「ぜーんぜん、夢の島なんかじゃねーしぃ!」 有利が後ろで悲鳴を上げた。 気持はわかる。「道は舗装されていますから、子供でも楽に山頂まで行けますよ」なんて コンラッドの言葉は嘘だった。 こんな山道、舗装されているうちには入りません。傾斜もきついし。 「楽に登れる子供がいたら、世界スーパーチルド連に入れるよッ」 怪しげな団体まで作ってしまった有利の抗議に、コンラッドは涼しい顔だ。 「なにいってるんですか、こんな坂道。登攀訓練にもなりゃしない」 登攀訓練なんてしている高校生はいません。有利はそれでもまだスポーツ少年だから マシな方なのに。 「昼前になんとか登り切れば、時間に余裕がもてますよ」 「けどおれさっき胃の中のもん全部吐いた病人だぜ!?なのにこれじゃ苛酷すぎるよ」 「それは陛下が意地汚く、急にフルコースを食ったから」 まったくもってその通りのなので、これに関してはわたしも庇えない。 「それにほら、は平気な顔で先を行ってますよ?」 「と一緒にするなよ……」 「失礼ね!わたしだって疲れてるから有利を引っ張ってあげることもできないんじゃない!」 ムッと抗議をして振り返ると、有利の横で励ましているのだか貶しているのだかしていた コンラッドが少し呆れた声を上げた。 「………余裕があったら陛下に手を貸すの?」 「ゴールまでの距離がはっきりわかっていたら、少しくらい手を貸せる余力はあるけどね」 まだまだ先があるのなら、有利に手を貸してわたしもバテたりしたときが目も当てられない。 ヴォルフラムも息も絶え絶えだし。 コンラッドが溜息をついた。 どうせわたしたちはお互いに過保護です! 014.君がため(1) 緋毛氈を敷いた店は、まるで時代劇にでも出てきそうな茶店だった。 普段の有利なら喜び勇んで時代劇ごっこをしそうなものだけど、さすがにその余裕もなく へなへなと縁台のような椅子に座り込んだ。 「おかみ、団子と茶を」 ………そこまでいくと、時代劇好きも天晴れだわ。 出てきたものは、有利の期待を裏切ってクッキーと紅茶だった。 「……こんなはずじゃ……」 紅茶を力なく眺めて、さらに脱力している。 余力どころか朝飯前の腹ごなし程度の運動なのか、コンラッドとヨザックさんは涼しい顔 で白磁のティーカップを持ち上げている。有利とヴォルフラムは指先も震え、紅茶も飲める 状態じゃない。 「有利、結局丸二日なにも食べてないのと一緒なんだから、少しはお腹に入れとこうよ」 「………く、食えねえって……」 「せめて羊羹とか、喉越しのいいものならよかったのにね」 わたしは肩を竦めて紅茶を飲み干した。く〜〜疲れた身体に染み渡る! 「、本当に元気だね」 「コンラッドほどじゃないけどね」 「疲れてそうなら、ここから負ぶってあげようかと思ったのに」 「結構です」 疲れてはいるけど、謹んで辞退した。 わたしが二つ返事で断ったから、バテ組みふたりはそれなら自分を、とは言えなかった ようだ。男の子のプライドって、ときどき本当に楽するのには邪魔だね。 「すみません、なにか冷たくて喉越しのいいものありませんか?」 熱い紅茶と喉の渇くクッキーは、今の有利とヴォルフラムには拷問だろう。 ゼリーをふたつ持ってきてくれた美人店主は、奇妙な取り合わせのわたしたちに興味 津々といった風情で、器を渡しながら声を掛けやすそうで余力もあるわたしに声をかけ てきた。 「あのねお嬢さん、ご存知だとは思うんだけどもね。祭りの神輿が出発すんのは、ここ じゃなくって隣の山なんだけどもね」 「え!?ここは祭りと関係ないの!?」 ゼリーならとスプーンを握った有利が素っ頓狂な声を上げた。 