婚約ってなによ!?いつしたのよ!?

そんな話は聞いてない!!

言葉は頭の中でぐるぐる回っているのに、声にならない。ああ、こういうことって本当に

あるのね。

有利の英断に歓喜したことなどすっ飛んでしまって、事情を話せと詰め寄る有利に呻く

ことしかできなかった。

コンラッド、笑ってないでわかるように説明してよ!!





017.伝えたかった事(4)





「だってユーリ、は俺の左頬を平手で打ったんだ」

ああ、あの船での話ね。

って、とっても嬉しそうに語られても。

コンラッド、あなたマゾですか!?

有利は、これでもかというほど顎をがくんと落した。

ヴォルフラムは蒼白になって、ツェリ様は喜色満面。

「まあ、からの求婚だったの!?素敵!情熱的だわ。そうよね、女はそうでなくちゃ。

ああけれどもね、。殿方は追いかけると逃げてしまうもの。あちらから追わせるくらい

でちょうどいいのよ」

え、求婚ってなんの話ですか?

「な、なぜだ!?こんな半人間のどこがいい!」

半人間は、わたしもです。

じゃなくて、なぜって、ちょっとだれかそれこそ説明してください。なんの話?どうなって

るの?だれかわたしを落ち着かせて!

「ば、馬鹿!の馬鹿!!なんでいきなりおれを置いてプロポーズなんてするんだよ!!」

「ま、待って待って待って!!!いったいさっきからなんの話なの!?」

「だって!お前、コンラッドにビンタしたんだろ!?」

「し、したけどそれがなに?」

「やっぱりしたんだーーーー!!!」

有利がこの世の終わりだとでもいうように、ものすごい勢いで床に突っ伏した。

「ちょ、ちょっとちょっと……」

有利の背中を叩くべきか、コンラッドに詳しい事情の説明を求めるべきかで下を見たり

上を向いたり、どっちつかずで混乱する。

「コンラッド!」

とりあえず、余裕そうな方にいってみました。

「だから、。眞魔国では、左頬を平手打つのは求婚の行為だってことだよ」

な・ん・で・す・っ・て!?

そんな話は聞いてない!

「わ、わたしがコンラッドにプロポーズしたってこと!?そんな馬鹿なっ!」

だってあれは、あくまで怒りのビンタだ。なんでそれが。

あまりのことに声が出なくなったわたしの下で、有利が勢いよく起き上がった。

「知らなかったんだな、!?ビンタがプロポーズって知らなかったんだよな!?」

「あ、当たり前でしょ!!なんで怒りのビンタがプロポーズになるのよ!」

「よ、よし!ほらみろコンラッド!あんたの勘違いだ!」

「ま、まったくだコンラート!」

さらに勢い込んで立ち上がった有利は、なぜかヴォルフラムと肩を組みながら胸を

反らした。わたしたち三人とも、混乱している。

「でも、は絶対に取り消さないと言った」

わたしはぐっと詰まる。

言った。確かに。

「なにがあっても、後悔しないって」

!!」

有利絶叫。ツェリ様歓声。

い、言いました。

言いましたけども!

「で、でもそれは話の内容が違うじゃない!」

「俺は右頬を差し出したよ」

「まああああ、それは決まりね、決まり!もう絶対に決まりだわ!」

「ま、待ってください、ツェリ様!」

それは決まりって、あの右頬差し出しは、OKの返事だってことなの!?

コンラッドは絶句しているヴォルフラムに、にっこりと微笑んでみせる。

すごい。今、記録的寒波の到来を肌で感じました。

「ヴォルフ、お前は陛下の婚約者なんだよな?」

「あ、当たり前だろう。今さらなにを……」

「だから、俺もの婚約者なんだ。しかも、固く誓いあった、ね」

ヴォルフラムは押し黙った。

そ、そうか、ヴォルフラムと有利の婚約も、間違いから起こったんだっけ。

心強い味方が、ひとり戦線離脱した。

「か、勘違いを利用した契約は公序良俗に反するものとして、無効なのよコンラッド!」

「そ、そうだそうだ!コウジョリョージョクに反するぞ!」

有利、リョージョクじゃなくて、リョウゾク。それじゃあ、みんなで守るべき健全な秩序が、

一気にいかがわしい犯罪になってしまう。

「では

コンラッドが一歩、前へ出た。

わたしは押されるように、一歩下がる。

「俺の純情を弄んだと、そういうのかい?」

「ひ、人聞きの悪い!」

大体、純情って歳でも、経験値でもないんでしょう!?

