わたしのためにまで命も惜しまないというコンラッドを思わず平手で叩いて叱りつけたら、

妙に機嫌のいい笑顔で右頬まで差し出されて、わけのわからないままそのカッコいい顔

に収まらない動悸を誤魔化そうと無理やり寝ました。

そういや、確かにコンラッドの側で寝転んだわ、ええ。

でもね………なんで膝枕!?





012.影響力の大きさ(1)





「あっさですよー!」

ご機嫌な声とともに乱暴に扉が開いて、ぱちりと目が覚めた。

床で寝ていたせいか、背中が痛い。

あ、でもなんだろう、頭だけはそこまで硬くないものに乗ってる。でも枕にしては硬いし、

大体この牢屋にそんな上等なものなかったよね……。

これはなんだろうと摩っていると、上から戸惑うような、どこか嬉しそうな声が降って

きた。

「いや、……積極的なのは嬉しいんだが、ヨザックが見てる」

「はえ?」

扉の方を見ると、笑いを堪えたようなヨザックさん。

ごろりと仰向けに寝転がると、優しいコンラッドの笑顔。

「おはよう。よく眠れた?」

「うん、思ったより熟睡したみたい。枕がよかったのか…………な……って……」

この位置。真下からコンラッドを見てるよ、わたし。ほんと、真下。耳の直ぐ横には

当然コンラッドのお腹があって、だったらこのわたしの頭の下には当然―――。

「枕が?それはよかった。提供した甲斐があったよ」

コンラッドの、ひ・ざ・ま・く・ら。

「な、なんでえぇぇぇ〜〜〜〜〜!?」

だってだって、側には寝転んだけどコンラッドの膝になんて乗ってないって。

そんな覚えはないっ!

