そして今日も、ゆーちゃんを村田健にとられました。 「なによ!もう!!ムラケンなんかにわか友達のくせにぃ〜〜〜!!わたしのゆーちゃん 返せ〜〜〜!!!」 わたしはジュースのアルミ缶をベコベコに握りつぶしながら絶叫した。 「!マイク持って叫ぶな!」 友人の苦情が殺到した。 021.曖昧な関係 今日は七月最後の土曜日。有利は夜には西武戦を見にドームへ行くと言っていたけど、 昼はわたしの買い物に付き合ってくれるって約束していた。 明日は愛しの有利の誕生日。 そんなわけで、有利の希望を聞いて誕生日プレゼントを買おうと思っていたのに! 新しいミットとか、スパイクとか、あと西武のドーム戦チケット前売りとか。 ムラケンがわがまま全開の主張で有利をかっさらってしまって、腹を立てたわたしが泣き ついたのは、小学校からの親友三人だった。 女子校に通う三人とも彼氏がいないからどうにか七月第四土曜日も空いていて、愚痴り まくるわたしに付き合って買い物をして、お茶代わりに今はカラオケボックスへ雪崩れ込 んだというわけで。 指折り数えて上げた有利への誕生日プレゼント候補を聞いて、三人が溜息をついて首を 振ったのは言うまでもない。 常日頃から有利を野球に取られると愚痴を言っているのに、プレゼント候補は全部が全部 野球絡み。 だって、どうせなら喜んでもらえるものがいい。 そう言ったら更に溜息をつかれた。 親友のうちふたりが夕方からは用事があるということで、まだまだ明るいうちに解散して 家に帰った。急に呼び出したのだから仕方がない。 「ただいまー」 誕生日プレゼントだと友人三人に買ってもらった白いミュールを脱いでリビングに入ると、 ソファに寝転んでうちのお座敷犬ジンターのお腹を撫でつつ本を読んでいたお兄ちゃんが 顔を上げる。 「おかえ……りー!?なんだ、ちゃんそんな服持ってたっけ!?っていうか、髪!髪 はどうしたんだ!」 あからさまに朝出て行ったときとは違う様子で帰ってきた妹に、お兄ちゃんが大いに慌てた。 今のわたしの格好。黒いキャミソールに白のミニスカート。どっちも無地。右足には細い プラチナのアンクレット。ヒールの低いさっき脱いだミュールと合わせて、これ一式すべて 誕生日プレゼントだと言われた。 普段はジーンズとかスカートにしても制服以外は膝丈かそれより長い丈、Tシャツかごく 普通のブラウスという服装を好むわたしを、三人は常に改造したいと言い続けていた。 ちなみにさすがに全身コーディネイトは値が張るので、ミュールと今お兄ちゃんが慌てて いる原因の茶髪のウィッグ以外は三人からのおさがりだったりする。とにかく、今日は 気晴らしに付き合う代わりに、三人の眼鏡に適うおしゃれをしろという厳命だったのだ。 「これはー、親友三人のコーディネイトです。髪はウィッグだよ」 最初は三人ともブリーチか染めようと言い出したけれど、有利とお揃いの黒髪を愛する わたしが断固として抵抗したので、ウィッグで諦めたらしい。そこまでして茶髪がいいか。 「あ、ああ……なんだ、そうか……」 ほっと息を吐きながらソファから起き上がったお兄ちゃんは、本を小脇に抱えて顎に手を 当てながら上から下までわたしをじろじろと眺める。 「確かにそういう格好は可愛いけど、ちょっとスカートが短いんじゃないか?」 「それはあっちに言ってよー。わたしはこういう服、あんまり好きじゃないんだから」 肩をすくめたところで足にまとわりついてきたお座敷犬その2のシアンフロッコに、わたし は慌てて飛びのいた。 「だめだよ、シアン!アンクレットしてるから引っ掛かったら怪我するから!」 「犬にそんなこと言い聞かせても仕方ないと思うぞ、ちゃん……」 「わかってるよ!シアン、伏せ!」 指先で床を指して言いつけると、シアンフロッコは床に伏せの体勢を取る。その間に二階 の部屋に逃げ込んだ。 汗をかいたから、お風呂に入るために着替えを取りに来たかったのでちょうどいい。 手早く用意を整えて、リビングでまだ伏せているだろうシアンフロッコを解放してお風呂に 入ろうとクローゼットに向かって、その横の壁にかけてあった鏡が目に入った。 茶髪の自分って、ものすごい違和感。 そのまま鏡の方に吸い寄せられるようにして近付いた。 「あんまり似合わないよねー。見慣れたら絶対こっちの方がいいとか言ってたけど」 三人はご満悦でそう言っていたけど、茶色の髪が似合うというのはコンラッドみたいな人 のことを言うんだよ。 思わずぽろりと出てきた名前に、我ながら驚いて硬直した。 茶色の髪と、薄茶の瞳。