なぜか知らないけど花嫁泥棒にされちゃって。

なぜかが囮になって。

なんでおれ、このメンバーでここにいんの?





027.別れを促す分岐点(2)





木を隠すには森の中、人を隠すには人込みの中。

そういうわけで、市場の人込みの一角で目立たないように三人で円陣を組むように

しゃがみ込んでこれからを話し合いながら、おれは足の爪先で石畳を叩き続けた。

「落ち着け」

イライラしるおれを見下ろすグウェンダルも、決して落ち着いているようには見えない。

だけどそれを指摘する余裕すら、今のおれにはない。

「だけどさ!、今頃ひとりきりなんだぜ!?日本や…眞…国許ならまだしもさ!

こんな人間……他国でひとりっきり!」

しかもはおれみたいに髪も染めていない。ウィッグで誤魔化しているだけだ。

おれよりずっと、何かの拍子に魔族だってバレかねない。

それどころか魔王の偽者まで出ている国だ。魔王と勘違いされてまさか処刑なんて

ことになったら……。

背筋を走った寒気に、ぶるりと震える。

そんなこと、あっていいはずがない。

「くそっ!なんでこんなことに………っ」

「だから連れてくるべきではなかったのだ」

おれはびくんと震えて、悪態が止まる。

グウェンダルの指が引き連れるように高速で動いている。

そうだ、おれがのお願いについ甘い顔をして連れてきたからこんなことになったんだ。

更に言えば、おれが無理やりグウェンダルについてこなけりゃ、グウェンダルはもっと

首尾よく動けて、おれはと一緒に今頃眞魔国でゆったりバカンスだった。

なんでおれ、いつもこうなんだろう。

泣きたくなって、ぐっと堪えて俯いた。

泣いたって時間は戻らないし、も見つからない。

泣いている暇があれば、を探すことのほうが先決だ。

「戻ろう、グウェンダル。あの近くなら、聞き込みをすればが見つかるかも……」

「今は危険だ。おそらくまだ探索が続けられているはずだ。私たちはこれがある以上、

目立ちすぎる」

グウェンダルが上げた右手に、当然のごとくおれの左手も上がる。

「だってが!」

「今を耐えろと言っているだけだ!」

正論で押さえつけられて、おれは唇を噛み締めた。

今戻っても聞き込みをするより先に、追っ手に追われるのがオチだ。

どうすりゃいいんだよ!

