夜が明ける前から歩き始めて、首都についたのは日が高く中天から落ちようとしている

頃だった。

わたしより有利の方がバテていたのだけど、有利が馬に乗ると鎖に繋がれているグウェ

ンダルさんが必然的に一緒に乗ることになる。

するとわたしが歩きになるということで、ふたりから猛反発を喰らって仕方なしにわたしと

荷物が馬上に上がった。一緒に歩くのはさすがに体力の無駄遣いだしね。

街に入る前にふたりの目立つ鎖は布で巻いて、荷物を分け合って持っているように見せ

かけた。

「なんか俺たち、食器洗い洗剤のCMみたいじゃねえ?」

有利が絶対にグウェンダルさんに通じないことを言うと、案の定大真面目で見当ハズレ

な答えが返ってきた。

「食器など洗ったことはない」

「ブルジョワめー」

元王子様で、現領主様だもんねえ。





026.別れを促す分岐点(1)





国の中心だけあって初めに見た街とは規模が違う。南には王宮がそびえ、人の行き来

も激しい。ただ、気になるのは兵士の比率が異様に高いことだった。

驚いたのは、兵士の髪型。脇をすっかり刈り上げて、丸く残した頭頂部の毛先だけ赤や

黄色や白茶に染めている。

「イクラ……とウニとツナサラダ」

「やっぱり!?やっぱりもそう思う!?」

思わず呟くと、有利がなぜか非常に嬉しそうに聞いてくる。食欲そそるよなーなんて言って

るけど、わたしは逆になくなるよ。ムサイ男の人の髪型で連想した食べ物なんて……。

まずは有利たちを繋ぐ鎖を断ち切ることが先決だと、真っ先に向かった先は教会だった。

馬を休ませる宿を探すのはその後ということで、わたしはまたも教会の外にひとりで待機

することになった。

すぐ終わるのか時間がかかるのかわからないので、手綱は繋がず手に持ったまま教会

の脇の花のない土だけの花壇の石に腰を降ろす。

後ろから見ていると、なぜか有利もグウェンダルさんも教会の入り口で戸惑っている。

なにをやっているのだろうと首を伸ばして確認しようとしたとき、いきなり有利たちがくるり

と振り返った。

なぜか、有利の右手を花嫁衣裳の女の子が掴んでいる。

走り出した有利たちの後ろで大きく開いた教会のドアの向こうから、驚愕の声が聞えた。

「花嫁泥棒だーーー!!」

「ええええぇ!?」

わたしは飛び上がって手綱を引いて、有利たちと走り出す。

「な、なにがどうなってんの!?」

「おれが聞きたいよーー!」

「お前はもうなにも喋るな!」

「あら、この子はどういったご関係?」

花嫁さんだけ、のんきなものだ。

「あ、わたし有利の妹」

わたしも大概のんきかもしれない。

有利を指差して答えると、わたしが引っ張っている馬を見て花嫁さんは納得したように、

ぱちんと手を叩いた。

「素敵!お兄さんの駆け落ちに手を貸した妹さんなのね!?理解があるわ!」

「そうじゃないし!」

わたしと有利の悲鳴が重なる。グウェンダルさんは、大きな手で顔を覆うように押さえた

まま、もう何も言わない。

「違うんだよ、おれこんな強面とそんなことしないって!っていうか、その前におれたち

男同士だから!」

「でも有利、男同士ってヴォルフラムともだよ?」

「いまさらなに言ってんのお前!?おれずっとヴォルフとも男同士だってツッコミ待ってる

じゃん!」

「ふたりだけの愛の逃避行も素晴らしいけど、だれか近しい人の手助けがあると、もっと

素敵よね。だれかひとりだけにでも応援されていると思うと励まされるもの」

場は大混乱だ。

「いたぞ!あそこだっ」

追っ手の声が聞えて、わたしは舌打ちして走り様に馬上に上がる。

!?」

「馬を連れていたら目立つから、わたしが囮になる!有利たちは上手く人込みに紛れて

逃げて!」

「待てよ!」

「よせ、戻れ……っ」

「まああ、素敵!物語みたい!」

花嫁さんだけ目を輝かせている。なんかうちのお母さんみたいな反応。女の人ってこう

いう展開好きなのかな。

わたしは手綱を引くと、追っ手を混乱させるために元来た道に馬を疾走させた。

追っ手を蹴散らすように馬で飛び込んで、兵士だった花婿さんやその同僚たちが態勢

を立て直して反撃してくる前に、人の頭の上を飛び越えて逃げる。

考えてみれば馬だけこっちにやって混乱させればよかったんじゃないの、と気がついた

ときには後の祭り。

………有利たちとはぐれました。




だれも手綱を握らずに馬を疾走させて、だれか蹴り飛ばされたりしたら大変なことだし。

などと言い訳してみるものの、だからどうしたと自己ツッコミをしてしまう。

確かに人としてそれはマズイと思うけど、待ち合わせ場所も決めずに別れるのも十分

マズイと思う。

「ああ〜どうしよう〜〜」

裏路地で頭を抱えると、馬は遊んでいると思っているのか慰めているのか、顎をズシリ

と乗せてきた。

しばらく頭上から聞える馬の鼻息をそのままにしていたけど、意を決して立ち上がる。

「くよくよしてても始まらない!子供じゃないんだから、どうにかするっきゃないでしょ!」

気合いを入れるつもりで、両手で頬を叩いた。

どうするにしても、まずは持ち物チェックだ。

馬から荷物を下ろして中身をチェックする。

取りあえず、お金はある。グウェンダルさんも懐に持っていたはずだけど、馬に乗せて

いた荷物の中にも少し入っていた。

ここの物価がどれくらいなのかはわからないけれど、法外な違法宿でもないかぎりは、

しばらくは十分大丈夫だろう。……たぶん。

拠点を決めて情報収集に励めば、向こうだってわたしを探しているのだから、きっと

見つかる。たぶん見つかる。

最悪…頑張れば馬もいることだし、なんとかひとりでも眞魔国まで帰れる…だろうか。

ちょっと自信ない。ここが地球なら、星の位置を見て方角も確かめられるけど、こっちの

星座まで知らないし。方角もわからず下手に砂漠に出れば、途中でドライアップするの

がオチだろう。こ、こわ………。

人を雇って眞魔国まで案内してもらう。

だめだ、それも下手な相手だと騙されて売られちゃう恐れだってある。

やっぱりとにかく、全力で有利たちを探そう。うん。

街の入り口を張っていたら、コンラッドたちも追いついてくるはずだし。

……追いついて、くるよね?

たぶん眞魔国があるだろう方向を見て、すぐに建物に視界を阻まれた。狭い裏路地

だから、ここ。

浮かびかけた不吉な予感を振り払うように首を振った。

「大丈夫!コンラッドたちは絶対無事!!グウェンダルさんのこと、信じるんだからっ」

気合い一発!

わたしは力強く路地から踏み出した。

「あ」

「あ」

すぐ目の前に、花嫁に逃げられた花婿さん。

沈黙。

「お前はっ!!」

「さ、さいなら!」

元来た裏路地に馬連れで逃走。

第一歩からくじけそう。







異国の地でコンラッドからだけでなく、有利ともはぐれてしまいました(汗)



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