来ていきなり最大級の失態を犯した苦悩を押しやって、どうにか根性で眠った。

そして翌朝にはだれかが起こしにくる前に起きた。

ベッドを使っていなかったとバレたらまた呆れられる。ベッドはグウェンダルさんの

匂いが残っていたので使えなかったのです。だからソファでいいって言ったのに。

ドレッサーに移動して髪を梳いていると、ノックがあった。

「私だ。起きているか」

「あ、はいどうぞ」

平常心、平常心。わたしはともかく、大人のグウェンダルさんが昨日のことを引き

摺っているはずがない。こっちがいつもどおりに振舞えば、なかったことにできる。

髪をふたつにわけて高い位置で括ったツインテールにしたところで、扉が開いた。

「おはようございます、グウェンダルさん」

愛想良くしておこうと三割増し(当社比)の笑顔でにっこり振り返ると、戸口でノブを

握ったまま、わたしを凝視して立ち止まっている。

「グウェンダルさん?」

小首を傾げると、はっと正気に戻った様子で咳払いしつつ部屋に入ってくる。

口元の手を当てたりして、なんかちょっと頬が赤いような。

……まさか引き摺ってるわけじゃないよね?

だとしたらもしかして、わたしが夜中に叩き起こしてしまったから風邪気味だなんて

ことは……。

ど、どうしよう。





022.らしくない態度(2)





グウェンダルさんはまた咳払いした。まさか本当に風邪だったりして。

相変わらずの難しい顔でソファに腰掛けて、なぜか指がうねうねと奇妙な動きを

している。

「よく眠れたか」

「は、はいお陰さまで。昨日はあんな時間にすみませんでした」

ぺこりと頭を下げて、それでひょっとして風邪をお召しに?と聞こうとしたのに先を

制された。

「………どうやって来た」

来た、とはこの場所までという意味じゃないだろう。それも含めてだけど『こっちの

世界へ』ということに違いない。

「自宅の鏡を通り抜けて」

額に皺が一本増える。

「王はどうした」

「さあ?ちょうど別行動でしたし、今頃は村田健とふたりでシーワールドへ……」

思い出した。有利はシーワールドへ連れ去られたんだった。わたしと買い物デート

の約束だったのに。おのれムラケン、許すまじ。

怒りを再燃させているわたしに気付かずに、質問は先に進んでいた。

「ムラタケン?」

「有利の友人です。にわか友達!」

にわかを強調しておく。なにか伝わってしまったのか、グウェンダルさんの上体が

少し仰け反った。

「では、こちらへは来ていないのだな?」

「だからわかりませんってば。別行動中だったんですから」

グウェンダルさんは痛みを抑えるように、額に手を当てる。

「では、来ているかもしれないと?」

巫女どもめ…いい加減なことを……と歯軋りと共に小さく聞えた。

「有利がどうかしたんですか?」

「………偽者が出た」

「有利の!?」

偽者まで出るとは有利も立派になったものだね。じゃなくて。

「そ、それは本当に偽者……?」

「わからん。国外でそういった噂が流れている。今から詳しい調査を行う。巫女どもの

話によれば王を呼び出してはいないということだ。十中八九は偽者だと思われる」

よかった。国外で、なんて…もしも有利だったとしたら大変だ。国外で双黒を晒せば

命に関わる。

「あれ、でも偽者といっても人間の国で魔王に間違われているわけだから……」

当然無事では済むまい。

「処刑の日取りが決まったそうだ」

「ほ、本当に有利じゃないんですよね!?十中八九なんて言わずに!!」

処刑だなんて縁起でもない。断頭台が脳裏を過ぎって、思わずぶるりと震えた。

「おそらく」

「おそらくじゃなくて!」

だから今、調査中だってば。

自分で自分を落ち着かせようと言い聞かせてみるものの、気ばかりが急いてうまく

いかない。

「では言い直そう。ほぼ偽者であることは間違いない。問題はその偽者が行方不明

になっていた国の至宝を所持していたという点だ。それを現在、調査しているのだ」

百パーセントの保証じゃないので完全には安心できないけれど、その偽者が有利か

どうかなら、呼び出してみれば簡単にわかる。まさかグウェンダルさんがそのことに

気付いていないはずはないので、ほぼ百パーセント違うとみていいのだろう。

調査の実態は、魔王の真偽ではなくて、国の至宝の真偽の確認といったところ?

