なんて自信たっぷりに忠告をして部屋に帰ると、有利の姿が影も形もなかった。

眠っているヴォルフラムしかいなくって、慌てて宿中を探し回る。

もしやひとりで再チャレンジに行ったのではと、上着を引っ掛けて宿を飛び出したところで

有利がコンラッドと一緒に戻ってきた。

手に、魔剣を持って。

自分がなにもできなかった無力感を脇に置いて、まずはひとつ試練を克服した有利に

喜んで抱きついた。

有利は、しっかりと抱きとめてくれた。

その際、目があったコンラッドも微笑んでくれたけど、わたしは抜け駆けされた恨みを

込めて睨み返した。

あのとき、コンラッドは有利がひとりで山頂へ行ったことに気付いていたのだ。

そのくせ、わたしにはなにも言わずにひとりだけ有利を追って。

わたしの恨みなど理解できなっただろうコンラッドは、びっくりして目を瞬く。

村田健といい、コンラッドといい、わたしの有利を奪う勢いの人物が多くて、最近は

気が抜けない。





015.頑張るよりも(1)





「おひとりで取りに行ったんですか?こりゃ驚いた」

翌朝、ヨザックさんは予想外の有利の行動に少しだけ目を張った。

「コンラッドは気付いて追ったみたいだけど」

ヨザックさんの言葉に気を良くしながら、コンラッドと目が合うとわたしは恨めしげに

付け足した。

「有利とふたりきり……コンラッドずるい……」

「なっ……!ウェラー卿とふたりきりだっただと!?」

さっきまで、さすがユーリとわたしと同じく頷いていたヴォルフラムが椅子を蹴倒して

立ち上がった。

「しかも話によると、裸でなければ魔剣は取れなかったそうじゃないかっ!ユーリ!

