まあね、グウェンダルとの浮気疑惑は恐ろしいほどおれの予想通りで勘違いってことで

片がついた。

でも、その言い方だと逆に後ろめたいことを誤魔化していると思われても仕方ないぞ?

おれだから誤解もしなかったけどさあ。





024.狼狽した指先(3)





ああ、月が青い。星が白い。そして火の近くでもまだ寒い。

砂漠の真ん中でおれたちはキャンプを張っていた。キャンプといっても岩陰で火を熾した

だけでおしまい。テントもシェラフもない。夕食も干し肉と水だけという貧しさだ。

おれはこれよりずっとましではあったが、最初にこっちに呼ばれた直後にこんな境遇に

なった。釘でも打てそうな硬い乾パンに、靴の革みたいな干し肉、舐めるだけかという

ようなドライフルーツ。

しかも今度はその中でも、干し肉だけときたもんだ。

現代日本育ちのには厳しいだろうと思ったのに、まるで平気な顔で干し肉を咀嚼して

いる。おれなんて、あのときは泣きたくなったのに。

……お前、よくこんなメシで平気だな」

「ん?んーん」

口の中の干し肉を何度も噛み千切ってようやく飲み下してから、は息を吐き出した。

「平気っていうか、これしかないし。まあ、食べるものがあるだけよかったじゃない。物資

はほとんどなくしちゃったし、街では補給できなかったし。それに咬む回数が多ければ、

少量でもお腹にたまるよ」

「恐ろしいほど前向きだな、お前」

おれが干し肉をしゃぶりながら笑うと、も笑った。ただしそれは、苦笑。

「だってわたしは、わがままでついてきてるもん。文句つけるくらいなら、ついてくる資格

ないと思うから」

わがままというなら、おれもだ。

砂熊の件はともかく、駆け落ち者なんて誤解はおれのせいだ。おれが一緒にいなけれ

ば、グウェンダルまでこんな鎖に縛られることなんてなかったのに。

鎖、か。

おれは過去に二度ほど魔術を披露しているらしい。一度目は水、二度目は骨。どちらも

おれの記憶にはないが、目を覆いたくなるような魔術だったと聞いている。

こんなことなら使い方を聞いておけばよかった。そしたらこんな場所でも水が飲めたかも

しれないし、この鎖だって切れたかも。

グウェンダルが試さないということは、まるきり無駄なのかもしれないがおれは唸り声を

上げて鎖を睨みつけてみる。なにかの拍子に魔力が発動して鎖が切れないかと思った

のだが、なにかの拍子は馬に起こった。

おれの唸り声に驚いて、グウェンダルが乗っていた方の馬が逃げ出してしまったのだ。

「ああ!」

の馬は、辛うじてが手綱を握って無事だった。

また一歩、逆境へ近付く。グウェンダルはもう多少のドジでは驚きもしないようで、走り

去る馬を一瞥しただけで笑いも怒りもしなかった。うう、ますます居心地悪い。

は、黙っておれの肩を叩いた。ドンマイ。そんな感じ。




することもなくて、横になっていると眠気というより寒さで眠くなってきた。がなにか

言ったのが聞えたけど、瞼が落ちてくる。相当重い。

夢うつつで砂を蹴る音が聞えて、腹の辺りがむずむずとする。

蠍か蛇だったらどうするよ!?

反射的に飛び起きたおれの上に。

「……………ど……」

グウェンダルが覆いかぶさっていた。

硬直しているのはおれだけじゃない。グウェンダルも、言葉がない。

嫌な予感に駆られつつも視線を下へと滑らせると、長い指はおれのズボンのベルトに

かかっている。

「まさかあんたまで、おおおれを女かもしれないとか疑ってんじゃ、ないだろうな!?」

「待て」

「そんなん待てるかよ!うわっ、信じらんねえ、大ショック!修学旅行の男子風呂でも

平均とそんなに変わりなかったのにーっ、いくらとちょっと似てるからって女に間違

われるなんて、そんな、そんな」

「待て、落ち着け。お前の性別を疑ったことはないし、女に見えるとも思わない」

どうやら少々慌てているらしいグウェンダルのいつもよりの早口に、おれはちょっとだけ

冷静さを取り戻す。

……冷静さを取り戻すって、いいことばっかじゃないんだな。あくまでちょっとだけの場合

だけど。中途半端な回復は、中途半端な思考回転に繋がる。

「……だよな?どの角度からどう観察しても、おれって普通に男だよな」

「間違いなく」

「だったら、どうしてベルト外そうとしてるんだよ!?あ、ま、まさかあんた弟と同じ趣味で

ファイト一発かまそうとしてんじゃないだろうな!?」

「ち、違う!」

そのとき、おれの中途半端な冷静部分の脳が、昼間の話を思い出す。

―――ベッドの上で抱き合う、閣下と殿下を……。

それに対したおれの答え。

―――弟の婚約者に手を出すような男でもないだろうに。

違ったのか!?おれの買い被りだったのか!?グウェンダルはすぐ下の弟の女には手

を出さなかったけど、その下の弟の男には手を出そうと!?

