思えば、砂漠で砂熊に遭った時からケチがついたんだわ。

コンラッドとははぐれるし、おまけに有利とグウェンダルさんともはぐれちゃったじゃない!

自分を元気付けるために憤ってみたものの、ちっとも元気にならない。

迷子の鉄則は、捜してくれる人がある場合にのみ有効なんです。

いえ、有利は探そうとするだろうけれど、花嫁泥棒にかけられた追っ手がそこかしこに

いる状態では、それこそ困ったことになる。

グウェンダルさんが冷静に押し留めてくれることを期待して、とりあえずわたしは宿を

探す事にした。

表通りから路地一本だけ下がった目立たない寂れた宿を探し当て、ここを拠点に動く

ことにしようと決める。

もしものときは宿に戻れなくなってもいいように、お金と水嚢だけは身につけて大きめ

のローブを羽織ると街に情報収集にでかけることにした。





027.独りぼっち





とは言ってもテレビゲームじゃないんだから、情報収集なんてどうやったものか。

ゲームの基本は酒場だけど、わたしみたいな子供が酒場じゃ悪目立ちするだけだ。

逃げ回って宿を取って、としている間に夕方になってしまって活気に満ちていた市場も

店仕舞いに入っているところがほとんどで、淋しい光景になってきている。

これは困った。情報収集は明日にするべきか。

砂漠からの旅人らしくローブを巻きつけ、目深に被ったフードで顔を隠して通りをぶら

ついていると、キュウリ屋らしい店(キュウリばっかりが並んでいる)の人が客となに

かを話していた。どこに情報が転がっているかわからないと耳を傾けてみて、まさか

本当に情報が手に入るとは思っていなくて仰天した。

「さっきあっちでなにかあったみたいだけど……」

「ああ、駆け落ち者が捕まったのさ」

「ああ……またなの…」

駆け落ち者!?って、まさかひょっとして、ひょっとしなくても……。

「密告したのはシャスらしいよ」

「娘も売ったくらいの男だからねえ……」

「娘は違うよ。あれはあっち、ほらあの店の主人が密告したんだ。シャスは口を滑らせ

たのさ。今じゃ、孫のジルタを育てるためは仕方ないんだろ」

店の人とおばさんは同時に溜息をついている。

わたしは頭を捻る。どうしたら、その捕まった駆け落ち者の特徴を聞き出せるだろう。

……とにかく、当たって砕けてみよう。折角今ならその話をしているんだ。あとで聞き

込みをするよりは自然に話を持ち出せるかも。

「おいしそうだね。お姉さん、どれがお勧め?」

わたしがキュウリを物色するようにして店の前に立つと、買い物を済ませた客の方は

店のおばさんに挨拶をして帰って行った。

「旅の人かい?」

この格好を見れば一目瞭然だろうね。

「そう、今日ついたところ。安宿をとったら、ご飯がまずそうでさ。生で食べれておいし

そうなものを買っておこうかと」

「ああ、それじゃあこれはどうだい。甘くて水気もたっぷりある」

いろいろと説明してくれるけど、キュウリにそんなに種類があるとは驚きだった。甘い

のはまだしも、辛いのとか苦いのとか。ううーん。

「じゃあ、それを二個ほど包んでもらおうかな」

甘いという最初に薦められたものを指差すと、おばさんはそれを袋に入れてくれた。

「ところでさっき、駆け落ち者が捕まったとか聞えたんだけど」

「え?ああ、ここではわりとあることさ」

「この国では駆け落ちは犯罪になるの?」

「そうさ。決められた伴侶以外との婚姻も情事も認められない」

「へえ、厳しいね」

自由恋愛主義のツェリ様が聞いたら癇癪を起こしそうな法律だ。

「でも捕まるとわかってても駆け落ちするんだ。どんなにいい男だったんだろう?女は

美人だった?」

「それがさあ、さすがにあれは珍しかったけど、両方男だったんだよ!まあね、片方は

可愛い顔してたけどね」

有利たちだ!