この尻軽っ!!」

「な、ちょ、お、く、首絞ま……絞まって…る……ぐふ……」

「俺は迎えに行っただけだよ。暗かったし、陛下の玉体は見てないから安心しろ」

ヴォルフラムの手から有利を救出しながら、コンラッドは呆れたように言う。

その目はわたしにも向いているけど、だからなんだというの。抜け駆けには変わり

ない。

も滅多なこと言うなよ……被害はおれにくるんだから」

絞まっていた襟元を戻しながら有利が不平を鳴らす。

「本当のことだもん。有利、コンラッドだけ連れて行って……」

「待て。頼むからヴォルフを刺激するようなことを言うな。おれが連れて行ったんじゃ

なくて、コンラッドが迎えに来てくれたんだよ」

「どうせわたし、有利が出て行ったのに気付かなかったよ……」

には気付かれないようにしたんだよ。夜道だし、女の子が出歩く時間じゃない

だろ?」

有利が必死にわたしを宥めようとする。その懸命さにちょっと気が晴れた。

「陛……坊ちゃんも一人歩きは遠慮して欲しいんですけどね」

コンラッドが軽く溜息をついた。




魔剣を取ってくれば、この山にはもう用はない。結局予定通りに早々に下山して麓の

街で帰り支度…とはいかなかった。

「え?そのままだと魔剣は本領発揮できないの?」

鞘がないモルギフを腰に佩くわけにもいかず、布に巻いて有利しか持てないから有利

が抱えている大荷物に、わたしは眉根を寄せた。

だって魔剣がその力を見せるには、人間の魂が必要だとか言うんだもの。

まさしく、わたしが持つ「魔剣」のイメージに相応しい話だ。

ただし、有利が持つ剣のイメージとしては相応しくない。

「手っ取り早くて数を稼げるのが村の焼き討ちだなぁ。ちょっと頭数が減るけど一家

惨殺も有効じゃねえ?」

ヨザックさんが恐ろしい提案をする。

わたしが却下と叫ぶ。

「戦争を回避するためにわざわざこんなところまで来たのに、自分から開戦の口実

を作ってどうするんですか!」

「そうだぞヨザック。陛下がそんな恐ろしいことなさるわけがないだろう。かろうじて

闇討ちか辻斬りなら。ニッポンのサムライも昔やってましたよね」

コンラッド、お前もか。

思わずカエサルになりもする。それって、だからバレたら開戦の口実になることには

変わりないじゃない。

というか、人としてそれ以前の問題だ。有利に辻斬りなんてさせられますか。

「どんな黄門一行よ」

ふて腐れたわたしの横で、有利もブーイング。

「まったくだ!お前ら水戸の光圀公の名を汚す気か!倫理観の喪失もたいがいに

しろよ!?罪もない人の命を奪うなんて、おれにそんなことできるわけないっしょ!?

