有利の可能性が少しでもあるなら心配だから連れて行ってください。

朝食の時もかなり粘ってみたものの、グウェンダルさんは決して首を縦に振っては

くれなかった。

わたしは二十回目のトライに敗れて椅子に座りなおすと、膝の上に揃えた手を握り

締めてそこに視線を落としぎゅっと唇を噛んだ。

それまで駄目だと一点張りだったグウェンダルさんが、いきなり椅子から腰を浮かす。

びっくりして顔を上げると、なぜか少し焦った表情。

「まず間違いなくあいつではない。だが万が一本人であれば確実に助け出すと約束

しよう。だから大人しく王都で待っていろ」

いきなり口調が優しくなった。なんだろう。

だけどただ邪魔だと冷たくあしらわれていたときより我侭が言いにくくなって、渋々と

だけど頷いた。





022.らしくない態度(3)





馬車を用意するという話も出たけれど、自力で馬に乗れるので結構ですと返した。

なぜかグウェンダルさんはあれから、あまり上から押さえつけるようには言ってくる

ことがなくなって、わたしの要望通りに馬とそれに乗りやすい服を用意してくれた。

ところで、朝からグウェンダルさんの部下の人たちが上司の目がない時になにやら

ひそひそと内緒話をしているのが気になる。

様子から察するに、わたしの話題のようだし。

確かに、いきなり深夜に自分たちの上司の寝室に現れたんだから、不審人物以外

のなにものでもないだろう。

やだなあ、変な誤解されないかな。

でも変な誤解って?

まさかわたしがグウェンダルさん暗殺を企てたなんて、だれも想像しないだろうし。

やっぱり変わり者だとでも言われているのだろうか。

うう、ごめんね有利。こんなところでもしも有利の株まで下がっていたらどうしよう。

そろそろ出発の時間ということで、わたしはグウェンダルさんに続いて宿を出た。

ただし、向かう先は正反対。

グウェンダルさんはさらに南に下って国境からスヴェレラという国に入り、わたしは

北上してカーベルニコフ家の別邸を訪ねるという内訳。

ふたりの供をつけると言われて、ひとりで大丈夫ですと言うと、難しい顔をされた。

だってだって。もしもスヴェレラの偽者が偽者じゃなくて、本物の有利だった場合、

奪還にはできるだけ人が多いにこしたことはないはず。

こんなことでもめるのも馬鹿馬鹿しいと、グウェンダルさんが溜息をついたところに、

部下の人が駆け寄ってきた。

「閣下、へ、陛下がご到着されました!」




「有利!」

!?」

グウェンダルさんの部下の人に先導されて到着した有利は、ヴォルフラムの後ろから

ひょっこり顔を覗かせて驚いた。

「な、なんでお前がここにいるんだ!?」

「それはこちらのセリフだ。何故お前がここにいる」

さっきまでの控え目な不機嫌さがここにきて爆発した、というくらい低く迫力満点な声。

降りるくらいはひとりでできるようになっていたらしい有利は、駆け寄るわたしを抱き

とめて、その声にびくりと肩を震わせた。

「そ、そそそんなに凄んだって駄目だからな!あんたのことだから、本物だろうと偽者

だろうと、関係なかったかもしれないけどな!」

有利の言葉には随分と引っかかるものがある。

本物だろうと偽者だろうと、関係なかった?

