正直、お父さんが魔族だと聞いたときだってショックだったのよ。現代日本で魔族なんて、 ファンタジー小説でもゲームでも悪者扱いなんだもの。 でも、わたしの場合は先に有利も魔族なのだと聞いていたから、まだすんなり受け入れら れた。魔族だからって、こっちの魔族のように魔術を使ったり、寿命が人間の五倍だった りなんてこともなくて、精々ほんの少し長生きするくらいだけだそうだし。 でもまさか、わたしの魂までこちらの世界のものなんてオマケがつくとは思わなかったよ! 010.笑顔の理由 時間で言えば深夜だろう。 階上から聞こえていた喧騒も随分前に止んで、聞こえるのは僅かな足音と波の音くらい。 ヴォルフラムは硬い木の上に横になって眠っていて、コンラッドに寝なさいと言われた わたしは蹲って膝に顔を埋めていた。 「」 コンラッドに呼ばれて顔を上げる。 「眠れない?」 一応寝ている振りはしていたけど、バレバレですか。 優しい笑顔で手招きされて、膝で立ってハイハイするようにして側に行く。 「なんか、まだ興奮が残ってるみたい」 「それでも眠った方がいい。目を閉じるだけでもいいから」 「うん」 快食快眠快便は健康の基本だと、道場でも口を酸っぱくして言われています。 わたしも普段は実践してます。 でも、今みたいな特殊な条件下でそれをやれと言われても。 ヴォルフラムはしているけどね。 どうせわたしは平和ボケした日本人ですよ。 にゅっとコンラッドの手が伸びてきて、わたしの頭を掴むと逞しい胸に引き寄せた。 「コ、コンラッド!」 「しっ、ヴォルフが起きる」 言われて慌てて口を押さえる。幸い、眠っているヴォルフラムからはぐぐぴぐぐぴと少々 風変わりな寝息が変わらず聞こえた。 「で、で、あの、この態勢は」 いくぶん声を潜めると、コンラッドも潜めた声で囁いた。 「ベッドがないからね。俺の胸も硬くて申し訳ないけど、木の床よりはマシじゃないかな」 マシじゃありません! 確かに木の床で寝転ぶと身体が痛いし、冷たいし、明日の朝には間違いなく筋肉痛と 腰痛を引き起こしそうですけど、こっちはこっちで心臓に悪い。デッキでのことは、緊急 事態だったからこそだ。 「い、いい、いいよ。有利も片方の肩借りてるのに、わたしがここを借りたらコンラッド 身動きひとつできないじゃない」 「一晩くらい大丈夫だよ」 「手足が痺れたら悲惨だよ!?うちン家では痺れたことがバレたらみんなして突っついて きたりして………」 わたしはなにを言っているのだ。 とにかく、コンラッドの胸に手をついて起き上がった。 「大丈夫なのに」 「わたしが気にする」 「なんにもしないよ」 「なんにもって、なにが!?」 なんだか堂々巡りだ。 コンラッドもそれを感じたのか、溜息をついて壁に背中を預け直した。 「ユーリには言ったけどね。俺は、ユーリのためなら手でも胸でも命でも差しあげるって」 「わたしは有利じゃないです」 「ユーリのためなら、って言っただろう?きみを大事にしているユーリだから、きみのため に差し出すのもユーリのためさ」 「モノスゴイ詭弁に聞こえるんですが」 コンラッドがにっこりと笑う。なんだか企んでるようでもあり、無心のようでもあり。 「もちろん、俺が一番に思うのはユーリのことだよ。だけど」 油断していた。 また、コンラッドの胸に抱き寄せられる。 「のためにだって、手でも胸でも命でも、差し出すよ」 「う………」 わあぁーーーー。 顔から火が出るとはこのことではないだろうかってくらい、熱い。 な、なんて気障な台詞がさらりと出るんだろう。異世界人も外国人の一種には変わりない ということでいいのか。見た目も欧米白人風だし、中身もそうなんだろうか。 一番身近な男性が、見た目も中身も日本男児の有利だというわたしとしては、背筋が寒く なる。同時に、やっぱり顔が熱い。 こっちも負けじと再びコンラッドの胸に手をついて起き上がる。 「だから大丈夫だってば」 「でも、脱出のためにも、にも万全の体調でいてもらわないと」 「………脱出?」 「このままここに上陸までいたら、今度こそ軍隊に取り囲まれてバラバラに収監される だろう。そうしたら、脱走はますます困難になる」 「それはそうだけど、ここは海の上だよ?」 「海だからこそ、手はあるものさ」 そういうものか。 まあ、プロの軍人さんの言うことだから、なにか考えがあるのだろう。そういえば。 「ヨザックさんは上手く紛れたんだ?」 「ああ。そのための別行動でもあるしね」 恐らく、彼が鍵だろう。コンラッドはわたしたちと一緒に収監されていて、なにもできない のだから。 「そういえば、さっき」 「なに?」 「手でも胸でも命でも差し上げるって言ったの」 「ああ。来る気になった?」 コンラッドは有利が肩にもたれていない方の腕を広げてウェルカム態勢をとる。 「ち・が・い・ま・す。命っていうの!」 思わず声を荒げてしまって、慌ててまた口を押さえた。 振り返って確認したけど、ヴォルフラムは熟睡中だ。 改めてコンラッドの前に正座する。 「その命っていうの、嫌だから訂正して」 「嫌だと言われても。俺がのために死ぬのは嫌かい?迷惑?」 「思いっきり」 きっぱり言い切ると、コンラッドは困ったように目尻を下げた。 「だけど本当のことだ」 「嫌なの。だって、有利とは違ってわたしは眞魔国になんの責任もないのに。なのに 守られるのが当たり前だなんて思えない。有利の妹だけど、それだけだもん」 「それが大事なんだ」 「わたしなんかに差し出すものがあるなら、全部有利に差し出して」 「………」 ふと、コンラッドの表情が和らぐ。苦笑を見せた。 「それはもちろんだよ。だけどそれと………」 「有利に差し出して。そしたら、有利は絶対に、なにがあってもコンラッドの命を拾って みせるから」 証拠なんてないけど確信していること。ブラコンだと笑いたければ笑いなさい。 でも、有利は当たり前のように人からなにかを巻き上げる人じゃないもの。 それが命ともなれば、絶対にその命ごと一緒に生きようとするもの。 だからこれは、真実。 コンラッドが面食らったように目を瞬いた。 この人のこんな表情、初めて見る。 いつだって余裕の顔で。 海賊騒ぎのときは真剣な様子だったけど、意表を突けたのはこれが初めて。うん、満足。 コンラッドは、柔らかく笑った。 「そうだな……ユーリは、最高の魔王だから」 わたしが今まで見た中で、この笑顔が一番素敵だった。 |
絶対の信頼は、家族だからこそだけではありません。 有利が有利だからこそ、言い切れることもあります。 |