そ、それともやっぱりってばおれに言えないようなことされちゃってて、兄妹揃って

つまみ食いとかされちゃうとか!?

「ぎにゃーーー!!ーー!!ヘルプーーーっ!!」

どこ行っちゃったんだよ、おれの半身、助けてーーー!!

「待て、違う、違うと言っているだろうが!」

グウェンダルが慌てて右手を振るもんだから、おれの鎖で繋がれた左手も振り回される。

「痛い、痛いっ!痛いってば!」

「有利っ!!」

ローブを持って岩陰から飛び出してきたおれの半身に、思わず涙が滲む。

「ヘルプ!ヘルプ、っ!!」

唖然としたの顔に、一瞬で火が灯る。

眦を上げたに、グウェンダルはぎょっと身体を引いた。

「ま、待て!誤解だ!」

「―――問答無用っ」

の足が振り上げられた。

「有利の上からどきなさいっ、この変態っ!!」

見事な回し蹴りが、グウェンダルの首に決まった。

「ぐっ!」

「痛いっ痛いっ!!」

吹っ飛んだグウェンダルに引き摺られて、反動で起き上がったおれはやはり引き摺られ

てグウェンダルの上に落ちた。

「有利!?」

が駆け寄って、おれを抱き起こす。

「ごめんね有利、大丈夫!?」

「た……助かった…………」

おれはへなへなとの腕の中に崩れ落ちた。

「ぐ………」

おれの下でグウェンダルが小さく呻いた。

はおれをぎゅっと抱き締めてグウェンダルを睨みつける。胸が、胸がおれの頬に押し

付けられて柔らかい。ツェリ様には及ばないけど、も結構胸が大きいんだと実感した

瞬間。

いや、妹の胸で鼻の下伸ばしたりはしないけどさ。気持ちいいものは、だれだって好き

だと思う。

「き…きさまら………」

グウェンダルの迫力満点重低音におれは反射的に身をすくめたが、は負けじと声を

張り上げた。

「有利になにをするつもりだったの!?信じられないっ!弟の婚約者なんでしょう!?

いいえ!そうじゃなくても、こんなこと、無理やりするなんて、恥知らずっ!」

おれを抱き締める手が震えてる。

しまった、この状況は。

「だから誤解だと言っているだろうが!!」

グウェンダルが勢いよく起き上がって、固まった。

怒りの表情が、一瞬で戸惑いと焦りの顔になる。

は、それでもおれを庇うようにさらに抱き寄せた。

「有利に近付かないでっ」

声は震えていた。

恐怖と怒りで。

怒りはグウェンダルに対して。

恐怖は。

おれは手をついて、の腕の中から起き上がった。

「い、いや、だ、だから誤解だと………」

落ち着きなく言い訳をするグウェンダルなんて、滅多に見られるもんじゃないだろう。

はグウェンダルを睨みつけながら、ボロボロと涙を零していた。

「ごめん、。おれもう大丈夫だからさ。な?泣くなよ」

おれが右手での涙をすくって窺うと、途端にグウェンダルを睨みつけていた目から

炎が消えて、おれに向いた。

「なにもされなかった?」

「間一髪、間に合ったよ」

「だから誤解だと……っ」

「よかった……」

今度は安心からか、ますます涙を零すをぎゅっと抱き締めようとして、おれとの間

にある異物に気付いた。

この騒ぎでも、まだおれのベルトを掴んだままだったグウェンダルの左手だ。

「あのなぁっ」

いい加減にしろと怒鳴りつけようとしたおれは、その手がかかった正しい位置にようやく

気付いた。

長い指の目的地は、ベルトにつけられたドルフィンキーホルダー。







き、気の毒なグウェンダル(汗)
延髄蹴り食らって、明日ムチウチになっていないといいんですが(^^;)



BACK 長編TOP NEXT