「知らなかったんだから、しょうがないじゃない!」

「俺は嬉しかったんだけどな……」

うっ。

言葉に詰まった。本当に嬉しかったとすれば、ぬか喜びさせた責任は、確かに知らな

かったじゃすまない。

「つーかさ!コンラッドはがそんな習慣を知らないの、わかってるだろ!?喜ぶより

先にわかってたはずだろ!?」

「そ、そうよ。有利の例だってあるのに!」

そうだ。有利が先に同じことをしているんだから、気付かなかったとは言わせない。

「ああ。だけど、それでも嬉しかったんだよ」

「う、嬉しかったって、わたし相手で!?お世辞なんだかからかってるんだか知らない

けど、ここらで止めようよ!!」

有利の心強い援護射撃に勢いを得てコンラッドに指をつきつけると、なんと有利まで

黙ってしまう。

「え?なに、この空気?」

に求婚されて嬉しくない男がいると思うか!?」

「馬鹿言うなよ!おれだってから告白されたら嬉しいぞ!!」

ヴォルフラムのは有利似というポイント加算があった評価だとしても、有利の発言は

いささか問題があると思う。お兄ちゃんじゃないんだから、有利。

「ああ、そうか。ここの美の基準はちょっとおかしいんだっけ……」

わたしはがくりと項垂れた。ひょっとして、あっちの世界でツェリ様に告白されたくらい

の話だったりするの?こっちでは、この顔がぁ?

は自分の魅力に気付いていなのね?もったいない、あたくしに任せて!きっと

自覚を持てるようにしてあげるわ」

いきなり使命感に燃え出したツェリ様に、コンラッドとヴォルフラムのみならず、なぜか

有利まで拍手している。有利の裏切り者!

異文化コミュニケーションは難しい。




そうして、わたしは取りあえず逃げ出した。

あれは文字通り、遁走だった。

ツェリ様が振り上げた拳を下ろしながら、じりじりとこちらに近付いてきて、男共は期待顔。

なんだっていうのよー!!

その空気に耐えかねて、身を翻して部屋を飛び出した。

自分の部屋は危ない。彼らの興奮が冷めるまで、どこか捜索の手が伸びないであろうと

ころに逃げなくては。

クルーザーの廊下を走りながら、混乱した頭をどうにか働かせようと必死になった。

とはいえ、いくらクルーザーが広くても、隠れられるところなんて、たかが知れている。

後ろから追ってくる足音が、有利のものかヴォルフラムのものか、あるいはツェリ様の

ものかと考えて、最後にコンラッドの可能性を考えたときに血の気が引いた。

今、一番見つかりたくないのはコンラッドだ。

だって、さっきのあれが本気なのか嘘なのか、よくわからないんだもの。

十中八九冗談だと思っているのに、ほんの少し、本気だったらと期待している。

……期待?このわたしが、コンラッドの、異性としての好意を?

そんな馬鹿な。わたしは男の人なんて好きにならない。有利がいればよくって、有利

だけがすべてのはずなのに。

一体、なにに期待しているというの?

