倒れたのはもちろん有利だった。 焦るわたしに、コンラッドは落ち着いた様子で魔力の使いすぎだから疲れて眠っているだけ だと教えてくれた。 有利を助け起こしに行かないと、と騒ぐわたしをやっぱり落ち着いたままコンラッドは樽の上 に降ろして、懐から取り出した布を靴代わりに素足に巻きつけてくれた。 半泣きになってヴォルフラムが骨を払うのを横目に、コンラッドが骨を蹴散らしながら有利の 側まで寄っていて、抱き上げて帰ってくる。 そうこうしているうちにシマロンとかいう国の巡視船から兵士が乗り移ってきて。 あれれ?なんでこっちを取り囲んでるんでしょう? 海賊はどう見てもあっちだってば。 009.仕掛けられた罠 驚いたことに。 かなり悪趣味な方法とはいえ海賊を駆逐した有利を中心とした魔族であるわたしたちは、 客船の牢屋に放り込まれました。こんな客船にも牢屋ってあるのね。 三畳程の薄暗い小部屋に、窓には鉄格子。床も壁も剥き出しの木のまま。 この世界では魔族と人間の関係がすこぶる悪いとは何度も聞いたし、人間の前で魔族と 知れると危険なのだとも何度も言い含められた。 なのに、それを目の当たりにして、少しならず衝撃を受けた。 だって、目の前で協力し合ったのに。 身体の中に流れる血が違うってだけで、あんなにあっさり掌を翻すんだ。 怯えたように遠巻きに見る目や、蔑むような罵声が耳に残っている。 「大丈夫、?寒くはない?」 肩を抱いて蹲ったわたしに、寒いのかと勘違いしたコンラッドが優しく声をかけてくれた。 ううん、ある意味ではとても寒いのかもしれない。 「大丈夫、平気」 有利はまだなにも知らずに、平和そうな顔でコンラッドに寄りかかって眠っている。 目を覚ませば、現状を知って傷つくだろう。 だって、有利は人間と魔族が仲良くなることを願って、それを実現するために魔王になった のだから。 目の前で善行をしてもこの扱い。道のりははるか遠い。 「コンラッドも、ヴォルフラムも、短気な兄でゴメンね」 「が謝ることじゃない。ユーリも間違っていない。愚かなのは、人間共の方だ」 ヴォルフラムはムスッとして早口に答えた。 怒っているのは、言葉通りに有利に対してではなくて、人間に対してだろう。 「まあね、あのままだとわたしと有利とヴォルフラムは確実に海賊船に連れ去れて売られて たよね………」 「そして俺は、この船ごと沈められて海の藻屑だ」 わざと言わなかったのに、コンラッドはさらりと指摘した。自分の生死がついさっきまで危う かったのに、こんなにあっさりと。これが、戦争を経験した軍人というやつなのでしょうか。 それともただの年? 「」 「ぅわ、はいィっ!」 失礼なことを考えていたので、慌てて返答した声は裏返っていた。 うう、恥ずかしい。コンラッドを見ると、きょとんとした顔をしていて、ヴォルフラムは怪訝そう。 あう……。 「、さっきのことなんだが」 コンラッドはあえてスルーしてくれたようです。ありがとう。 「さっき?」 「さっき、ユーリが魔術を発動したときだ」 「ああ、あれ」 わたしがゲンナリして答えると、ヴォルフラムは青い顔して口元を抑えた。ただでさえ船に 弱いヴォルフラムだもんね。でもお願いだからこの狭い部屋で吐かないでよ。洗面器なん てないんだから。 「の様子も変だった。なにか、身体に異変が?」 口元を押さえていたヴォルフラムは、コンラッドの言葉にぐっと喉を鳴らしてなにかを飲み 込んだ。なにをかは、知りたくないけどわかってしまう。 「なんだと!?、具合が悪いのか?ああ、なにか着る物を。だがぼくはバスローブしか 着てないし」 「ああ、そうだな。寒いのなら俺の上着を」 「いい、いい!大丈夫。今はなんともない。平気」 肩から滑り落ちないように有利の身体を抱きながら上着を脱ごうとしたコンラッドに、慌てて 手を振って断る。本当に、今はもうなんともない。 「今は、ということはさっきはやはりなにか調子がおかしかったんだね?」 「うーん、と………」 実のところ、あれがなんだったのかわたしもよくわからない。 なんにもなかったではあまりに嘘だし、有利の魔術を見て貧血で、では目を覚ました後に 魔術に気がついたのだからおかしい。なので、ありのままに話す以外に方法はない。 「ええっと、わたしもわからないんだけど……有利が魔術?を使ったあたりで急に吐き気と 頭痛と脱力感が襲ってきまして、周りの声も聞こえなくなって、どうやら一時的に外部からの 感覚という感覚が、麻痺してたみたい」 「な…………だ、大丈夫なのか、それは!?」 ヴォルフラムが青い顔をして立ち上がる。 わたしの額に手を触れて熱を測ったり、手を取って脈を診たりするけれど、異常はなかった ようだ。それはそうだろう。今はなんともない。 「それだけ?」 「それだけって、コンラート!」 ヴォルフラムがひとりでエキサイト中。コンラッドはわたしの話からなにかを読み取ろうと しているようで、顎に手を当てて少し考え込んでいる。 「あと、声が聞こえた」 「声?」 「うん、男の人の声。ええっと……そう、『引き摺られるな』って」 「引き摺られる?」 「『魔王の魔力に引き摺られるな。引き摺られただけ、引き戻せ』って。で、目が覚めたの」 「そうか………その男の声に聞き覚えは?」 「知らない人。でも、声は聞いたことある」 「知らないのに聞いたことがあるだって?」 なにを言っているんだと言わんばかりのヴォルフラムに、小首を傾げて人差し指を頬に 当てる。 「こっちの世界に来たときも聞こえた声。それでしか知らないの」 「こっちに来るときに!?」 「その時は、なんと?」 「『おかえり』と『幸運を祈る』って」 「なんだ、それは」 「さあ………?」 なんだと言われても困る。こっちだってさっぱりわからないのだから。 考え込んでいたコンラッドは、わたしの視線に気付いたようにゆっくりと微笑んだ。 安心しなさいと言うことかな。 「まあ、ふたつだけわかったな」 「ふたつだと?」 「が倒れたのは、ユーリの魔術にの中の魔力が引っ張られたということだから、 強制的に魔術を使ったのと同じような作用が起こったんだろう。その上で、ここは人間の 土地だ」 「なるほど」 「な、なるほどって、ヴォルフラム納得しないでよ。それってわたしに魔力があること前提 の話じゃない。わたし半分は人間だし、残りの魔族の部分も地球産だし!」 「ユーリもそうだ。ユーリの妹なのだから、それもありうることだろう」 「で、でも有利はこっちの世界の魂を持っていて……」 「それだ、。声は『おかえり』と言ったんだろう?」 ………言いました。 でもそれって。ああそれって。 「なるほど、の魂もこちらの世界のものだということだな」 せっかく人がぼやかそうとしたのに、きっぱりはっきり言ってくれたよ、ヴォルフラム。 わたしがこの世界に来たのって、事故じゃなかったの!? |
魂はこちらの世界産でした。 |