有利がコンラッドとふたりきりでランニングに出かけたと聞いて怒り心頭で飛び出して 行ったヴォルフラムを見送って、わたしは有利の部屋へと駆けつけた。 そこには困ったように佇むスケスケのネグリジェ姿のツェリ様と、ドス黒い棒になって 床で伸びているモルギフが。 「ツェリ様……これって」 「どうしましょう、。あたくし、あんまりこの子が不細工で変わっているから、 旅の間だけでもお部屋に飾ろうと思って」 ハイソな方のご趣味はよくわからない。 不細工とか思っているのに飾りたくなるものなの? 「運ぼうと思って手をかけたら、この子が噛んだのよ。あたくしびっくりして落として しまったの。そうしたら、急に元気がなくなったのよ。きっと、これが取れたせいね」 ツェリ様の白魚のような美しい手に、小さな黒い石が乗っていた。 「どうしましょう、………陛下はきっとあたくしをお叱りになるわね。嫌われて しまうのかしら……」 「ええっと、それは大丈夫だと思います」 有利がツェリ様を嫌うって……わざとじゃないことでは怒らないですよ、有利は。 017.伝えたかった事(3) ヴォルフラムに呼び戻された有利は、部屋の状態に唖然とした。 モルギフを見て唖然とするのはわかるけど、ツェリ様の妖艶なネグリジェ姿に顔を真っ赤 に染めているのはどう解釈すればいいの、魔王様? 怒らないだろうという予想はほぼ当たったのだけど、腕にしがみつかれた有利はツェリ様 の豊満な胸の感触に鼻の下が間延びしていた。 大らかな気持ちで、ではなくて色仕掛けに負けたように見えなくもない。 騒ぎを聞きつけたのか、部屋の入り口にヨザックさんの姿が見えたので、わたしが思わず 咳払いして有利の背中を肘で小突くと、ようやくよろよろと動いて床からモルギフを持ち 上げた。 「モルギフ」 『……うー……』 返事は返ったから、生きてはいるようだった。生きているって、剣だから無生物だけど。 ツェリ様がわたしにしていたのと同じ説明を有利に繰り返して黒い石を差し出した。 有利は手を伸ばしてモルギフを握り締めた。それ、剣じゃなくてバットの持ち方ね…。 唸るようにしてバット、もといモルギフの握り具合を確かめた有利は、突然奇声を上げる。 「なに!?今だれかなんか喋った?」 だれも話していない。 コンラッドもヴォルフラムもツェリ様もわたしも首を振ると、有利はもう一度モルギフに 目を戻した。 「なぜ女言葉!?」 やっぱり独りで慌てる有利に、ヴォルフラムがいよいよ眉をしかめた。 「誰と話しているんだ、ユーリ」 「も、モルギフと」 「モルギフってテレパシーも使うの?」 だって他のだれにも声は聞こえない。 と、わたしが首をかしげたところで、有利は急にくるりと部屋の入り口を振り返る。 「ヨザック!」 部屋の隅で傍観していたヨザックさんは、不意をつかれて背筋を正した。 「なんです、陛下」 「この黒曜石をお前に預ける」 「はあ!?」 部屋の中のみんなと同じくわたしだって驚いた。 驚いたけれど。 さすが有利。 思わず顔が笑ってしまう。 「ツェリ様が持ってるその石を、誰にも思いつかないような所に捨ててほしい」 「捨て……」 「なぜだ!?せっかく手に入れた魔剣の一部を、どうして捨てようなんてバカな真似を」 「そうよ陛下。いい耳飾になると思うわ。陛下の髪と瞳によく似合ってよ」 絶句するヨザックさんと、納得できないと怒るヴォルフラムと、純粋に驚くツェリ様と。 「陛下のご意思ですよ」 今度こそ、わたしはびっくりした。 なんでコンラッドはそんなに自然に、有利の意志を受け入れてるの? いくら有利の絶対的味方だからって、そんなにあっさりと。 コンラッドは笑って、ツェリ様の掌から石を摘みあげてヨザックさんに押し付けた。 ヨザックさんは押し付けられた石を見つめ、ちらりと横目でわたしがいることを確認して 含みのありそうな思案顔で有利を見据える。 「…オレがこれを持って姿を消して、他国の王に売り渡しちまったらどうするんです? それとも、逆にこいつを国に持ち帰って、陛下以外の人物に渡したら?」 「グウェンダルに?」 有利がたじろぐでも、迷うようなこともなく、まっすぐに見返してそう言い返すと意外 そうな顔をした。 有利はそれに対して、悠然と微笑む。 