ますます混乱しながら角を曲がったところで、いきなりだれかと正面衝突した。

衝撃で転がりかけたわたしの腕を掴んで止めてくれてのは、ヨザックさんだった。

「ご、ごめんなさい!」

「いいえぇ、オレこそ申し訳ない。姫に怪我なんてさせたらグリ江、陛下と隊長によって

たかって殺されちゃう」

にやりと笑ってまっすぐに立たせてくれたヨザックさん。と、後ろから、足音が聞える。

「ぎゃー!!だれか来てるー!」

わたしが振り返って絶叫すると、突然宙に浮いたような浮遊感が。

「かくれんぼならグリ江にお任せ!」

荷物みたいに小脇に抱えられたとわかった瞬間。

「やだっ!男っ!!」

助けてくれようとした人の脇腹に、つい拳を叩き込んでしまった。

ご、ごめんなさい……。




「で、落ち着かれました?」

しこたま殴りつけてしまったことを、わざとじゃなくて反射なんですと言い訳する前に、

ヨザックさんは怒りもせずに、うなりながらだけど手を引いて部屋に連れてきてくれた。

他の船員と共同部屋らしいけれど、みんなちょうど出払っていて、ふたりきり。

それでお茶を勧められて、一口飲んだところで聞かれたのが、さっきの質問だ。

「ありがとうございます……本当に、助かりました」

取りあえず逃げ切ったと、安心のあまりカップを両手で持ってがくりと机に突っ伏した。

「まあね、姫の頼みならなんでもこいですよ」

いやに上機嫌な声を怪訝に思って振り仰いで見ると、わたしの正面に座ってヘラヘラ

と笑っている。

「なんか、機嫌いいですね」

「わかりますぅー?」

そりゃ、それだけニコニコされたらね。

「姫の忠告、本当だったからですよ」

こうも素直に認めてくれるとは思わなくて、驚いて目を瞬いた。

そうして、わたしも同じく上機嫌になってにんまりと笑う。

「ほらね、有利はただの子供じゃなかったでしょう?」

彼は、有利を認めたのだ。

有利こそが、自らの王だと。

「ええ、自分の浅見を恥じ入るばかりですよ」

肩を竦めてふざけながら、それが本音だと彼の目が言っている。

もう大丈夫だ。

ヨザックさんは、頭が回るだけに敵に回ると厄介だけど、味方であるなら安心だ。

コンラッドとヴォルフラムと、そしてヨザックさん。有利の、心強い味方。

もしも有利が再び彼をひどく失望させることがあればどう転ぶかわからないけれど、

有利に限ってその心配はいらない。する必要を感じない。

「そんでもってですね、姫。ご満足のところにオレからひとつ提案があるんですけど」

「提案?」

「ええ。オレは、自分の不明に気付きました。陛下に変わらぬ忠誠を誓うことを姫に

お約束しますよ」

「わたしじゃなくて、有利に誓えば……」

「ええ、ああはい。誓いは陛下に。姫には、それを見届けてもらいたんです」

「見届けるって……なにか特別な儀式でも?」

「いいえぇ、オレはただの下っ端ですからね、そんなものは必要としませんし、オレ

もわざわざ口になんてしませんよ。オレの忠誠の証は、仕事という態度で示します。

ですから、姫にもぜひオレの仕事振りを見ていただきたいわけで」

だんだん、嫌な予感がしてきた。うっすらとだけど、ヨザックさんの言いたいことが

解ってきた気がする。

「ですからね、ここからが提案なんです。姫にオレの仕事振りを見ていただきたい。

だけどオレの仕事は基本が隠密なんで、国政に関わらないなんて言ってたら見れ

ないんですよ」

「わたしは」

「ただの小娘なんかじゃないでしょう?陛下の真価を、見抜いてた」

「だからそれは、十五年も一緒に暮らした妹だから!」

ヨザックさんはいやいやと呟きながら首を振る。

「目の悪い奴には、どれだけ近くにいても、年月をかけても、見えないものは見え

ないんです。姫は、それが見えている。ただの身内びいきじゃなかった」

ただの身内びいきじゃない。それは、わたしの確信だったから認めます。

だけど、わたしの目は有利限定なのだ。有利にしか、ここまで絶対の信頼を持った

ことはない。

「そりゃあ姫、絶対の信頼を持てる相手なんてそうそういやしませんよ。陛下がそれ

だけの器の持ち主だからこそ、姫はオレに言ったわけでしょ?『見た目で測れない』

って」

「そ、そうは言われても」

「ま、急にどうこうしろって言うわけじゃありません。オレにその権限はないし、ただの

希望ですから。ただね」

ヨザックさんは空になったカップを脇に避けて、真剣な目をしてまっすぐに見据えてきた。

「玉座に陛下、そしてその横に姫がおられるのなら、オレは安心して任務に励むことも

―――戦場に出ることも厭わない、という話です」

真摯な眼差しに、わたしはうっかり反論の言葉を失くす。

それにしても有利はともかくわたしまで、なんだってこんなに信頼してもらっちゃったの

でしょうか。







ようやくヨザックとも和解できました…って和解を通り越して信頼まで
勝ち取ってしまいました。
とりあえず、有利の器が伝わったことに満足しておきましょう。



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