わたしは有利を見上げ、グウェンダルさんを見る。

きっと不審そうな目をしていたことだろう。

もちろん有利は意味がわからなかったようだけど、グウェンダルさんはギョッと驚いた

ように顔色を変え、不機嫌そうな眉間の皺が消えた。

「関係ないなどと言いがかりだ!私は約束したことは守る」

有利はグウェンダルさんを見て、話しかけている人物がわたしだと気付いたようだ。

「約束ってなに?、グウェンダルとなんか約束したの?」

「スヴェレラで出た偽者が少しでも有利の可能性があるなら、連れて行って欲しいって

お願いしたの。でも、足手纏いだから駄目だって。代わりに、もしも本物の有利だったら

絶対に無事に連れて帰ってきてくれるって約束してくれたの。有利、もっとグウェンダル

さんも信用しないとダメだよ」

なぜか背後でグウェンダルさんの部下の人たちが騒ぐ声が聞える。

有利も目を丸くした。

「…………なんか、いきなりグウェンダルと仲良くなってねえ?」

「そっかな?」

わたしは首を傾げる。仲が良いというのだろうか。呆れさせたり、困らせたりしてばかり

いるけど。

ああ、昨日は心配もさせたっけ。……泣いてたから。

コンラッドに会いたいと、どうしてか涙が出て止まらなくなって、そのままこっちに来たから

泣いた跡がそのまま残っていて、それを見たグウェンダルさんは自分が泣かせたのか

と驚いて、そして心配してくれた。

わたしは、いきなり納得してぱちんと両手を合わせる。

ああ、そうか。

朝食の席でグウェンダルさんが急に優しくなったのは、きっとわたしが泣き出すんじゃ

ないかと心配したからだ。泣かれるとご飯が不味くなるとか、始末に困ると言うよりは、

昨日の様子からは、心配してくれのだと思っても自惚れではないと思う。

「あのね、有利。グウェンダルさん、とっても優しくしてくれたよ」

「そ、そうか?ならいいんだけどさ………」

どよっと後ろでざわめきが大きくなる。

「なんなのだ、貴様らは!」

グウェンダルさんは落ち着きない部下に機嫌を悪くしつつ怒鳴りつけた。




!」

ヴォルフラムはお兄さんとは対照的に、機嫌よくわたしに笑いかけてくれた。

「よく来たな。ユーリしかいなかったから、今回は来ないのかと思ったぞ」

歓迎されると、やっぱり嬉しい。わたしも笑顔で返した。

「うん。ヴォフルラムにまた会えて嬉しい!」

「ぼくもだ」

にこにこと笑顔を交わしていると、横合いから手が伸びてきた。

大きなその手は、よく知っている。

思わず有利にしがみついた。

「久しぶり、

コンラッドは、ちょっと苦笑して手を引いた。

「う、うん。コンラッドも元気そうで、よかった」

有利を盾にするように、かさこそと怪しい動きで背中に隠れる。

あんなにコンラッドに会いたがっていたのに、いざ本人を目の前にして矛盾も甚だしい。

だけど、なんだか恥ずかしい。

だって、会いたいなんて泣いたりして。

いくらコンラッドでもそんなこと知ってるはずもないのだけど、訳知りのあの笑顔を見せ

られたら、なにもかも見透かされているような気になってしまう。

そういえば、あの泣き顔をグウェンダルさんには見られてしまった。

まさか、どうして泣いていたかなんてわかるはずもないのだけど。

「なんだなんだ?どうしたんだよ。あんなにコンラッドとは仲良かったじゃ……」

日本に戻ってから、有利とは事故だったコンラッドとの婚約の話はしていない。

なぜか有利が避けているようだから。

まあ、わたしも有利とあのことを話したいわけじゃないから助かるけど。

その有利が突然黙り込む。

どうしたのだろうと顔を上げると、有利が厳しい表情でコンラッドを睨みつけていた。

「まさか、に変なことしたんじゃないだろうな!?」

「それこそまさか。誤解ですよ」

後ろ暗いことのないコンラッドは、余裕の笑顔で手を振った。

そしてわたしを見る。

「ね、?」

「う、うん」

変なことはしてないよ。

コンラッドは、ね。

わたしが勝手にひとりで恥ずかしがっているだけだから。

「どうだか。口にするもの憚られるような真似をしたんじゃないのか?だから

ユーリにも言えないでいるだけだとしたら」

「コンラッド!?」

「ご、誤解だよ、有利!ホントに誤解。コンラッドはなにも悪くないよ」

「……『コンラッドは』ってことは、別になにか問題でもあるのか?」

有利、こんなときに鋭くならなくたっていいのに。

しがみついた有利の背中からちらりとコンラッドを盗み見て、目が合うと慌てて逸らした。

な、なにやってんの、わたし……。

「なあ、……」

しまった、あまりに不審な行動で有利を心配させてしまった。

物憂げな有利の声に、慌てて有利にだけそっと耳打ちした。

「あ、後で話すから」

約束してしまったものの、あの話は恥ずかしいなあ。

だって、コンラッドを思い出して会いたいって泣いたんだよ?変な誤解をされそう。

「コンラート!」

グウェンダルさんの不機嫌そうな声が飛んできた。

「そこの子供を全員連れて帰れ!」

かなり呆れられていた。







今度の旅の引率者はグウェンダル?やっぱり大変そうですね(^^;)
コンラッドとは恥ずかしくてロクに目も合わせられません。



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