おれがのおねだりに弱いのはいつものことだ。

その分、もおれのお願いにはすこぶる弱い。

だけど危険かもしれない潜入任務にまで連れて行っちゃうのはどうかと思うぞ、おれ。

一緒にいたいの、なんて可愛く言われて追い返せるおれでもないけどさあ。

それにしても、おれは真面目に乗馬を習うべきだろう。

妹が軽々と砂地でまで馬を乗りこなしちゃう中、おれときたら男とタンデムだ。

このくそ暑いのにヴォルフはなぜか上機嫌だが、おれだってこれが美女との旅なら

歓迎してるけどね。

グウェンダルがに剣を買い与えているのを苦い目で見ていたが、剣を佩いてひらり

と馬上に上がったは、颯爽としてちょっとカッコよかった。

ってことは、ひとりで馬にも乗れないおれはちょーかっこわりぃってことで……。

思わず溜息も漏れるってゆーの。

ちなみに、が剣を持つのに苦い顔をしていたのは、一行の中でおれとコンラッドの

ふたりだけだ。





023.連鎖反応(2)





日頃野球生活に巻き込んでいた村田健に押し切られて、泣く泣くとのデートの約束

をキャンセルして行ったシーワールドで、おれはイルカのバンドウくんだかエイジくん

だかと握手するはめになって、そしてスタツアの敢行と相成った。

大体イルカなんてなに考えてるのかわかんねーから嫌いなのに、なんで握手を強要

された上にプールに落とされるなんてハメになるんだ。

こっちにくるのはもう慣れたし、前ほど嫌じゃない…ってゆうか、こっちも確かにおれの

居場所なんだけど、日本に帰ったときのことを思うと気が重い。

だっておれ、イルカのプールに落っこちたことになってるわけだし。眞王ももうちょっと

こっち状況を考えて呼んで欲しいものだ。せめて予告をください。

そういえば、はどんな状況でこっちに来たのだろう?

前回のあれは事故だったと思ったのに、また呼ばれるなんてどういうことだ?

事故じゃ、なかったとでも?