肩を叩かれる。

顔を上げると、少しだけ眉を下げたグウェンダルがおれを覗き込んだ。

「心配はわかる。だが、あの娘はお前よりは物事がわかる子供だ。今日だけ待て。

なら一日くらいはどうにか切り抜けるだろう。明日になれば探すこともできる」

グウェンダルも心配なんだ。

そうだよ、だってこいつは小さくて可愛いものが好きだってコンラッドが言ってた。

おれをそれで嫌いにならないっていうくらいなら、のことは絶対可愛いと思って

いるはずだ。

心配してるから…連れて行かないって、言ってたんだ。

わかったと口にしたいのに、それでも言うことができなくて黙ってただ頷いた。

ぽんぽんと、グウェンダルの手が軽くおれの肩を何度か叩く。

「なんかあつあつですねー」

「熱々じゃねえ!!」

元凶がなに言ってやがると、ついつい思い切りふたりして花嫁さんを怒鳴りつけて

しまった。

そこに小柄で坊主頭の男が近寄ってきた。




初老の男は、魔族に縁があるらしかった。なんでも娘が魔族と恋に落ち、男は事故で死に

娘は寄場送りにされて、娘が生んだ孫をここまで送り届けてくれたのが、また魔族の男。

なのでそれ以来ここらで魔族になにがあれば手を貸しているという話だった。

ちょっといい話じゃないか。愛は地球を救う。じゃなくて世界を救う。

にっこり笑う花嫁さんにちょこっと恋に落ちそうになりながら、おれは自己紹介をしあう。

「あたしはニコラ。よろしくね、ユーリ」

日に焼けた肌、赤茶の髪、ちょっと痩せすぎた体と、ツェリ様みたいなゴージャスフェロモン

みたいな零れ落ちるほどの愛らしさもなかったが、よく笑う元気の良さは好印象だった。

ニコラの話によると、どうやらおれとグウェンダルはニコラとゲーゲンヒューバーのカップル

と間違われたらしい。

こんなところで魔笛探索中のグウェンダルの従兄弟と繋がるなんて、偶然ってすごい。

問題のゲーゲンヒューバーは行方不明中で、ニコラといい仲だと聞いたグウェンダルは

さっきから恐ろしいほど不機嫌だ。

とにかく間を持たせようと飲み物を男の孫、ジルタに頼んでみるとグウェンダルが金を

渡してお使いを頼んだ。

ニコラと初老の男…シャスの話によると、この国はもう二年もまともに雨が降っておらず、

食べ物も飲み物も全部隣国から買っているということだった。

水不足だからと節水したことはあるけど、完全に干上がったことのないおれには、水道水

さえない状態がどれだけ悲惨か、まだよくわかっていないのかもしれない。

ただ不便で済むはずもない。

「雨さえ降ればお金のない家の子供でも水が飲める。作物も育つし、家畜も乳を出すわ。

雨さえ降れば、きっとなにもかもよくなる。ヒューブはそのための道具を探していたのよ。

あたしたちのために使うとも言ってくれた」

「ゲーゲンヒューバーは、人間のためにその道具を使うと言ったのか?」

「言ったわ」

「………やはり殺してやる」

「どうして?どうしてヒューブにそんなに腹を立てるの!?魔族が本当は親切だってことを

教えてくれたのは彼よ。好きになるのに魔族も人間も関係ないって、解らせてくれたのも

ヒューブよ。あの人を救うためにあたしは、あんな、あんな好きでもない兵士と結婚まで

しようと……ヒューブを解放してくれるっていうから」

泣き出してしまった女の子には弱い。

腕組でまったく動揺しない泣かせた張本人になり代わり、おれが必死に宥める。

「大丈夫だって。おれがきみの彼氏を殺させたりしないから。そうは見えないだろうけど、

おれのほうがほんのちょっと偉いんだしさ。それに、この人こう見えても可愛いものには

優しいから」

「余計なことは言うな」

「じゃあ、あたしの赤ちゃんも取り上げたりしない?」

「しないしない。赤ん坊は母親と一緒にいるのが一番いいしね……って…え?」

おれは一瞬混乱した。赤ちゃん?

「えーと、ニコラ……きみひょっとして……」

「あ、誤解しないでね。もちろんヒューブの子供よ」

う、うわああ、こんなおれと大差なさそうな歳でできちゃった婚!?今時の男女関係の

乱れって問題にされてるけど、目の前に突きつけられると動揺する。

おれと大差ないってことは、とも大差ないってことで……。

コンラッドって、手が早そうだと思いません?

だれに話しかけてるんだ、おれ。

そしてなんて不吉なことを考えるんだ、おれ。

が大きくなったお腹を抱えて、コンラッドと二人並んで腕なんか組んじゃって、

「有利聞いて!赤ちゃんができたの。わたし、コンラッドと結婚するわ(はあと)」

なんて場面を想像したなんて口が裂けてもだれにも言えない。

だれにも、っていうかとコンラッドには絶対。

きっとはラリアットで(そうは言ってもがおれに暴力振るったことないけどさ)

「人をどういう目で見てるのよ!」って怒るに決まってるし、コンラッドはコンラッドで

「ユーリから承認されたなんて嬉しいね」なんてあの爽やかな笑顔で言うに決まってる。

やらないぞ!は絶対に嫁になんかやらないぞ!

