「じゃ、行ってくるから。有利はしっかり休んでてね」 「も休めよ。顔色まだ悪いぞ」 借りた民家の前で重そうにモルギフを包んだ布を抱える有利に、わたしは苦笑して 馬上に上がった。 「大丈夫、風に当たればすぐにすっきりするよ」 「でもさ……」 「じゃあ、ヴォルフラム」 まだなにか言おうとした有利の言葉を遮って、ヴォルフラムの方を向いた。 「なんだ」 「有利がフラフラ出歩かないように、見ててね。放っておくと心配だから」 「な、なにおう!」 「わかった。ぼくがついている。心配するな」 「頼りにしてる」 015.頑張るよりも(2) 街中を抜けるまでは少しだけ早足で馬を歩かせて、人もまばらになったところで 前を行っていたコンラッドが馬の足を落として横に並んできた。 「、大丈夫かい?まだ気分が悪そうだ」 「そんなことないよ。もう大分マシになったし」 「街を抜けたら少し飛ばすよ。無理をしていたら落馬なんていうことだけは勘弁して 欲しい。本当に大丈夫?」 「……しつこい」 「わかった」 コンラッドは苦笑して手綱を握り直した。 これから行く先で、だれかが死に瀕していたらどうしよう。 どうしようもこうしようも、わたしにはなにもできないけど。 これで有利が人を殺さなくていいと、喜ぶのだろうか。 人の死を目の当たりにして、悲しむのだろうか。 それとも死に怯える人に、同情するのだろうか。 死を期待していた自分に、罪悪感を覚えるのだろうか。 わからない。どれも本当の気持ちだ。 わたしはきっと喜んで罪悪感を覚えて、同情して悲しむのだ。 「………」 考え込んでいたら、いつの間にか街中を抜けていた。海岸線沿いらしい状態の いいとは言えない道がこの先に続いている。 わたしは慌てて馬の足を速めた。 「、少し気になったんだけど」 広くもない道で轡を並べて馬を走らせていると、コンラッドは少し言い辛そうに 口を開いた。 馬上の風は、本当に少しだけ気分の悪いむかつきを払ってくれた。 「なあに?」 「陛下もも、朝は元気だったから」 「ああ………」 急に体調を崩したことが、不思議だったわけね。 コンラッドには聞いてもらっておくほうがいいかもしれない。 他のだれにもそんな甘い泣き言はいえない。 コンラッドにくらいは、有利の状態を知っていてもらうほうが安心できるかも。 「環境がね」 「環境?」 「有利もわたしも、死に直面したことがないの。今まで、一度も」 「うん」 やっぱりこれくらいじゃわからないか。 「だから、人の死を、願うのがつらいの。期待している自分が嫌になる」 「………そうか」 コンラッドは短く頷いた。これで、伝わったのだろうか。 「ふたりは優しいな」 「―――コンラッドはいつでも有利の味方だね」 「ギュンターもね」 「それは、有利が王だから?」 「ユーリがユーリだからだよ」 にっこりと微笑むその表情に、わたしは慌てて前を向いた。 心臓がドキドキしている。話題は有利でわたしのことではないのに、その笑顔が まるでわたしに向けられたかのように感じてしまったからだ。 まったく、どうしてこう魔族の人たちは無駄に美形なんだろう。 吊橋効果じゃないけど、単なる笑顔にまでこうもトキめいていては、いつかなにか を勘違いしてしまいそうだ。 なにかって、なに? 思い浮かんだ疑問を、首を振って頭の中から弾き出すと、手綱を握り直して気を 引き締めた。 街から外れた療養所にたどり着いた頃には、さすがに動揺は収まっていた。 反対に、コンラッドの笑顔に混乱したお陰で忘れていた気分の悪さを思い出す。 ああ、憂鬱だ。 「、大丈夫?」 先に馬を降りていたコンラッドが、手を差し出してくれた。 その手を借りずに馬から降りる。 こんなことで意地を張っても仕様がないとは思うけど、今はほんの少しでも甘え たり頼ったりしたら、張っていた気が崩れるように思えたから。 コンラッドは苦笑して差し出していた手を、また子供扱いするようにわたしの頭に 軽く乗せる。 「気分が悪いならここで待っていてくれ。様子を見て、すぐに帰るから」 「いい、わたしも行く」 「」 「甘えるくらいなら、ついて来ない。わたしは有利とは違う。自分で決めたの。旅に ついてくることも、武器を手に取ることも」 だからこそ人の死にも、慣れるとまではいかなくてもせめて動揺しないくらいには ならないといけない。自分が手にかけるわけではない命の終わりにまで、動揺し てどうする。こんなことで、剣なんて振るえない。 「、無理はしないという約束だろう?」 「無理じゃない。平気じゃないなら、無理だってことになるわけじゃないでしょう?」 コンラッドが溜息をつく。 「の心構えは立派だと思うよ。だけど、いきなり慣れようとしたってできないこと もある。最初に飛ばしすぎると、かえってつまづくことだって」 「だけど、わたしはっ」 「じゃあ」 コンラッドはわたしの手を取って、目の前でぎゅっと握り締めた。 「な、なに?」 「せめて、俺と手を繋ぐこと。これが一緒に行く条件だよ」 「な、なんで手を繋ぐ必要があるのよ!」 振り払おうと上下に振るけど、コンラッドの握力に敵うはずもない。 「なんででも。これが呑めないならここで待っていること。どうする?」 「そんな理不尽な選択、する必要が見当たりません」 「じゃあはここで待っているということで」 「だからなんでそうなるの!?」 怒鳴りつけた次の瞬間、目の前が暗く翳った。 直ぐ目の前に、コンラッドの茶色い瞳が。 あ、茶の中に銀色の光が散らばっていて、ちょっと不思議な瞳………。 じゃなくて! 「………」 「コ、コココ・コンラッド?」 近い!近いってばっ!! コンラッドの吐息が唇を掠めて、顔に熱がこもる。絶対、今わたし真っ赤だ。 思わず一歩、後ろに下がったら自分の乗ってきた馬に軽く当たった。 コンラッドも一歩詰めてきて、ちょ、ちょっと更に近付いてるんですけど!! 吐息どころか、もうそのものが微かに触れかけてる。見えるのはコンラッドの瞳 だけという状況。 ゆ、ゆーちゃ〜ん、助けてっ! 「わ、わかりました!手を繋ぎましょう!!」 コンラッドの攻撃に耐え切れなくなって、わたしはぎゅっと目を瞑って俯きながら コンラッドの手を握り返した。 一体どういう攻撃よ、これ!! 「そう。なら、しょうがないな」 コンラッドが身体を起こしたらしく、わたしを覆っていた影が引いた。 しょうがないって、なにがしょうがないの!? 「行こうか、」 見上げると、してやったりの笑顔。 く、悔しい。 手を引かれながら、悔し紛れにコンラッドの手を痛いくらいに握り締めてやった。 これでも弓道に居合いと、握力はちょっと自信あるのよ。 さすがに顔を顰めたコンラッドは、それでも手を離そうとせずに療養施設への扉を くぐる。 わたしまけましたわ。 思わず回文で呟いた。 |
心配されるのは嬉しくても、その仕方に問題ありな気が……。 コンラッドの言うとおり、全力疾走しすぎて息切れしなければいいのですが。 |