でもがなにかの役目を負っているなんて話、コンラッドからもギュンターからも何も

聞いてない。

呼ぶだけ呼んでおいて放置っていうのもどうかと思うけどなー、眞王サマ。

だけど、ちょこっとだけ嬉しいのも本音だ。こっちでもと一緒にいられる。

………まさか、コンラッドなんてちょっとどころでないいい男がに惚れるとは計算外

だったけどさ……。

いや、は可愛いんだからそれくらいは当たり前かもしれないけど、がすんなりと

コンラッドが側に近付くことを受け入れたのが驚きだった。

だっては男が怖いのに。

ヴォルフラムともわりと仲がいいけれど、あれはあいつがおれの婚約者と豪語して、

を気に入っていても、決してお付き合い候補扱いしないからだ。

あいつが天使みたいな綺麗な顔で、男臭さがあまりないせいもあるだろうけど。

それでも、コンラッドほどは近付いていないと思う。

もしかして、もコンラッドのこと……す、好きだったりするのかなあと思ったりもした

けれど、この一ヶ月の様子を見た限りでは、コンラッドに会えないことを苦にはして

いなかった。……まあ、おれに何度か眞魔国に行かなかったかと、聞きはしたけど。

だから、こっちのことを気にはしていたけど…その原因がコンラッドだったかどうかと

いうと、ちょっと微妙だ。

再会からこっち、ヴォルフラムとはあんなに親しく挨拶を交わしたのに、コンラッドとは

おれ越しに話そうとしていた。

どちらかというと、コンラッドのことは避けている。

ああ、今もコンラッドから視線を外してグウェンダルの方へ行ってしまった。

これって、まあつまりその。

思わずにんまりと顔がにやける。

チームメイトの恋愛は成就を願うものだとは思うけど、その相手が妹となれば躊躇して

も仕方ないと思う。

コンラッドは焦り過ぎたんだ。

強引に婚約者だなんて言っちゃって、それでがコンラッドの『男』の部分を意識

しちゃったから、逆に遠ざけられてしまったのだろう。自滅だ、自滅。

おれの一番の頼りになる味方で、しかも名付け親だなんて立場にあってに近付き

やすかったのに、自分で自分の首を絞めたのか。

コンラッドでも失敗なんてするもんなんだなと、おれは思わず上機嫌で鼻歌を歌った。

これでは、まだ当分おれだけのものだ。




そんなことを考えながら砂漠を進んでいると、後ろでなにやらひそひそとおれたちに

聞えないように話をしている声が聞える。

確かにコンラッドや更にその前を行くグウェンダルやには聞えないだろうけれど、

上役組み最後尾を行くおれの耳には僅かながらに届いていた。

「……やはり………」

「……った……だし………」

耳をそばだててみるものの、意味がわかるほど繋がって聞えるものはなかった。

なんだなんだ。

そう思ったのはおれだけではなくて、おれと一緒にグウェンダルと合流したコンラッド

の部下たちも気になったようだ。なにがあったのかと聞いている。

ってことは、騒いでいるのはグウェンダルの部下だけということで。

「なんだと!?それは本当か!?」

「わ、馬鹿っ!静かに!」

なんだか大騒ぎだ。小市民的おれの興味がそそられる。いやいや、もしもこれから

向かうスヴェレラの話だったりしたら、聞いておかなくてはならない、などと自分を

正当化してみた。

実際は、そんな話ならグウェンダルの耳に入っていないはずはないけどね。

「なあ、一体何の話?」

おれができるだけ首を巡らせて聞いてみると、後ろにいた人たちは全員ぎょっとして

こっちを振り向いた。

「へ、陛下!き、聞えてらしたのですか!?」

「うん、叫び声だけ。で、なんかあったの?深刻な話?」

「い、いえその……そ、それほど重要というわけでは………」

「馬鹿なっ!それが本当なら大変なことだぞ!」

誤魔化すグウェンダルの部下とは違い、コンラッドの部下の人たちは真剣そのもの。

なに、この温度差。

「一体何事だ。陛下の御前で無様な姿をさらすな」

無視を装っていたヴォルフラムも、とうとう興味に負けたらしく馬の足を緩めて部下たち

の馬へ近付いた。

「いえ、まあ、その………」

「陛下や閣下のお耳汚しなるだけの話ですので……」

「いいから話せ。くだらない話なら一層さっさとしろ。ぼくに時間を取らせるな」

相変わらず気が短い。いや、おれも人のこと言えた義理じゃないけど。

「は………はあ……じ、実は………」

観念したらしいグウェンダルの部下が口を開いた。




グウェンダルの部下の話。

「わたしは昨夜、グウェンダル閣下の警護を担当しておりました。確かにおひとりで寝室

へ入られたのです。ですが夜半過ぎ、室内からなにやら悲鳴のようなものが聞えたので、

よもや侵入者かと、慌てて部屋へ入りました。そこでわたしは見てしまったのです。……

…ベッドの上で抱き合う、閣下と殿下を」




衝撃的な話だった。

おれは、咄嗟になんの反応も返せない。

いや、まあそれはが呼ばれちゃって現れた先がグウェンダルの寝室だったという

だけのことだ。そのはずだ。

だけど、ベッドの上で抱き合っていたって……なに?

だってだぞ!?あの男嫌いのなのに!?男が怖いなのに!?グウェンダル

を殴り倒さずに、抱き合っていた!?まさか!!

ヴォルフラムも眉間に皺を寄せて長男そっくりの表情を作る。

「まさか、ユーリじゃあるまいし、は貞淑な乙女だ。ぼくは認めていないが、一応

の婚約者はウェラー卿だろう」

おれじゃあるまいしってどういうことだよ。おれだって深夜にグウェンダルとベッドの上

でふたりきりなんて、肝試し的状況はお断りだぞ。ましてや抱き合うなんて。

だがおれがヴォルフラムに抗議の疑問を投げかけるよりも、コンラッドの部下の不満の

方が早かった。

「ヴォルフラム閣下の仰せの通りだ。殿下はコンラート閣下のご婚約者でいらっしゃる

んだぞ。滅多なことを言うな」

「だが事実だ」

グウェンダルの部下も、嘘つき呼ばわりされて気を悪くしたようだ。口調を強くする。

「お前だって見ただろう。グウェンダル閣下と殿下の仲むつまじさを。陛下にお取り

なしされたり、武器を共に選ばれたり、今だって並んで馬を進めておられる」

コンラッドの部下も、ここまで言われては黙っていられない。

「それはグウェンダル閣下がコンラート閣下の兄君だからだ。殿下にとっても義理の兄君

ということになるだろう。殿下はヴォルフラム閣下とも仲がよろしい。そうですよね、閣下」

「それは、まあ確かに。は兄としてぼくを頼っている」

ヴォルフラムは少し得意そうに胸を反らした。

あーあー、そうかこいつ末っ子だから、あんまり頼られるとかいう経験ないんだよな。

が懐いてるのがそんなに嬉しいか。

嬉しいに決まっている。おれだって、に頼られたら嬉しい。

「つーかさ」

おれは素朴な疑問をヴォルフラムにぶつけた。

がコンラッドと婚約したって、なんで広まってんの?」

は帰りがおれより数日遅れたということだったが、婚約お披露目したなんて話は

聞いていない。

「ウェラー卿が故意に広めたんだ」

「いえ、閣下。広めたのはヨザックですよ」

それはもう、ほとんど間違いなくコンラッドの差し金だと思うよ、おれ。

外堀から埋めつつ、虫除けも兼ねているのか。恐るべしコンラッド。この手口、おれが

真似たらストーカーとか言われて気持ち悪がられるんだろうな。

同じことしても、ロマンスグレーのオジサマなら喜ばれるのに、脂ギッシュな中年オヤジ

ならセクハラ呼ばわりされるのと同じ現象だ。

話がズレた。

「えーと、つまりはなに、グウェンダルがコンラッドの婚約者を奪ったとか、そういう話に

なってんの?」

どうやらおれは答えにくいことを聞いたようで、これにはコンラッドの部下もグウェンダル

の部下も、顔を見合わせて黙り込む。

「ないない。ありえないよ。はそんなに男の間でフラフラするようなやつじゃないし、

コンラッドだってみすみす逃げられるような男じゃないだろー?しかもよりもによって

グウェンダルだぜ?弟の婚約者に手を出すような男でもないだろうに」

グウェンダルに関しては、そんなにお付き合いはないので人間像は想像だけど、そう

外れてないと思う。

まあね、その前に前提となっているコンラッドとの婚約を、おれはまだ認めていない

けど。そこはこの際関係ない。だってなのに。

おれが気楽に答えると、コンラッドの部下は力強く頷いて、グウェンダルの部下は安心

したようなほっとした雰囲気を見せた。

「ただの事故だよ。たぶん、ベッドから落っこちそうになったところをグウェンダルが

引っ張り上げたとか、そんなオチじゃないかな」

それがドンピシャの正解だったことは、後で自身から聞くことになる。







部下の人たちのヒソヒソ話はこういうことでした(笑)
それにしてもコンラッドの虫除けの手際のよさに有利、唖然。



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