に自分の可愛さを自覚させてみせるというツェリ様の心強いお言葉に、すっかり

気をとられてしまったけれど、ちょっと冷静になれよ、おれ。

今それどころじゃないだろ!?

おれがしっかりしなきゃ、コンラッドにを奪われるんだぞ!?





018.理解と納得の違い





ツェリ様の改造宣言に逃げ出したを、おれとコンラッドとヴォルフラムと

なんとツェリ様まで加わって四人で探索中だったのだが、どうやらツェリ様の号令

の元、今や船の乗組員のほとんどが捜索隊に加わっていた。

わらわらと空き部屋の中や甲板を探しに行く人を見送ったところで、ばったりとコン

ラッドと出くわした。

「陛下…そっちでも見つからなかったんですね」

コンラッドは残念そうな顔をしているが、正気を取り戻したおれはそのままお互いの

成果を期待しつつ別れたりしない。

「ちょっと待ったコンラッド。を見つける前に大事な話がある」

おれとすれ違おうとしていたコンラッドは立ち止まると、軽く苦笑した。

「なんだ、もう思い出しちゃったんですか?」

「やっぱり……おれがツェリ様の改造計画に気を取られている隙にとの

関係をすすめちゃう魂胆だったんだな?」

「魂胆と言われると悪巧みをしている気分になりますね」

「悪巧みでなくてなんていうんだよ」

「男の純情?」

ああもう!そのフレーズ気に入ったのかよ!!

「とにかく!真面目な話だ。よもや恋人希望の相手の兄貴をないがしろにするつもり

はないよな?」

のお兄さんでなくとも、どんなことでも陛下をないがしろにするつもりはありま

せんよ」

「いい心がけだ。けど、間違えるなよ。これは超プライベートな話だ」

「もちろん」

コンラッドは頷きながら隣の空き部屋のドアを開いた。




コンラッドが本気なのか冗談なのか、今のおれには判断をつけかねて、取りあえず

気合い負けしないように堂々と部屋に入って椅子に座った。

はコンラッドの冗談だと取ったみたいだけど、あいつの場合は自分の可愛さが

よくわかっていないんだ。

「まずさあ、があんたを引っぱたいたときの話を聞かせてくんない?」

そうだ、あのがコンラッドの横っ面を張り倒すだなんて、一体なにをしたんだ。

セクハラ行為なら、の場合は平手じゃなくて拳が出るはずだし。

「確か『絶対取り消さない』って言ったんだっけ?」

それと『なにがあっても後悔しない』だ。

なんとなく、この言葉だけでもおぼろげに答えが見えてくるような。

「たぶん、今ユーリが考えた通りだと思うよ。は俺に説教をしたんです。

その時に」

「だからそれ、いつの話」

「ユーリも側にいたんだけどね」

「おれが!?んな馬鹿な」

それなら見逃したはずがない。

「ヴォルフラムもいました。ふたりとも意識がなかったから」

おれがいて、ヴォルフがいて、意識がなかったときって。

「………代打ニック号の中?」

「そう、あの日の夜。ヴォルフが寝た後でね。俺が命に代えてもを守ると

言ったらね、こう、ばちんと」

コンラッドが笑いながら手を横に振って平手の真似をする。

「ああ……なるほど……」

それはが怒りそうなことだ。

「命を粗末にするなって?」

「そう。言葉の綾でも、自分のことをもっと大事にしろと」

それは結構ポイントの高そうな状況だ。

おれは腕を組んで唸った。

コンラッドが、本気なのか冗談なのか。

ますます判断がつけにくい。

本人に聞くのが、手っ取り早いか。

「コンラッド、ひとつ重大な質問だ」

「なんですか?」

「さっきに言ったこと、本気か?」

コンラッドの顔から、さっきまでの気楽な笑みが消えた。

真剣な眼差しでまっすぐにおれを射抜くように見る。

「本気です」

ああ、だめだ。

コンラッドは、本当に本気なんだ。

おれは腹の底から湧きあがってくるような嫉妬にか失望にかで、頭がぐらぐら揺れて

いるような錯覚を覚えた。

それとも、希望だろうか。

コンラッドなら、を救い出せると?