思わず涙ぐむおれの横で、グウェンの血管はやばいくらいに引くついていた。

「あ……あの野……」

危険な響きを帯びた声に、おれは現実に引き戻される。

「わあ、お、落ち着けグウェン!」

「ある日彼が言ったの。自分は貴重な宝物を探す旅の途中で、もうすでに一部は発見して

絶対に見つからない場所に隠したんだって。残りの半分が村のどこかにあるらしいんだって。

正当な持ち主が演奏すれば、雨を降らせる素晴らしい笛だそうよ。だからあたし教会から

鍵を持ち出して、ふたりで法石が採れる遺跡に入ったの。そして伝説の秘法だというあれ

を見つけたのよ」

「なんかきみ、利用されているような気がするんだけど」

恋に燃える乙女は聞いちゃいなかった。

それはさておき、あれっていうのは、やっぱりゲーゲンヒューバーが探していたというから

には、魔笛なんじゃないのか?

「焦茶色の筒よ。それを取ってから法石が出なくなったの。全然、まったくよ?たぶんわたし

たちが筒を取り出したせいだとはだれにも気付かれていなかったけど、このままでは危ない

から、ヒューブの国に逃げることになったの。この国では決められた相手以外との恋愛や

情事は罪になるから、国中に手配書を回されて。でも、ヒューブの国なら女王陛下がきっと

許してくださると……ヒューブの国なんだから、きっと楽園みたいに素晴らしい国に違いない

と思っていたの」

おれは急に呼吸が苦しくなった。

楽園みたいに素晴らしい国。本当に?

おれはまだ新米魔王だけど、そんなのは言い訳にしちゃいけないはずなんだ。ヒューブは

知らなかったみたいだけど、王位はもうツェリ様からおれに譲られている。おれは、眞魔国

を楽園のようにできるんだろうか。胸を張って、ニコラにおいでといえる国にできてるかな?

急にだれかに背中を叩いて欲しくなった。

コンラッドやギュンターの根拠のない誉め言葉が聞きたい。の手放しのおれ自慢が聞き

たい。

これでいいんだって。おれの目指す道は間違ってないんだって、に言って欲しい。

「でも、首都を迂回して立ち寄った街で、やっぱりそこでも水がなくて、子供たちが乾いて

いて……わたし、我慢できずにヒューブがいない間に筒を取り出して吹いてみたけど音も

でなくて……そのうち街の長老に見咎められて、あれは魔王の持つ魔笛だって追われて」

「宿屋を逃げ出したんだね?」

「ええ、どうして知ってるの?」

どうしてもなにも、これで無銭飲食が繋がった。ついでに魔王の偽者疑惑も。

「ニコラはおれに、おれはニコラに!それぞれ間違えられたんだ。なんてこったい!」

「え?あ、あたしあなたに間違われたの?」

「そう。んでもって、おれはニコラに、グウェンはヒューブに間違われて駆け落ち者扱いだ。

皮肉っていうか世の中よく出来てるっていうか」

そういう問題か?

とことんずれていくおれとは違い、グウェンはもう冷静さを取り戻していた。

「それで、筒とやらはどうした」

「まず従兄弟の安否を聞くのが先じゃねえの?」

「従兄弟!?その人、ヒューブの従兄弟なの?」

席を立って挨拶を始めたニコラに、グウェンは愛想もなく中断させる。

「筒はどうしたと聞いている」

「え、あ、筒はここに」

ニコラがドレスの胸のあたりから小さな筒を取り出した。フジコチャンやツェリ様みたいな

谷間がなくても挟めるんだな、なんて不健全なことを思っていたら紐でぶら下げていた。

「こ、これが」

魔笛?にしては少々お粗末だった。親指よりいくらか太めの焦げ茶の筒は、前に三つ後ろ

に一つだけ穴が開いている。長さは十センチあるかないかで、どこかで見た気がしてなら

ない。ニコラが焦げ茶の筒をグウェンに渡すと、そのままおれに握らせた。

「お前のものだ」

「って言っても……」

吹き口がわからない。それらしき部分は確かにあるが、構造上ほんとうにこれで音が出る

のか?それとも魔笛に常識を求めてはいけないのか。後者かもしれない。

と、外から喧騒が聞えた。







想像力逞しいです、魔王陛下(笑)
そろそろ妹を心配している場合ではないようですが。



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