わたしの移動方法は、有利とはちょっと違うらしい。

一度目は有利の言うとおり、確かにスタツアそっくりのキラキラにグルグルだったのに、

前回の帰りと今回は真っ暗な闇を沈み込むように落ちて行く。今回は速度はゆっくり

なんだけど……。

これはこれで、底なし沼に嵌ったみたいでかなり気分が悪い。

本当に眞魔国に出られるのかな。

かなり心配になってうろたえ出した頃、どこかへようやく到着した。





022.らしくない態度(1)





到着したのはいいけれど、登場はかなり乱暴だった。

なぜならどこかの鏡から弾き出されたのだ。

上下左右もわからなかった闇の中から、逆さに放り出されれば受身だって取れない。

「ぎゃっ!」

色気もそっけもない悲鳴を上げてぎゅっと目を瞑ったけど、覚悟していたほどの痛みは

なかった。

代わりにギシギシとバネが軋む音。見るまでもなく、少し硬めのベッドの上だった。

なんの変哲もない白いシーツとブランケット。見上げた天井も、どこか素っ気無い。

これは血盟城でもヴォルテール城でもない。

果たしてどこに出たのだろう。まさか眞魔国から外れてたりして。それはマズイ。

他国では黒髪黒目は不吉の象徴だ。

「おい………」

腰にくる重低音が頭上から聞えて、思わず悲鳴を上げそうになった。

悲鳴を飲み込めたのは、ひとえに首に突きつけられた剣先のお陰で。

お陰っていうか、この部屋に人がいたんだ!?

ひょっとしなくても、これって最大のピンチなんじゃあ……。

「貴様何者だ。私を狙ってただで済むとは、よもや思ってはおるまいな」

「い、いえいえいえ。別にだれかを襲おうなんて、そんな物騒な考えなんて持って

ません。これは単なる事故といいまして―――」

両手を挙げてホールドアップしながら必死に言い訳するも、はてと内心首を傾げる。

この腰にくるいい響きの声、どこかで聞き覚えのある………。

頭の中で、ゴットファーザー愛のテーマが流れた。

「ひょっとして………グウェンダルさん?」

「暗殺対象を知らないだと?……待て、その声、そのなにやら気安い呼び方……」

「わ、わたしです。渋谷。有利の妹です〜」

知人だったとは運が良かった。

どうせなら、コンラッドがよかったけど。

いやいや。でもここはベッドの上だし、ヴォルフラムだったら言うことなしだったのに。




喉元に突きつけられていた短剣が引いた。

息を吐いてまくれていたスカートの裾を直しながら起き上がると、ベッドが軋んだ。

薄く明かりが灯されて、部屋を見回すと印象はあまりお貴族様の別邸っぽくない。

わたしから見ると十分な調度品が揃っているけど、血盟城やヴォルテール城とは

比べ物にならない。

むしろ血盟城に向かっているときに泊まった宿屋みたいな感じ……。

「なぜ、お前がここにいる」

いけない。この人と一緒だった。コンラッドが近くにいればいいけれど、そうでないの

下手に機嫌を損ねると厄介そうに見える。

「なぜと言われても、出てくる場所まで指定できないもので―――」

ベッドの上で方向転換して正座をする。真正面に向き合ったグウェンダルさんは。

寝乱れた姿でした。

ぎゃあああああ!!!!

