく焦りの色が深くなる。

!」

「私が発見したときは砂漠で倒れていた。どこかに怪我を負っているようには見えな

かったが……」

「倒れていたって…砂漠に!?」

コンラッドが悲鳴のような大声でグウェンダルさんを顧みて、そしてまたわたしに振り

返る。

「どうしたんだ、?なにがあった?」

ものすごく心配させていることがわかるのに、声が出ない。

逆にそうしようと思ってもいないのに、手がゆっくりと持ち上がる。

……」

両手を差し出すわたしに、コンラッドが口を閉ざす。

「………コン…ラッド……」

コンラッドは対応を間違えたりせずに、逞しい腕で強く抱き締めてくれた。

ああ、この手だ。

背中を何度も摩る大きな手。

わたしも広い背中に手を回してぎゅっと服を握り締めた。

………無事でよかった……」

耳に染みる暖かな声に、もう泣いてもいいんだと思った。

「コンラッド………」

肩口に顔を押し付けながら、声は震えているのに涙は出なかった。

泣くつもりがないときに泣いて、泣いていいときに泣けないって、なんて天邪鬼だろう。

「……会いたかったよぉ……」

再会したときに一番言いたかった言葉が、今ようやく言えた。







よ、ようやく次男とも合流。
やっと安心できました。



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