「申し訳ないけれど、俺は陛下の命令で動くので」 唯一、冷静に判断して有利を連れ帰りそうなコンラッドがそう返したので、グウェンダル さんは忌々しそうに吐き捨てた。 「……勝手にしろ」 勝手にしろとのお許しが出たので、勝手についていくことにしました。 「はダメだ!」 「は戻っていてくれ」 「危ないから戻っていろ」 「お前は王都へ戻ると約束したはずだ!」 全員に反対されてしまいました。 023.連鎖反応(1) 有利が行くと言うのに、わたしが大人しく帰るはずがない。 最初に諦めたのは、前回で骨身に染みているコンラッドで、ついでわたしの有利への 偏愛を嫌というほど聞かされたヴォルフラムで、そしてやはり勝手にしろと投げ出した グウェンダルさんという順だった。 意外と言うか、予想通りというか、最後まで反対したのは有利だった。 なら問題ない。相手が有利ならお手の物。 わたしは有利の袖を引いて、ちょっと目を潤ませる。 これだけで、有利は半分負けになる。逆も然り。有利が泣き出したら、わたしも反論 できなくなる。これは昔から、芝居とわかっていてもお互いにそうなのだけど、最近の 有利がこの手を使うことはない。 「有利と一緒にいたいよ………」 声はちょっと震わせるのがポイント。例え視線を逸らして目を潤ませ攻撃から逃れても、 聴覚で攻めるのだ。 「だ、だってお前、髪も目も、そのままじゃないか」 「それならね、プレゼントでもらったウィッグがあるから。目は、気をつけていればどう にかなると思うし」 ね、ね?と可愛くおねだりする。 可愛く攻めるか、力業で強引に押し通すかはそのときどき。ちなみに、お兄ちゃんには 万事がおねだりで上手くいく。ある意味、簡単すぎて面白味に欠ける。 「けどなあ、国外は危ないしなぁ」 有利の声は、最後の抵抗だ。もう答えは、わたしにも、そして成り行きを見守っていた 全員にもわかったようだった。 グウェンダルさんはもちろん、コンラッドやヴォルフラム、それに部下の人たちまで既に 出発の準備を整え始めていた。 「だって有利が心配で夜も眠れなくなっちゃうよ……」 わたしがしなだれかかると、有利はぎゅっと抱き締めてくれる。 「わかった。でもおれから離れるなよ」 「うん!」 わたしと有利以外の全員の溜息が唱和したのでした。 結局、目の方は有利のコンタクトの予備をもらってへーゼルアイに仕立てあげた。 距離は短いけれど砂漠を行くということで、日差し対策は万全に練られていた。 わたしは三度目の着替えで、砂が入り込んでこないように衿の詰まった服と裾の 絞ってあるズボン、それに膝まで覆うブーツに履き替えた。かなり熱い。 その上から更に身体全体を覆うほどの布を追加して巻きつけれらて、月の沙漠でも 歌いたい気分になる。 あれだと乗るのは駱駝だけど、わたしたちの場合は馬。 馬にひとりで乗れないのは有利だけで、だれに相乗りするかという話のとき第一候補 のわたしという案に有利は難色を示した。 「だって妹に乗っけてもらうの、情けないだろ!?」 というのが理由らしい。 「でもね有利。短くても砂漠越えだよ?馬に負担が少ない組合わせがいいと思うんだ」 だとすると、第一候補わたし。第二候補ヴォルフラム。 有利は少し考えて、くるりとわたしに背を向けた。 「ヴォルフ乗っけて!」 そうくるだろうとは思っていたけど、思っていてもショックだ。 「いーもん。ひとりで月の沙漠歌うから」 「ひとりでなんて淋しいこと言わずに。俺にも教えてくれたら一緒に歌うよ?」 馬を引いて近付いてきたコンラッドが爽やかな笑顔をよこす。 「結構です」 つい後退りしつつ、NOと片手を上げて示した。 コンラッドはくすくすと楽しそうに笑う。 「なんだか今回、は俺に対して冷たくない?」 たぶん、照れているだけだとバレているに違いない。余計に恥ずかしい。 「そんなことないですよー」 わたしはつんと顔を背けて、馬の背に上がった。向こう側からこちらを窺っていた、 グウェンダルさんの部下の人たちと目が合うと、慌てて逸らされた。 なんだか朝からずっと意味深だなあ。気になる。 アラビアのロレンスの格好になったからといって、油断していいわけはない。 頭はすっぽりと目深に白い布を被り、口から下を首まで覆うようにやはり白い布を巻い ているにも関わらず、一応ウィッグもつけてある。お陰で頭はムレムレ。気持ち悪い。 月の沙漠をひとりで歌い出す前に眞魔国とコナンシアの国境にある川に辿りついた。 国境を隔てる川というからどんなに凄いのかと思っていれば、小川のように緩やかで 小さな流れ。 だけどよくよく見渡してみると、地面はひどく乾いてひび割れているし、馬の足がついて いるところには川の流れの跡のようなものが見える。 ひょっとして、川が干上がっているとか? それを肯定する答えをコンラッドが教えてくれた。 「今、コナンシアは記録的な旱魃でね。人心が荒れていると思うから、絶対に陛下から 離れないように」 「……コンラッドから離れないように、とは言わないんだ?」 意外な思いでコンラッドを振り返ると、にっこりと微笑まれる。 わたしは慌てて前を向いた。 「ほら、ね。今のにそれを言っても守ってくれそうにないからね。陛下から離れ なければ、結果的に俺も側にいるから。安心してくれていいよ」 「べ、別にコンラッドと離れることが不安なわけじゃないわ」 つんと顔を逸らして馬の足を速めて、前を行くグウェンダルさんと轡を並べる。 「………なんだ?」 無表情で見下ろされて、わたしは頬を膨らませてちょっとにらみ返す。 「用事がなければ、側にいちゃいけないんですか?」 グウェンダルさんは溜息をついて、それ以上なにも言ってこなかった。 また呆れられたのかしら。でもコンラッドと一緒にいたくないし、有利の側にいくのは ちょっと悔しい。今、ヴォルフラムは有利とのタンデムをものすごく楽しんでいる。 認めるのもしゃくだけど羨ましい。 かといって、コンラッドやグウェンダルさんの部下の人たちだと気を遣わせちゃうしね。 わたしが側にいても気にもとめず、最初からそのつもりで側に行くのでわたしにしても 沈黙でも居づらくない相手といえば、この人しかいない。 国境を越えるとき、家畜は検疫に20日かかると言われて、眞魔国の軍馬は引き返さ せざるを得なかった。代わりに、コナンシアの国境で現地の馬を買う。 ヴォルフラムや他の兵士の人たちはいいがかりも甚だしいと憤っていたけれど、正しい 検疫にどれくらいの時間がかかるのかわからないわたしとしては、そうなんだと納得す るしかない。 馬と一緒にわたしは剣も買ってもらった。前回グウェンダルさんに貰った短剣は、自宅 の部屋に大切に保管してある。持ってこれるものなら、持ってきたかったんだけどね。 有利はまた渋い顔をしていたけれど、グウェンダルさんは当然のことだと有利の分も 渡そうとして本人に拒否されていた。 有利にそんなもの持たせないでほしいなあ。 有利の手が握るのは、バットだ。グリップではあっても、鍔のついた柄ではない。 わたしが腰に剣をはいて馬に上がると、ヴォルフラムの後ろで有利が溜息をついて いた。 心配をかけちゃってるのかな、と思ったら少し様子が違う。 でも、じゃあなんで? |
消去法でグウェンダルにべったりしてます。(消去法って^^;) |