おれじゃなくてもヒトとして駄目だし!」

結果、ヴァン・ダー・ヴィーアの総合病院で慰安団を装って死人待ちをすることになり

ました。

な、なんて不謹慎な。

かといって、他に人の死に立ち会うような場所は思いつかない。

有利の手で人を殺すなんていうのは、もっての他だし。

西の病棟で重篤人が出たと聞けば、魔剣を抱えてそちらへ走り、東の病棟で臨終

間際の人がいると聞けば、一刻も早くと駆け付ける。

そうこうしているのに運がいいのか悪いのか、不謹慎な企みにバチが当たったのか、

昼になってもだれひとりとして死人は出なかった。

それどころか、臨終した人まで生き返ってしまう始末。ヴォルフラムなんて愛の天使

なんて異名がつけられてしまった。いやに似合うけど、魔族が天使。なんて複雑な

情況だろう。

病院の食堂で昼食をとりながら、有利は疲れきったようにテーブルに倒れた。

「……なんか、作戦として、駄目だったかもしれない」

周囲に人は少ない。それもそのはず、今日で祭りは終わり。宿の女将さんが教えて

くれたグランドフィナーレとやらが行われるので、病院が賑わうはずもない。

「………有利、大丈夫?」

顔色の優れない有利に、心配になって小さく声をかけた。

たぶん、わたしも大差ないと思うけど。

「……って、の方が顔色悪いぞ。お前、どっか宿取って休んでろよ」

コンラッドが有利の皿を見て、自分の分のデザートを渡す。

「本来の食欲とは程遠いな。どうしました?朝はそれなりに食べてたのに。病人食

で口に合わないんですか」

「そうじゃねーよ、そうじゃねーけど……」

言葉を濁す有利の気持ちは、よくわかる。

それでもわたしは取りあえず一人前は詰め込んだけど。有事に備えて、食べられる

ときに食べるのは基本だと思っているから。

ただでさえなにもできないのに、なにかあったときに空腹で集中できませんでした

なんてことになったら、情けないを通り越して生きているのが申し訳なくなる。

だから、無理して食べた。

わたしが無理をするのも有利に食欲がないのも、そして顔色が良くないのも、この

場所にいる目的のせいだ。

わたしも有利も、人の死にはまったく縁がない。

なのに、だれかが死ぬことを期待しているのだ。

罪悪感と、そしてそんなことを期待する自分に対する気持ち悪さで、なにかを食べる

どころじゃない。

軍人の三人には、鼻で笑われそうな甘っちょろさだ。どれだけコンラッドが有利に理解

を示しても、ちょっとこれには気付けないだろう。

コンラッドはわたしと有利を覗き込み、有利の頬に触れて母親が熱を測るように額を

くっつけた。

「よせって、ガキじゃねぇんだから!」

「熱はないけど顔色がいいとはいえないな。多分、昨夜の疲れも残ってるんでしょう。

午後は俺とヨザがそれぞれ西と東の施設へ行ってみます。あなたはとヴォルフと

街に残って。民家の二階を借りたから、宿屋よりは人目にふれずに過ごせるはずだ」

コンラッドの提案に、案の定有利が異議を唱える。

「ちょっと待てよ、メルギブはおれにしか持てないんだぞ!?おれが行かなきゃ始まん

ねーじゃん!?」

「有利、モルギフ」

わたしの小さい訂正はだれにも聞えなかったようだ。

「無駄足になる可能性も高い。それに俺だけなら馬を借りて片道二時間ってとこです

が、坊ちゃんがご一緒だと倍かかります。様子を見て、ことが起こりそうだったらすぐ

戻りますよ」

有利は渋々頷いた。わたしは少し考える。

「コンラッド、わたし一緒について行っていい?」

「………話を聞いてたのかい、?」

「わたしはひとりで馬にも乗れるし、ちゃんと走らせることもできる。まあコンラッドが

本気で走らせるならついていけないだろうけど………」

祭りの最中を行くのだ。いくら町外れに向かうからといって、疾走させるとは思えない。

は馬に乗れるの?」

「………ユーリ、お前というやつは」

コンラッドは目を瞬き、ヴォルフラムはじと目で有利をねめつける。

「な!?だ、だってしょーがねえじゃん!おれ、一般的な野球小僧だぞ!?日本じゃ

馬に乗れる奴の方が圧倒的に少ないの!」

「だがは乗れると言っている。お前は妹にも劣るのか!?」

「うちの家族で馬に乗れるの、わたしだけだから、有利を責めないでよ」

だけだと?」

「わたし、流鏑馬もやってるから」

「ヤブサメ?」

居合いといい、舟盛りといいさすがに日本独自のものはコンラッドも知らないようだ。

「馬に乗って決められたコースを走りながら、設置された的に向かって弓を射る競技

のこと。現代では大体は儀式的な意味合いものだけどね」

とはいえ、儀式的な意味の流鏑馬は女人禁制ということがほとんど。わたしが出た

のは地域の大会の女性枠の部門だったりする。弓だってまだまだ発展途上なのに、

馬に乗ってだなんて無理だと道場主の師範には抵抗したものの、こうなってみると

説得に流されてよかった。

「まったく……剣といい弓といい、さらに馬までもか。ユーリがへなちょこなのは知って

いるが、あまりに酷いと目に余るぞ」

「いやあのね、ヴォルフラム。だからわたしの方が珍しいんだってば。有利の方が日本

じゃ一般的だから……」

「ここはニホンとやらじゃないし、第一ユーリは魔王だ。一般的でどうする」

「それはこれから努力することでしょう?有利は魔王に就任してから、まだ一ヶ月しか

経ってないから」

いきなり超人になれるわけでもなし、ヴォルフラムだって一ヶ月やそこらで武術も馬術

も身につけたとは言わせないわよ。

大体、武術に関しては、あんまり有利を関わらせたくはない。

「だけど、もあまり顔色が良くない」

「………馬に乗って風に当たればすぐによくなるよ」

有利とは違う。

わたしは、武器を取ると決めたんだ。

人の死に怯んでいてどうする。自分で与えるわけでもないにときまで。

つらいからといって、甘えて休んで目をそらしていてはいけない。

真正面から死を、認識できるようにならなくては。

戦うたびに吐いていたら、すぐにこの命はなくなってしまう。

……有利だって危険にさらされる。

コンラッドはわたしの表情からなにかを読み取ったのか、少し考えてから頷いた。

「くれぐれも無理はしないように。つらいと思ったらすぐにユーリたちのところに帰るんだ。

それが約束できるなら、一緒に行こうか」

「はあ!?待てよコンラッド。も顔色が悪いって、あんたも言ってたじゃないか」

の希望だからね。それに、無理はさせないよ」

ヨザックさんではなくてコンラッドについて行きたいと希望したのは、彼とだと気まずい

から。それに、余裕を見せる演技を過剰に続けなくてはいけない。

さすがにこの状態でそれは勘弁して欲しいから、ちょっと自分に対して甘いとは思う

けどコンラッドに同行させてもらうことにしたのだ。

だけど後で、ヨザックさんについて行くべきだったと、死ぬほど後悔することになる。







剣に弓に馬に…。まあ、浜のジェニファーの娘ですし(^^;)
双子の兄は父の、妹は母の影響が強かったということのようです。



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