「、それとせっかくだから俺からも大事な話があるんだ」 「なあに?」 相変わらず波と僅かな足音とヴォルフラムとユーリの寝息と、そしてコンラッドとわたし の声しかしない部屋で、コンラッドは少し表情を改めた。 あ、ら? なにか説教態勢だったりする? 「今度、なんてものはないように、俺も最大限努力はする。だけど、また今回みたいに 賊に襲われるようなことがあれば」 わあ、さすが軍人さん。鋭い視線は怖いって。 ……怒っているだけで、殺気なんて込めてないからまだこんなに余裕がありますが、 余裕がバレたらもっと怖いので神妙な顔で耳を傾ける。 「下手な抵抗をしたり、戦ったりなんて、もっての他だ」 ひょっとして、自分から突進したのバレてた!? 011.無理な約束(1) 「ええっとぉ………」 言い訳、なにかコンラッドを納得させられるような言い訳はない!? 有利と踊った女の子が襲われていたのでつい………。 だめだ、襲われたのが有利本人ならともかく、たったそれだけの縁で、しかも短剣で 突っ走ったなんて、火に油を注ぐようなものだ。 だけど、どうやらそれは杞憂だった。 「……魔族だと知って襲ってきているわけではないのなら、抵抗さえしなければ命は 奪われない。隠れ場所を見つけられたとき、戦ったのはわかっている。服に返り血が ついているからね」 ああ!なるほど、戦闘したのはバレてたけど、その状況まではまではわかってないと。 そりゃそうよね、見てたわけでもだれかが解説したわけでもないんだから。 ほっと胸を撫で下ろそうとして、一気に血の気が引いた。 返り、血? 血が目立たない赤いドレスだから忘れていた。 ううん、意識的に忘れようとして、色々あり過ぎたから、それが成功しただけなんだ。 ―――人を、刺した。 血が気持ち悪くて、自分の罪が恐ろしくて、思わずドレスのサイドにあった紐を解いた。 「!?」 コンラッドが驚いたようにわたしの手を止める。 それはそうだ。着替えもないのに脱ぎ始めたら、ただのストリップでしかない。 「待ってくれ。着替えたいのは判るけど、ここには着替えがな……」 コンラッドの制止の言葉は、途中で止まった。 わたしの、泣き出す寸前の顔を見てしまったからだろう。 「手……手に、残っ……て………血……血と、人を……さ、…刺し……た……」 戦場に出たことのあるコンラッドにとって、こんな甘くて情けない泣き言はないだろう。 でも、わたしは平和な日本で育って、刀も弓も鍛錬していても、あれは心身ともに鍛える ためのもので、人を、攻撃するためのものじゃない。ましてや、人を……殺………。 喉を込みあがってきた不快なものを、なんとか堪える。ヴォルフラムに吐くのは勘弁して 欲しいと思った身だ。自分も堪えなければ。 あの感触を消したくて、必死で擦り合わせるわたしの両手を。 「………」 コンラッドの大きな両手が、優しく包んでくれた。 「、すまない。きみが戦わなければいけないような危険な目に遭わせたのは、 俺の力不足のせいだ」 どうしてそうなるの? わたしはコンラッドを呆然と見上げた。 だって海賊に襲われたのはコンラッドのせいなんかじゃないし、コンラッドがどんなに 剣豪だってひとりで戦えるわけはない。 現に、コンラッドだってこんなに服に返り血の染みを作って―――。 返り血。 背筋が凍ったようだった。 今夜、この上で人が死んだ。たくさん死んだ。 その中には、この人が散らした命もたくさんあるだろう。だってこの人は、凄い剣豪なの だと有利が言っていた。 人を――した、手。 思わず振り払いそうになったそれを堪えられたのは、有利が態勢を崩したからだ。 肩から落ちかけた有利を、コンラッドがバランスを取って元に戻した。 わたしの手は包んだまま。 そうだ。この人は、コンラッドは。 有利を守って戦ったのだ。 わたしを危険から遠ざけるために戦ったのだ。 それなのに、振り払うなんておかしい。 「………自覚、しなきゃ」 もし今夜、コンラッドがだれかを……殺した……のだとしても、それは有利とわたしの ため。 有利と、わたしが弱いからだ。 有利はいい。 有利は守られるべき魔王だ。