瞳にはまるで星のきらめきを封じ込めたような銀の光彩があり、 それがとても綺麗だった、男の人。 わたしのことを……好きだなんて言った、かなり奇特な人。 きっと二度と会えないと言ったのに、それでも待つと言ってくれた。そして、また逢えると 信じて、と。 背が高くて、笑顔が爽やかで、でもちょっと企み系も入ってて、剣士らしく身体つきも立派 で、無駄な筋肉なんてない、理想的な体格。剣の腕は確かだし、優しくて、ほんのちょっと だけ意地悪だったりするのに、遥か年上だけあってすごく安心できる包容力の持ち主。 おまけに地位も名誉も持っているときたら、世の女性たちが放っておかないだろう。 待つ、なんて言ってたけど、今頃別の女の人とよろしくやってるんじゃない? 自分で振った…ことになるのか、とにかく応えられないと言ったくせに、なぜか胸の中で むかつきが起こる。 ……別に嫉妬じゃない。ただ単に、嘘をつく人が嫌いなだけ。不誠実な人が嫌いなだけ。 それに……付き合ってないんだから、浮気にはならないし、応えられないわたしを待って いるよりずっと建設的なはず。 「会いたいな……」 そう思っていたのに、額を鏡に当てて口から零れた言葉がまったく正反対だった。 別に、好きだとかそういうものじゃない。好きか嫌いかでいえば好きだけど、それは人物 として尊敬しているのであって、ヴォルフラムのことだって同じように……。 「だれに言い訳してるわけ?」 自分で気がついて、なんとなく咳払いで誤魔化してみたりする。ひとりきりの部屋でなに をやっているのだろう。 クローゼットに戻って着替えの下着や服を取り出しながら、溜息が漏れた。 あれからひと月くらい経つ。 向こうに行ける気配は一向にない。有利も行ってないというし、コンラッドたちがどうして いるのか、気になるのに。 有利は二度とも、とにかく水辺でいきなり引き込まれてアトラクションのスターツアーズ もどきを経験しながらあちらに行ったという。 ウルリーケさんの言葉を信じるなら、わたしは自分の意思で行き来できるはずなのに。 水辺であちらに行きたいと何度も念じてみたけれど、それが叶うことはなかった。 有利があちらに行っていないから、こちらの世界から本気で離れるつもりになれないの だろうかとか、色々考えてみたけど答えはわからない。 怪しげな黒魔術とかの本も読み漁ってみたけれど、世界を飛び越える術なんて載って なかった。今考えると、なんて馬鹿馬鹿しい方法まで試そうとしたんだろう。 自分で自分を笑ったのに、笑ったはずなのに、着替えの下着を手にした甲に涙が零れ 落ちた。 「あれ?」 手の甲で目を擦る。 だけど涙は溢れるばっかりで全然止まらない。 馬鹿馬鹿しい方法を試してみようとするくらい、コンラッドたちに会いたいのに。 もしも眞王の人まちがいだとしたら? ウルリーケさんの勘違いだとしたら? 自分の力で移動できるなんてまちがいで、一度目のあれはやっぱり事故だったとか。 コンラッドは通してもらったと言っていたけれど、こちらの世界でそんなことが出来る人 の心当たりはまったくない。 有利は、まだ自分自身すら思うように動けないから期待できない。 ただ、話がしたいだけ。ただ、顔を見たいだけ。 「もう一度、言ってよ……コンラッド」 きっとまた逢えるよ。 「……コンラッドの声で聞きたいよ……」 「キャン!」 一階から聞えてきたジンターの鳴き声に、シアンフロッコを伏せさせていたままだったこと を思い出した。 「いけない。降りなきゃ」 涙を強引に止めようとして手の甲で擦ると、一応鏡を覗いてみる。 「……泣いたって一発でわかるよ、これ」 目は真っ赤になっているし、涙もまだ残っている。お兄ちゃんが見たら大騒ぎだ。 シアンフロッコを解放したら素早く風呂場に直行しようと決めて、鏡の中の茶髪のわたし に苦笑した。ウィッグを外しておかないと。 「そんなにコンラッドに会いたい?」 鏡の中のわたしに話しかけて、額同士を合わせるみたいに鏡に額を当てる。 眞魔国からの帰りに熱くなった額は、今は鏡のひんやりとした冷たさを感じるだけ。 「……会いたいんだよ」 そう自分に返事をしたとき。 ずぶりと頭が泥の中に突っ込んだような感触がした。 「はぁ!?ごぼっ!!」 そのまま、鏡の中へ。だから急すぎるんだってば! でも、これで。 コンラッドに会えるかも。 |
新ターンが始まりました。 地球では随分としおらしく…押してもだめなら引くのはやっぱり有効なのでしょうか。 (次男も好きで引いたわけじゃないんですけど^^;) |