まさか。

「なあ、その気持ちって、今言った時にもったの?」

「もう少し前です。自覚したのは本当に少しだけ前。でもたぶん、一目惚れの要素

も入ってるのかもしれない」

「それって、の見た目が好みってこと?」

「容姿は好みですよ。でもそれは、あくまでを好きになった要素のひとつで

しかない」

だよな。見た目だけに惹かれるようなコンラッドじゃないだろう。

「……だったらいいけど……」

「陛下―――ユーリ」

コンラッドが姿勢を正す。

おれは、目を逸らしたい衝動を堪えなければならなかった。

「ユーリ、どうか俺にをください」




は普段は理性的なのに、ときどき外見を裏切るような荒々しい気性をみせるし、

かと思えば驚くほど優しい。

おれみたいに単純なんじゃなくて、色々と考え込む性質だけどそれは自分にも

他人にも厳しいからこそだ。

みたいに可愛くて男にもてるのに、女子にも人気があることは珍しいと思う。

まあ、がおれにべったりで他の男をにじり寄らせもしないことも、要因のひとつ

ではあるのだろうけれど。

だけどな、みんな。

だけどな、コンラッド。

の中には、消えない傷があるんだ。

親父もお袋も口出しできない……おれ以外が近付くことさえできない、深い傷が。

はそれを乗り越えようとして、懸命に明るく振舞っている。

それはしか経験したことがないという話ではない。世の中にはもっと大変な思い

をして、それでも強く生きている人がたくさんいる。

だけど、それとが強くなければならないのは、別の話だ。

と同じ目にあっただれかが、より雄々しく生きているからって、もそうで

なければならいってことじゃないだろう?

そのだれかとは、違う人間だから。

もちろん、自身のためには強くなるべきなのだ。

でも、ああ、本当におれは自分勝手だ。

モルギフのことでようやく自覚したと思ったのに、おれのエゴはを手放すものか

と叫んでる。

を側に置き続けることは、本当にのためなのか?

そうじゃないだろう、有利。

お前が、失いたくないだけじゃないのか?

おれだけがいればいいと強く縋りつく、あのか細い手を失いたくないだけなんじゃ

ないのか?

嫉妬は、どちらにしたのだろう。

を攫っていく可能性を持つコンラッドにか。

コンラッドを独占する可能性があるにか。

失望は、どちらにしたのだろう。

おれを置いてコンラッドの手を取るかもしれないにか。

おれよりもを取るようになるかもしれないコンラッドにか。

どっちにしても、それはおれのエゴだ。




コンラッドの真摯な申し出に、おれの沈黙は長かったのか短かったのか。

深く物思いに沈んでいたおれは、微動だにせず―――ひょっとしたら瞬きすらして

なかったかもしれない―――返事を待っていたコンラッドを見据えた。

正面から。目を逸らさずに。

「そういうセリフは、を落してからにしろ」

目を逸らさずに、だけど逃げた。

だって、おれにはまだ、をくれてやる勇気はない。

生まれたときからのおれの相棒。おれの半身。

あんな事件がある前から、元々はずっとおれにべったりだった。母親よりも父親

よりも、もちろん兄貴なんかよりも。

それが、おれにはたまらなく嬉しかったんだ。だって、他にだれが持ってるんだよ。

生まれた頃から、全身でお前が好きだって言ってくれるような人をさ。

その上で、あの事件以来はそれがより激しく、深くなったというのに。

それをさあ、いきなり横からきて「くれ」っていわれて「じゃああげます」なんて言える

ほど、おれは人間できてねーっていうの!

情けない言い訳になるけど、正論でもあるはずだ。

だってにとっての一番はまだ、おれだ。の気持ちが伴わない申し出を受け

なければならないいわれはない。

おれが押し負けないようにぐっと目に力を入れると、対照的にコンラッドは微笑んだ。

「わかりました」

なに、その余裕。

いくら自分がモテ男だからって、がそんじょそこらの女の子みたいに簡単になびく

と思うなよ!

今のおれ、とっても卑屈。

「では、にアタックするのを認めてもらえるということですね」

「な、ななな、なんでそうなるんだよ!?」

さっきまでの虚勢なんて、所詮ハリボテ。すぐさま本性を表しておれは大いに慌てた。

「おれはを落してからって……」

「だから、落せるも振られるも、挑戦してみろってことでしょう?」

次男、にこにこ。おれ、冷や汗。

「え?それってつまり、コンラッドの挑戦を邪魔するなってこと?」

おれ、ハメられた!?

「やだなあユーリ。が落ちない自信があるなら、俺がなにをしたって無駄なんだから

大きく構えていればいいじゃないですか」

「……あんたは落す気満々だろ!?」

「もちろん、好きだからね」

ごめん、。不甲斐ない兄を叱ってくれ。

おれ、この腹黒男にハメられたよ……。







勝者、コンラッド。
経験値が違いすぎますよ、お兄さん。



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