眞魔国の大切な王だ。コンラッドの大切な名付け子だ。 だけどわたしは違う。 眞魔国にも、コンラッドにも、直接は関係のない人間。ううん、半魔族だ。 この好意に、優しさに、胡坐をかいてちゃいけない。 自分で自分の身を守ると、そう言って無理やりついてきた。だから武器だって自分で 選んだ。 人を傷つける―――殺す―――覚悟がないなんて、そんなのは言い訳だ。 逃げているだけだ。だって、自分で武装したんじゃない。 コンラッドが動かないわたしを心配そうに覗き込んできてくれた。 「………?」 まだ、覚悟は足りない。きっと戦いになる度に酷い罪悪感と、恐怖に吐くのだろう。 そんなことに慣れる必要のない国を、世界を、有利は作ろうとしている。 だけど、まだそうなってはいない。 今はまだ。 だからわたしは。 「コンラッド…………」 恐ろしい、という気持ちは今もまだ、ある。 けど。 「わたしに、剣を教えて」 実戦で通じる剣を。 「…………」 コンラッドは困ったように眉根を寄せた。 「俺はが剣を握らなくてもいいように守るつもりなんだ。だから………」 「だけどわたしは自分の身は自分で守ると言ってついてきた。……これからも有利 の側にいるのなら、せめてそれくらいはできないといけないから」 コンラッドやヨザックさんの剣は有利だけを守るべきだ。どんなに優れた剣士でも、 守る対象が増えたら手間取るに決まっている。 「正直に言う。わたしはまだ人を傷つけるのは怖い。人を……殺したくなんか…ない」 「だったら………」 「だけど!……有利のことは守りたい。有利は、こんな戦いなんてない国を、世界を 目指している。でもまだそんなことにはないっていない。わたし有利の側にいたい。 でも、今のままじゃだめなの。有利の足を引っ張るのに、有利の側にいることなんて、 有利が許しても……わたしが絶対許さないっ」 真っ直ぐにコンラッドを見据える。震えは止まっていた。 「………」 わたしの真剣な目を見て、コンラッドも居住まいを正した。 「はそんなことしなくてもいい。そのために俺がいる。ヨザックもいる。グウェンも、 ヴォルフも、ギュンターもだ。はユーリの側にいて、ユーリの心を支えて欲しい」 「それと剣を覚えないこととは繋がらないよ」 「………」 困らせたいわけじゃないけど、ここは引くわけにはいかないラインなのだ。 有利がこれからもこんな風に飛び出していくことがあるのなら、ついていきたい。 でも剣のひとつも覚えないままでは、絶対についていけない。足手纏いになりたくない。 有利の弱点でいたくない。 わたしは、それでなくても有利の邪魔をたくさんしてきたのだから。 「のことは……もちろんユーリのことも。俺が命に代えてでも守る」 「…コンラッドが教えてくれないなら、ヴォルフラムに頼む。だめならヨザックさん。忙しい のなら、ギュンターさんに頼んでだれか斡旋してもらう」 絶対に、引けない。 コンラッドは暫らく息を詰めて睨みつけてきたけれど、やがて長い長い溜息をついた。 「あんなに震えていたのに?」 「慣れ……るのは、難しいかもしれないけど、なんとか押さえ込む」 「人を傷つける……あるいは殺すことになるとしても?」 「……有利を守りたいの。でも有利を言い訳にしないわ。わたしが有利の側にいるため だから」 「ユーリは怒るだろうね」 「わたしが謝る。一応、嘘の言い訳はしておくけど」 「嘘の言い訳?」 「腕がなまったらいやだから、鍛錬代わりだって」 そう、有利はわたしが実戦的な剣を覚えることなんて、絶対許さないだろう。 だから言い訳を。必然的にコンラッドにも嘘を強要することになるけど、わたしが有利の 側にいるためには協力してもらわないとどうしようもない。 ごめんね、コンラッド。 コンラッドは、もう一度深く溜息をついた。 「………俺は、厳しいよ?」 わたしは息を飲んだ。 引き受けてもらえて、嬉しい。苦しい。申し訳ない。怖い。 その全部を飲み込んで。 「よろしく、お願いします」 |
この決意が正しいのか間違っているのか。 それはだれにもわかりません。 あるいは一面で正しく、一面では間違っているのかもしれません。 |