「休火山はお隣の山だよ。ここは温泉宿が四、五軒あっただけで、それだってうちんとこ でおしまいだけども」 店から数十メートル離れた奥に、かなり淋しげな建物がある。 「ちょっとォ、おれたち間違えたらしいよ!?下山してもう一度チャレンジなんて、おれ はまだしも……」 ゼリーにも手を出せそうもないヴォルフラムは、虚ろな目をして動かない。 「……こいつなんかもう別の世界にイッちゃってるし」 「有利、有利。目的間違えてない?」 「隣の神殿を見たかったんですか?それは申し訳ないことを」 コンラッドはカップをソーサーに戻して説明した。 「休火山から駆け降りる炎の神輿なんかに興味があると思わなかったんで。俺達の用 があるのはこの山の頂上。勇壮な火祭りじゃないんです」 祭りの方も見たくなるような説明だね。もちろん有利もそんな様子を見せる。 「お客さん、山の上に行ってもどうしようもないよ」 店主は慌てたように止めてくれる。 「頂の泉はあれ以来、閉鎖されてるし、他に見るようなものなんにもないし!」 「あれ以来って何かあったのか?」 店主さんのちょっと怪談風な話。 「十五、六年前の夏の夜に、天から赤い光が降ってきて、そいつが頂の泉に落っこちて、 泉は三日三晩も煮え立ったんです」 「隕石だったんだ!?」 どこか有利は嬉しそう。男の子って、こういうロマンが好きだよね。 というか有利、もう目的忘れてる? 「……魔物だったんです」 「魔物?」 「そう、それから泉にはだーれも入れなくなって。入るとビビビっと痺れちゃうだけれども。 酷い人は心臓が止まったり、大火傷したりで大変なんです。湯に触らずに奥の泉まで 行って、魔物を見た人が一人だけいるんだけども、なんか銀色でピカピカしてて、掴もうと したらあまりのことに気を失っちゃったんです。そいつは半死半生で発見されて、今でも 意味のわからないことを呟くらしいです。顔の火傷はとうに治っているのに。顔が顔がって 喚くんですって」 ようやく有利にも話がわかったらしい。 その魔物が魔王にしか持てない剣でなくて、なんだというの。 すべてを解決できる唯一の人物であることを思い出した有利は、再び時代劇好きの性癖 を見せた。 「安心せい、おかみ。我々はその魔物を退治するために参ったのだ。じきに泉にも平穏が 訪れるであろう」 「……銀のピカピカを掴めりゃぁな」 「ヨザ!」 引っ掛かることを言い出したヨザックさんに、コンラッドの厳しい叱責が飛ぶ。 「だってそーだろ?これまで何十人もが被害にあってるんだぜ?坊ちゃんだけが無事って 保証はねーじゃん」 縁起でもないことを、縁起でもない笑い方で言う。ちょっと不謹慎なんじゃないの? 「ま、心配しなさんな。もうしそうなっても、オレたちが、縄で吊ってまたお船で連れて帰って あげっからよ」 カッとなってわたしが立ち上がるのと、コンラッドの声が鋭さを増すのは同時だった。 「ヨザ!無礼が過ぎる!」 続けて怒鳴りつけようとしたわたしを遮ったのは、他ならぬ有利が手を叩く音だった。 「そうだよ、船じゃん!」 ……どうやらヨザックさんの失礼な物言いは、それほど引っ掛かっていないようだった。 睨みつけるわたしに気がつくと、ヨザックさんはあの勘に触る笑い方で大仰にお辞儀を して見せた。 は、腹立つなあ、もう! わたしにはそれでもいい。 でも、もし有利に対して悪意があるというのなら。 腕っ節では敵わないのはわかってる。 でも、わたしはどんな卑怯な手を使ってでも、彼を有利に近付けたりしない。 |
少しヨザックと険悪? お兄ちゃんはひとり前向きですが、妹は物騒な決意を固めてます。 |