「お前はここから引き返せ。カーベルニコフの別邸まで私の部下をつける。かの邸

には知人がいるのでな。知らせを入れておこう。王都まで送り届けてもらえ」

「………一緒についていきたい、というのは……」

じろりと凄い目で睨みつけられた。

「だ、だって確実に有利じゃないってわかっているわけじゃなのに……もしも有利

だったら!」

「いくら奴でも、みすみす無銭飲食などで処刑などされまい」

「む、無銭飲食?」

それはまた、小さな罪状で。

いえでも、無銭飲食された店側としては小さくても被害は被害だ。でも無銭飲食で

処刑だなんて、やっぱり魔王と思われているからに違いない。

「足手纏いだ。大人しく帰れ」

「…………でも」

ここまではっきり足手纏いと迫力満点に言われたら、反抗する気力もなくなるけれど

それでもわたしが小さく抗議の声を上げようとしたところで、ノックがあった。




「お召し物をお持ちいたしました」

入って来たのは、昨日の赤毛のお兄さん。やっぱり魔族の人は美麗だ。

白い上下は麻に似た手触りで夏にはぴったりの衣装だった。

ゆったりとしたシャツと、踝までのスカート。動きにくいことこの上ない。

「べ、別にわたしこのままでも」

「そのままだと!?」

向かいに座っていたグウェンダルさんの表情が、途端に険しくなる。

「若い娘がそのように足をさらけ出しているとは何事だ!母上の悪い影響でも

受けたのか!?」

……下着はともかく……、服の着替えまでは持っていなかったので、服は昨日の

キャミソールとミニスカートのまんま。

「そのぉ、素敵なおみ足ではあるのですが、ここでは少し問題が」

静かにエキサイトするグウェンダルさんとは対照的に、部下の人が遠慮がちに服

を差し出した。

「この辺りは日差しが強いので、肌の露出が多いと場合によっては軽度ですが

火傷してしまうこともありますから」

「なるほど。では、失礼して」

素敵なおみ足だなんてお世辞言わなくても、だれも怒ったりしないのに。

納得したからには、動きにくいそうな服でも大人しく従って受け取った。

着替えのために部屋を出て行こうとしたグウェンダルさんが、ふと足を止めて振り

返る。

「ところで」

「はい?」

キャミソールにかけていた手を降ろす。

「その髪は天然のものか?」

「はあ?え、黒は天然ですよ」

染めてたら双黒じゃないでしょうに。

「色ではない。その形の方だ」

形というと?少し考え込んで緩やかについたウェーブのことだとわかった。

有利は直毛だから疑問を持ったのかもしれないけど、これは単に編み込みした

癖が残っているだけのこと。

「これは編んでいたせいです。わたしは有利と一緒で直毛ですから。こうやって

いた跡で」

見本をみせようとツインテールの片方を三つ編みにして団子状に纏め上げた。

「器用なものだな」

なんだか本気で感心されてしまった。

こんなことで感心されても。

奇妙な思いでもう片方を編もうとすると、グウェンダルさんの大きな手が伸びてきた。

「私がやってもよいだろうか?」

「へ…………?」

思いっきり間抜け面して見上げてしまって、それを取繕う間もない。

はっと気がついたようにグウェンダルさんは手を引っ込めて、踵を返した。

「い、いや。なんでもない。忘れろ」

ばたんとドアが閉まる音で、わたしは開けていた大口をぱくんと閉めた。

「グ……グウェンダルさんって……」

謎。







あの長男に反論してます。有利絡みだと強いですね。
ちなみにグウェンはウェーブのついたふわふわツインテールの髪型に反応して
赤面していたのです(冒頭)。
け、決してピンクの下着を思い出したわけでは…(^^;)
髪くらいは触らせてあげてもよかったかもしれませんね。



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