飛び起きたわたしに、ヨザックさんは両手に盆を持ったまま大笑いしている。

「いやあラブラブだね、隊長」

「そうだな。お前が少し静かに入ってきてくれたら、もうしばらくは楽しめたんだがな」

ヨザックさんの冷やかす笑顔が一瞬固まる。

「え、でもわたしなんで!?いつの間にコンラッドの、ひ、ひ、膝に!?」

「寝苦しそうだったから、俺がひょいと乗せたんだよ」

なんだ、コンラッドが勝手にしたのか。

って、いやいやいや。だからって男の人の膝枕で一晩眠ったのには変わりないし、

貸して貰ったことにも変わりない。

「あ……ありがとうございました」

板床の上で正座して複雑な気分で手を突いて頭を下げると、コンラッドが苦笑する。

「いえいえお粗末さま。俺が勝手にしたことだし、気にしないで」

お粗末さまだなんて返答、なんで知ってるのよ。

侮れない眞魔国の元王子を胡散臭げに見ていると、後ろで呻き声が聞こえた。

「うるしゃいなぁ〜………おまひぇたち、いまにゃんじだとおもっているんにゃ〜」

もう朝だよヴォルフラム。鉄格子越しに、朝日は燦々と部屋の一角を照らしていた。




「って、ことで朝飯持ってきました」

なぜか取繕うように持っていた三つの盆を床に置くヨザックさん。

さすがに手が大きいとウェイター持ちができるらしい。お盆三つでちゃんと四人分

入っていた。

メニューはパンと具なしリゾット、つまりお粥。…炭水化物ばっかり。どうなってんの。

まあ、あんなのを見た翌日だし肉も魚も勘弁だけど……気分が悪くなる。止めよう。

この状態での待遇と考えると、食事をもらえること自体を有難がるべきかな。

「そうか、ご苦労」

まだ半分寝惚けているヴォルフラムは尊大そうに言って頷いた。さすが元王子様、

奉仕され慣れている。わたしとしては落ち着かない。

四人分あるとはいえ、まだ有利は夢の中。

「………あれだけ騒いだのに、有利起きないね……」

コンラッドの肩を相変わらず枕にしている兄を見て、不安を漏らすとコンラッドは

笑って軽くわたしの頭に手を置いた。まるで子供を宥めるみたいじゃない。

「前に魔術を使ったときもそうだったよ。魔力の使いすぎで深く眠っているんだ。

きっと明日くらいには目を覚ますよ」

「うん…………」

「はいはい、姫も食べた食べた。起きてる人間は食べて体力つけとかないとね」

「はい」

差し出された皿を受け取ったわたしは、改めてヨザックさんの格好に気がついた。

「あれ?男装?」

「いやいや、俺、元々男だし」

「ああ、はい。わかってるけど、ほら、そういう趣味の人かなって思ってたから」

「ありゃ任務ですよ!」

「そうなんだ」

こっちの格好の方が目立たなくていいと思うんだけど、隠密で付いてきていて

なんでわざわざ目立つかなあ。

まあ、取りあえず有言実行。いえ、口にはしなかったけど心に決めてたので。

「でも、よく似合ってましたよ。仕草とか色っぽかったし」

なぜかコンラッドの動きが固まる。

逆にヨザックさんの笑顔はさらに深くなった。

「いやん、姫ったら。嬉しいこと言ってくれちゃってぇ」

その格好で女言葉は、止めてください。




「グ・グリエ!?なぜここに!」

朝食も半ばで、ようやく目が覚めたらしいヴォルフラムが初めて気がついたように

声を裏返した。いや、実際いま気がついたんだろうけど。

「………いやだなあ、閣下。ずっといましたよ」

ヨザックさん、からかいモードに突入。

「ずっととはいつからだ!」

「シルドクラウドからずぅ〜と」

「シルドクラウドからだと!?」

つまりこの船に乗ってからは、ずっと。

ヴォルフラムのショックは計り知れないようだけど、忘れてやないだろうか。

彼はキャビンからほとんど出ていないのだ。知らないのが当然だろう。

もちろん、ヨザックさんはわかっててからかっている。コンラッドは我関せずと

食事続行。

「姫だって、すぐに気がついたのに〜」

「な、なに!?まで気がついていただと!!」

ヴォルフラム、ショック倍増。いや、だから。

教えてあげようかとも思ったのだけど、あんまりヨザックさんが楽しそうで、

なんだかヴォルフラムもわざと驚いているように見えてきたので、わたしも

コンラッドに倣って食事を続けることにした。

「そっちはいいヴォルフ。それより昨日の襲撃のときだ。俺は部屋を軽くだが

荒らして出て行った。その上で陛下とお前はクローゼットの奥に隠していたの

に、そんなに細かく奴らは探索したのか?」

最後にお茶を飲み干して、コンラッドがヨザックさんのからかいを打ち切った。

もう食べ終わったの!?は、早い。

「いや、そんなことはない。ユーリのへなちょこが物音を出して中にいることを

気付かれたんだ」

「そ、それはへなちょこだね………」

わたしはがくりと脱力して床に両手をついた。

「しかもそれだけならまだしもユーリの奴、小動物の鳴き真似で誤魔化せない

かと言って」

時代劇好きな有利なら、考えそうなことだね。

「猫?」

時代劇で鳴き声小動物と言えばこれでしょう。天井ならネズミ、物陰ならネコ。

だけどヴォルフラムは首を振る。

「ぼくはネグロシノヤマキシーを薦めたんだ」

ネグ……?なにそれ!?そんな動物聞いたこともない。

「ああ、なるほど。そりゃまたポピュラーなやつですね」

……こっちではよく見かける動物らしい。

そんなの有利に鳴き真似なんてできるはずもない。

「なのに、ユーリときたら『にゃーあ』と」

「猫じゃない」

さっき否定したのに。

ところがコンラッドは額を押さえ、ヨザックさんはあんぐりと大口を開けた。

え、なに?

「お陰で探索していた人数が二人から八人に増えた。いくらぼくでもどうしようも

ない。というよりは戦おうとしたのにそこのへなちょこに剣を捨てろと命令された

んだ」

「ああ、それは」

コンラッドが「ユーリに感謝だな」と呟いた声は小さすぎて隣のわたしにしか聞こ

えなかっただろう。

「………ところで…さっきの」

「なんだ」

「有利の鳴き真似。なにが問題なの?」

猫の真似でなんで探索人数が増えるのかさっぱりわからない。

ヴォルフラムがわざとらしく溜息をついて呆れた視線を向けてきた。そ、そんな

目で見なくても。

「なんだ、やはりユーリの妹だな。物を知らない」

「そう言うなヴォルフ。陛下もも別の場所から来られたんだ。こういうことも

ある」

「いや、だから………」

なんなのよ、と言おうとしてその前にヴォルフラムが答えをくれた。

「猫は『めえめえ』だろう」

「『めえめえ」は羊でしょ!?」

そんな鳴き方する猫はいやだ。……ちなみに後日聞いたこちらの猫の鳴き声も

結構可愛かった。だけどこの時点でわたしの脳裏に過ぎった光景は、あの羊の

声そのもので鳴く猫。

不気味すぎる。

「じゃあ『にゃあ』は、なによ」

「ゾモサゴリ竜だ」

ゾモサゴリ竜?

どこかで聞いたような…そんな馬鹿な、わたしたちの世界でダイナソーは絶滅種。

竜といえばファンタジーの世界。ああ、ここはファンタジーの世界だった。

「ゾモサゴリ竜は幼生でも人を食べる。それでやつらが応援を呼んだ」

その時、そんなファンタジーな生き物の名前をどこで聞いたのか思い出した。




―――親分大変です!特別室のクローゼットにゾモサゴリ竜が!!

―――なんだとぉ!?




なるほど。

納得すると同時に、笑いが込み上げてきた。

「な、なんだ!?」

いきなり静かに笑い出したわたしに、ヴォルフラムがものすごい勢いで引く。

コンラッドも困惑顔だし、ヨザックさんも目が点。

それを見ているとますます笑いが止まらなくなる。

?」

いよいよ大笑いに入ってしまうと、引いていたヴォルフラムが今度は心配そう

に人の顔の前で手を振る。

失敬な。意識ははっきりしてるよ。

だって、これが笑わずにいられようか。

わたしはあのとき、必死に有利に助けを求めた。これはもう、ピンチのときの

条件反射なんだけど、有利だってなんでも頼られても困るのに。

そう思っていたのに。

有利は、ちゃんとわたしを助けてくれていたんだ。

さすが、魔王。

さすが、わたしのヒーロー。

さすが、ゆーちゃん。




笑っていないと、涙が零れそうだった。







コンラッドの行動が着々と大胆になりつつあり(^^;)
側にいなくても助けてくれるお兄ちゃんは偉大です(偶然だとしても)



BACK 長編TOP NEXT



お題元