とんでもない絶叫は脳内だけで反響した。よかった。

前合わせが広く開いたナイトウェアから覗く胸板は逞しく、白い薄布の上からでも

わかる二の腕は引き締まっていて理想的。なにより、いつもは整えられている髪

も組紐を解いているから、乱れて頬にかかった長髪を片手でかき上げたりして…

なんといえばいいのか……扇情的。

じりじりとお尻で少しずつグウェンダルさんの側から下がっていると、不機嫌そうに

額に寄っていた皺が驚いたような表情とともに消えた。

「な、泣いているのか?私のせいか?」

「へ?………あ、あっ!」

そうだった。ついさっきまで泣きべそかいてたんだ。当然まだ、目も赤い。

慌てて手の甲で目を擦った。

「違います、違います。ちょっとさっきまで感傷に浸っていて、そのせいで。決して

グウェンダルさんのせいというわけでは」

「ああ、わかった、わかったから目を擦るな」

まるで子供をあやすかのように言いながら、グウェンダルさんはわたしの手から布

を取り上げて涙を拭う。

「乱暴にこするから目の下まで変色している。子供ではないのだからそれくらいの

ことはわかっているだろう」

不機嫌そうな声と表情に戻ったものの、親指が優しくわたしの目の下を撫でてくれ

ていた。

ち、近いんですけど、距離が。

「この髪はどうした。染めたのか」

「ええ?あ、これはウィッグ。かつらです。ほら」

手で引っ張ってウィッグを落とした。普通の会話だけど、なんだか間が持たない。

話題を変えたのも、多分わたしの気を紛らわせるためなんだろうけれど。

「そうか……せっかくの黒髪だ。隠すのは惜しい。外していろ」

な、なんでしょう。誉められてるの?というか、慰められているのかな。

怖そうな見た目に反してとても優しい。ちょっとほっとした。

「あ、あの、もう大丈夫で………」

離してとは言えなくて、さらに後ろにずり下がったら、がくんと身体が落ちかけた。

「きゃあっ!」

「馬鹿者!」

今度は可愛い悲鳴を上げられた!などと喜んでいる場合じゃない。

落ちかけたわたしの腕を掴んで引っ張り上げてくれたのは、感謝いたします。

だけど、勢い余って寝乱れた胸にまで引っ張られたのはどうなのよ!?

「い、いやっ!」

背筋を走った寒気に、助けてもらった恩も忘れて思わずその胸板を突っぱねる。

「待て、落ち着け。誤解するな。事故だろうが!」

焦った声が聞えるけど、恐慌寸前のわたしの頭は正しく言葉を理解していない。

「は、離して、離してお願いっ」

「待て、離すから暴れるな!また落ち………」

「閣下、どうなされました!」

だれかが部屋に飛び込んできた。

赤茶の髪に、眞魔国での有利の変装を思い出してそちらに気を取られる。

お陰で恐慌は爆発する前に収まった。

「へ、陛下!」

部屋に飛び込んできた人は、わたしを見て慌てたように膝をついて頭を深く下げる。

もちろん、その人は有利じゃなかった。

「へ、あ、ち、違います。わたし陛下じゃ…有利じゃなくて……わっ!」

「これは、その妹だ」

またベッドから落ちかけていたわたしを抱き起こしながら、グウェンダルさんが苦々

しげに言う。

「あ、こ、これは失礼をいたしました。殿下でいらっしゃいましたか」

再び引っ張り上げる際に勢いをつけなくていいように腰に添えられたグウェンダル

さんの腕に、身体が我知らず震えた。

わたしがちらりと見上げると、グウェンダルさんは苦虫を噛み潰したような顔でわたし

から手を離して距離を少し開けた。




最初に思ったとおり、ここは血盟城でもヴォルテール城でもなく、眞魔国の南方に

あるカーベルニコフ地方の外れの宿屋ということだった。

わたしが突っ込んできた時間はまさに丑三つ時といった真夜中だったらしく、新たな

部屋を取るために宿の主人を叩き起こすのは忍びないと主張すると、グウェンダル

さんが部屋を提供してくれるという。

グウェンダルさんは隣の部下の人の部屋、部下の人はちょっと詰めて二人部屋の

二部屋を三人ずつで使うということになった。

「そ、そんな申し訳ないことできません。わたし、そこのソファをお借りできれば十分

ですから」

「まさか!殿下にそのようなことをさせるわけには参りません!」

「お前は仮にも魔王の妹だ。王族としての威厳を保て」

部下の人は恐縮して、グウェンダルさんはますます不機嫌そうにして、それぞれ部屋

を出て行ってしまった。

えーと。

あっちでは真昼間だったのでまったく眠たくないんだけどね。時差ボケで苦しみそう。

汗をかいたままだし、お風呂に入りたいなあと部屋中の続きのドアを開けて回ると、

一応浴室がついていた。水は汲み置いてあるのでどうにかなりそう。

ついでに今来ている下着を洗っておけば、今回は紐パンツのお世話にならずに済む

かもしれない。あ、でも替えの下着が無いと一枚じゃどうしようも……。

はたと自分の手を見下ろす。

両手とも、手ぶら。

……なにか、握っていたはずなんですけど。

なにかって。

「おいっ!」

突然ノックもなしに扉が開いて、慌てたグウェンダルさんが飛び込んできた。

「か、返しておく!」

青褪めているような、ちょっとだけ赤いような、微妙な顔色のグウェンダルさんに布を

押し付けられた

そのままグウェンダルさんは振り返りもせずに部屋を飛び出していく。

返すって、なにを?

見たくないけど。

押し付けられた布に恐る恐ると視線を落すと、パステルピンクのブラとショーツが。

ダメージMAX。







現れたのは、なんとグウェンダルの前でした。
しかも、よりにもよって夜中に強襲。芸能人おはようドッキリ?



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