捕まっていただなんて。

でも駆け落ち者としてということは、花嫁泥棒の方の汚名は雪げたのかな。

逸る気持ちを抑えるように、ごくりと唾を飲み込む。

「それにしても、片方はそりゃあ良い男だったよ。背も高くて顔も良くて。たぶんありゃ

魔族だね。なんで男に走るんだか」

間違いない。グウェンダルさんだ。

お金を払って商品を受け取りながら、興味本位に聞えるように気をつけて、でも周囲

を憚るように声を潜ませる。

「で?捕まったらどうなるの?」

「家裁送りさ。正式に別れれば良し、別れないなら男は獄に、女は寄場に送られる」

「寄場?」

「法石が採れる遺跡のことだよ。もっとも、普通の採石場とは違って、あそこは最低の

収容所らしいけど」

「犯罪者が送られるところならねえ」

どうしよう。一応、寄場の詳しい位置も聞いておきたい。有利もグウェンダルさんも男

だから、たぶんふたりとも監獄送りになるはずなんだけど……。

だけど、監獄や寄場の場所まで詳しく聞くのはあまりにも怪しい。

チャンスは今しかない。話が途切れたのにいつまでも留まっているのも怪しい。

意を決して口を開こうとしたとき、後ろから声が聞えた。

「どこいっちまったんだ、あいつら!」

聞き覚えのある声だ。花嫁泥棒疑惑のときの追っ手のひとり。今日は何度もこの声に

追いかけられた。

首に落としていた布を引き上げて鼻から下を覆うようにして、砂から口を守る振りで顔

を隠すと、キュウリの入った袋を軽く掲げた。

「ありがと、お姉さん。また明日も頼むかも」

「贔屓にしとくれ」

逃げ出すと逆に目立ってしまうので、自然な振りで店から離れる。男とすれ違いそうに

なっても、慌てず騒がず路地を曲がった。




やっぱり今日聞き込みをするのは危険だ。花嫁泥棒の追っ手がまだそこかしこで犯人

を捜している。

それに、監獄や寄場とやらの場所を聞き込みする旅人というのはいかにも怪しい。

どうにかして場所を聞き出さなければと、大通りを避けて家屋の密集地帯の細い路地

を抜けると、小さな男の子がぼんやりと沈みかける夕日を眺めて地面に座っていた。

こんな時間に子供がひとりでとは思うものの、どうせ近所の子供だろう。

心配する必要はないに違いないと通り過ぎかけて、足を止めた。

子供がひとり。

子供になら、監獄や寄場の場所を聞いてもそれほど怪しまれないんじゃないだろうか。

幸いこの子は五、六歳くらいに見える。なにか物で気を引いて、何気ない振りで話を。

そう考えて、やめた。

だって、子供が縁もないそんな場所を知っているとは思えないし、知っていても正しく

教えられるとは限らない。

無駄だろうと子供の横を通り過ぎて、やっぱり引き返した。

駄目で元々だ。可能性としては低くても、その分危険度も低いとみた。

あくまで、希望的観測だけど。

「きみ」

口元を覆っていた布を下に引き下げると、子供に警戒を与えないように気をつけて

ゆっくりと歩く。

「こんな時間にひとりきりで、帰らなくていいの?」

「……優しい人だったんだ」

困惑して足を止める。

マズイ。複雑な事情の子に声をかけてしまったのだろうか。

「お金渡してくれて、水と酒を買って来いって。釣りは好きにしていいって」

ひょっとして、誘拐とか?ぼうや、お菓子買ってあげるよ〜って。

内心で冷や汗をかく。後退りしたいのに足が動かない。

厄介ごとに巻き込まれている暇も余裕もないのに。

子供の顔が悲しそうで、足が動かない。

「いい人だったんだ…。じいちゃんは悪くない……ぼくが、いつまでたっても小さいから

……だけど……いい人、だったんだ……」

小さな子供が、声を殺して泣く様子は胸に堪えた。

これが美人局子供版だったりしたらという心配は脳裡に掠めたものの、わたしは少年

の傍らにしゃがみこんだ。

「おじいちゃんと、喧嘩した?」

子供は首を振る。

「喧嘩じゃないよ」

「そう……だったら、お家に帰った方がいいんじゃない?おじいちゃん、きっと心配して

いるんじゃないかな?」

「うん……」

「ジルタ、ジルタ!」

すぐ近くの路地から初老の男性が現れる。子供はびくりと震えた。

「ジルタ、ここにいたのか………あんた…何者だ?」

子供を見つけてほっと息をついた男は、わたしを見て怪訝そうに警戒する色を見せた。

ジルタ、って……どこかで聞いた……。

さっきのキュウリ屋での店員と客の会話を思い出す。

シャスは、孫のジルタを育てるために密告した。