「それが眞魔国のためであると思うなら、そうするがいい。ただし……」 余裕の、そして確信のある笑み。 「おれはお前を選んだ。この人選を間違いにしないでくれ」 ヨザックさんは、意外そうに驚いた顔から、意味ありげな含み笑いを浮かべ。 「拝命つかまつります、ユーリ陛下」 確かに、頭を下げた。 ヨザックさんが丁寧に礼をして部屋を出て行くと、わたしは堪えきれずに有利に飛び ついた。 「有利!」 「っと」 いきなりのことで受け止めきれずに有利はたたらを踏んだけれど、後ろでコンラッド が支えてくれたようなので、遠慮なくぎゅうぎゅうと苦しいだろうくらいに力を込め て有利を抱き締める。 「やっぱり有利は最高だわ!」 ヨザックさんの最後の笑み。 あれは、確かに有利を認めたものだった。 「も賛成してくれるか?」 「もちろん!」 これで結局、カヴァルケードとのことは振り出しに戻ってしまったことになるけれど、 まだ戦争が始まったわけじゃない。 魔剣の抑止力では、有利の想いはだれにも伝わらない。 問題は山積みなわけですけれども、有利の英断は有利の理想への妥協なき一歩 のための尊いものに思えた。 だからこそ、なんとしてでも戦争を食い止めないと。 むしろ大変なのはこれからだ、となにができるわけでもないのだけど決意を新たに していると、有利がぎゅっと抱き返してくれる。 「ごめんな。は絶対に賛成してくれると、おれの考えを肯定するからと思って、 一番に相談できなかった。でも、やっぱりそう言ってくれて嬉しいよ」 一番に相談できなかったと聞いて、コンラッドがなぜ動揺しなかったのかわかった。 なるほど、前もって有利の決意を聞いていたのね。 コンラッドに負けたみたいで悔しいような、コンラッドがわたしほど有利のことを わかっていたわけではないと知って安心したような、とっても微妙な気分でいたら 有利ごと大きな手に抱き締められた。 「さすが双子ですね。よく繋がっている」 その声があまりにも嬉しそうだったので、わたしの気分も高揚した。 まあいいかと納得しようとしたとき。 「コンラート!」 ヴォルフラムが顔色を変えて袖を捲くる。 コンラッドは子供でもあやすように、はいはいと呟いて手を離した。 嫉妬深い婚約者がいて有利も大変だなあ。 名付け親なんて、家族との抱擁と変わらないのに。 その剣幕に恐れをなしたように、じりじりとわたしを抱き締めたまま横歩きで有利 が移動すると、ヴォルフラムはコンラッドに詰め寄った。 「以前より疑わしいと思っていたがウェラー卿、貴様やはりユーリによからぬ思慕 を募らせているだろう!?」 「おいおい、コンラッドもおれも男だぞ?」 有利のお決まりのツッコミは、わたし以外だれも聞いていない。 わたしは久々にゆっくりとできる有利との抱擁が嬉しくて、周囲の状況はわりと どうでもいいので、傍観を決め込んでいた。 「いいか、ユーリはぼくの婚約者だ!無駄な想いなど捨てるんだな」 「あら、だけどヴォルフは陛下となかなか進展していないんでしょう?」 ツェリ様が優雅な動作で、頬に白くて細い指を当てて混ぜっ返す。 「ツェリ様。なかなかじゃなくて、全然です。そしてこれからも、まったくです」 有利の小さなツッコミは、やっぱりわたし以外に聞こえていない。 「は、母上!」 「心配するなヴォルフ。俺のは忠誠。陛下に邪な劣情なんて抱いていないよ」 にわかに焦ったヴォルフラムに、コンラッドはのんびりと返した。 「ヨコシマも、レツジョウも、コンラッドが口にするとなんかホントに卑猥な響き に聞えるなー」 有利は名付け親に対してとんでもない感想をつける。一番の味方に対して それってひどくない? だけどそんな呑気なわたしたち兄妹の感想は、次の言葉で吹っ飛んだ。 「俺の婚約者はだから」 船室に沈黙が降りる。 コンラッドだけ、にこにこ。 「まあ……コンラート!」 ツェリ様、笑顔で手を叩く。 「な、なんだと!?」 ヴォルフラム、目を剥く。 「そ、そんなヒワイな関係、おれは認めないからなーーー!!!」 有利、絶叫。 婚約者って、卑猥なの?じゃあ有利とヴォルフラムは? と、いうか…ね………? 「へぇ………?」 わたしは、有利に抱きついたまま呆然と呟いた。 |
コンラッド、婚約発表。 発表した本人以外は呆然(除くツェリ様^^;) |