頭の中で、ぴたぴたとパズルのピースが嵌る。

じいちゃんは悪くない。ぼくがいつまでたっても小さいから。……いい人だったんだ。

それが有利かグウェンダルさんかはわからない。お金をくれたというからには、財布を

持っているグウェンダルさんの方だろうか。

わたしはぱたぱたとローブの砂埃を払いながら立ち上がった。

「別に、ただの通りすがりですよ。こんな時間に、子供が一人でいるから心配して声を

かけただけで」

子供に手を差し出して、にこりと微笑む。

こんなこと、とっても気が引けるんですけど。

……おあいこということで。

わたしの笑顔に警戒を持たなかったのか、話を聞いてくれたから信用したのか、子供

は素直にわたしの手を取って立ち上がった。

「ありが………」

礼を言って男の方に帰ろうとした、その手を離さずに引き寄せた。

「え!?」

驚く子供を後ろから抱きこんで、飛び出そうとした男に警戒の目を向ける。

「動かないでっ」

子供には見えないように、だけど男には見えるようにローブの下の腰の剣を見せた。

男が蒼白になって立ち尽くす。

「やめろ……やめてくれ………な……なにが……」

「目的は、ただひとつ。いえ、ふたつかな」

「金か!?金ならあるだけくれてやる!だから孫を返せ!!」

確かに今、こんな子供を人質にして、まるきり悪役なわけですが。

その言い方にはカチンときた。

生きていくために仕方ないからって、まるで無害な被害者みたいに!

「だったら!わたしが有利を返せと言えば、返してくれるの!?」

男は雷に打たれたように立ち尽くした。

膝ががくがくと揺れている。

仲間を売られた復讐に来たとでも思っているのだろうか。

「別に復讐しに来たんじゃないわ。仲間の居場所を知りたいだけ」

腹を立てたくせに、もしも人質に捕られたのが有利で、わたしがあの男の立場だったら

と考えてしまったらもう駄目だ。

たっぷり脅してからの方が効果的だと思ったのに、あっさりと目的を言ってしまった。

だからと言って、まだ男が安心できるはずもない。

「し、知らん!何処へ連れて行かれたのなぞ、知らん!」

「街で聞いたわ。駆け落ち者は家裁に送られるって。そのあと男は監獄に、女は寄場

に送られるんでしょう?わたしはその場所を知りたいの」

「知ってどうするというんだ。たったひとりで」

「それはあなたに関係ない」

ぴしゃりと言い切って、男を黙らせるべく睨み付けた。

男は、警戒と恨みを込めた呻き声を上げる。

「さあ教えて。場所を言うだけでいいの。大切な孫を無事に取り戻したいでしょう?」

まるきり悪役のセリフそのままだ。今のわたしを見たら有利は泣くかもしれない。

早く言って。

有利の居場所を知りたい。

……この子を解放したい。

掴んだ身体から震えがダイレクトに伝わってきて、わたしの中の良心がジクジクと

痛む。

そして恐怖も。

自由を奪われるということは、恐怖と繋がる。

こんな子供にとって、抵抗しても抗えない大人に捕まるというのは、それこそ絶望に

近い恐怖だ。

わたしはそれを知っている。

抵抗しても無駄だという、恐れを。

つい最近ではヒルドヤードの豪華客船で、海賊の人質になったときに味わった。

遠い昔には。

止めよう。

今は、有利の居場所を知ることだけに集中するんだ。

過去のことや、他人のことに、心を裂いている場合じゃない。

「言いなさいっ!」

ぐっと子供の首に回していた腕を引くと、恐怖に子供が上擦った声を上げた。

途端に男が一歩前へ出る。

「動くなっ!」

もう、泣きそうだ。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

痛いんだよ、怖いんだよ。早くして。早くこの子を取り戻して。

「わ、わかった、話す。話すから孫を早く……」

「情報が先よ!」

男はわたしに懇願するような目を向けながら、早口に監獄と寄場の街からの詳しい

位置を言った。

それが本当かどうか、見分ける術は今のわたしにはない。

ないけれど、もう限界だった。

子供を放して、男の方に軽く突き出す。

「ジルタ!」

転がるように駆けて来る男を見て、踵を返した。

「ごめんね」

この声が、この子に聞えたかどうかはわからない。

聞えていなければいい。

だってこれは、自分の心を守るための、自己満足の呟きなんだから。







人質を取って脅迫…ってまるきり悪役です…。



BACK 長編TOP NEXT



お題元