他の乗客たちがぞろぞろと追い立てられる先頭に立たされて、おまけにひとりだけ両手

は頭の上で、背中には切っ先が突きつけられているという乗客の中では特別待遇。

生き残った船員と同じ扱いってことで。つまりは立派な戦闘員と見なされてしまいました。

ますますごめん、コンラッド。

向かう甲板からはまだ戦闘をしているのだろう、乱れた足音と剣戟が聞こえる。

そこにこれから足を引っ張りに行くのだ。もう、ホントに情けなくて涙が出るよ。





007.大丈夫なんて嘘(3)





甲板へ続くドアの前に船員の死体が転がっていた。思わず足が竦むけど、背中を切っ先

で突付かれて目を瞑ってそれを跨いだ。

甲板の上では、海賊と船員の死体がいくつも転がっている。

悲鳴を上げそうになって、ぐっと堪えた。その中に、茶色の髪とオレンジの髪を見つける

ことができなくてほっとする。

コンラッドはまだ剣を振るっていた。大きな怪我はないみたい。よかった。

「はいはーい、ちゅうもーく」

わたしに切っ先を突きつけていた海賊が声を上げると、コンラッドや船員たちがこちらに

気がついた。

コンラッドの表情がぎょっと強ばる。

ああ、本当にごめんなさい。

もう心の中で何回謝ったかしれないほど謝りましたが、まだ足りない。足りることなんて

ないだろう。

最悪の事態が頭を掠めて身が竦む。

人質を取られたのだと知ったコンラッドや船員たちが剣を下げ、剣戟の音が止んだ。

その中を、目立たないようにじりじりと位置をずらす影を目の端に捉えた。

ヨザックさんだ。

わたしを救出しようとしているのだろうけれど、残念です。人質はわたしだけじゃない。

わたしが再び切っ先で背中を突付かれて前に出ると、更に追い立てられた乗客と生き

残りの船員が甲板に現れて、ヨザックさんも諦めて剣を放り投げた。

船員と男性客、女性客と子供と分けられて武器を構えた男にぐるりと囲まれる。

とりあえず、恐れていた最悪の事態、今すぐ戦闘員は皆殺しとはならなかった。

……いちいち殺して回る手間を省いただけかもしれないけど。

同じ女性戦闘員でも、ヨザックさんは男性客側、わたしは女性客側に回された。

………少しだけ、救われた気がしたくらいは許されるでしょうか。




甲板を見回しても有利とヴォルフラムの姿は無い。コンラッドが上手く隠してくれたの

だろう。ほっと安堵すると、コンラッドとばっちり目が合った。

あ、あら?怒られると思ったのになんでそんな申し訳なさそうなの?

ああ、ひょっとして隠れ場所から引きずり出されたとか思ってらっしゃる?

ごめんね。わたし隠れなかったの。最初から海賊と斬り結んで捕まったのよ。

……しかも短剣で。

今考えると己の無謀にゾウッとして背筋に冷たい汗が伝う。あんな短剣で、よく大きな

怪我をせずに済んだものだ。こうなってから落ち着いて海賊の獲物を見ると、立派な

半月刀。あんなの短剣で真正面から受けていたら頭まで真っ二つだったよ。受け流せ

たのも日頃の鍛錬の賜物だ。

ありがとうございます師範。本当にあなたは命の恩人です。…今のところ。

「おお〜こりゃ上玉じゃの!」

「親分!」

横手から聞こえた声に、そちらを見るまでも無く顎を掴まれて振り向かされた。

ええ!?上玉ってわたしのこと!?

っていうか………。

こ、これが親分!?芸人さんとかじゃなくて!?

背は低めで肩幅は広く胸板も厚い。ほとんど白に近いシルバーブロンドは、もみあげ

と顎鬚が繋がっている。古い傷が頬に残る赤ら顔は、見事に海の男の面構え。

だけど、着ているのは……どの角度から見ても、セーラー服。しかもズボンじゃなくて

ギャザースカート。白と水色のセーラー服。

こうやってみると、ヨザックさんの女装は本当に見栄えよかった。だってかなり大柄でも

一応女性に見えたもん。後で言えるチャンスが与えられれば手放しで誉めよう。うん。

まあ、海賊の方は女装のつもりはない……んだと思いたい。

「かなり高こう売れることは間違いないが、売っちまうのはちと惜しいのう」

人が唖然呆然としている間にも、品定めは進んでいた。さらに顔を持ち上げられて息が

詰まる。痛いってば!

「どれ、ちと味見でも………」

は!?味見って………。

歯を磨いているのかと疑いたくなるような臭い息が鼻につく。

「ちょっ……ちょっと、人に断りもなく…………っ」

思わずホールドアップしていた手で海賊の親分の顔を押し戻す。

だけど子分に手を掴まれて後ろに回された。

いやーーーー!!こんな男とファーストキスなんて冗談キツイ!

わたしは男の人ダメだし、一生キスすらしないままだろうなと思ったりもしてたのに。

こんな男とだなんて、もっとイヤ!

首に力を入れてどうにか捻ろうとするけど、凄い力。これじゃ筋を痛めるだけだ。

あ…………。

忘れかけていた………忘れようとしていた光景が頭の隅を過ぎる。

家族で旅行に出掛けたキャンプ近くの神社の雑木林。夕暮れの赤い空。烏と蜩の

寂しい鳴き声。

大人の男の、荒い息遣いと嘲笑。

『静かにね、大人しくしているんだよ』

押さえつけられた両手。声が出せないように噛まされた猿轡。

赤い空。

赤い、血。

―――――――――――――――――――――――――――――ゆーちゃん!

「親分大変です!特別室のクローゼットにゾモサゴリ竜が!!」

「なんだとぉ!?」

男が離れた。




まだ心臓がバクバクいっている。どっと冷や汗が噴出して、震えが止まらない。

手足が氷のように冷たくなっている。頭が鉛のように重い。

怖い。

ゆーちゃん、側に来て。

ゆーちゃん、側にいて。

違う。来ちゃダメ。

捕まらないで。

怖い。

どうか無事でいて。

萎えそうになる足。冷たくなった両手を叱咤するように握り締める。

ゆーちゃんに助けを求めちゃダメだ。いつまで頼っているつもり?

八年もの間ずっと側に引っ付いて、陰に隠れて。

ゆーちゃんの自由を束縛していたのに。

ゆーちゃんは嫌な顔ひとつせずに、いつも優しく元気に笑って頭を撫でてくれた。

背中を摩ってくれた。抱き締めてくれた。

いつまで甘えているの。いつまで寄りかかっているの。

ゆーちゃんは自分の道を歩き始めたのに。

魔王になるって、この国を平和にするんだって。

たくさんのことを背負い込むのに、わたしのことまで預けていちゃいけない。

自分の足で立つの。震えを止めて、自分でしゃんとしなさい、渋谷

…………お願いだから、止まって。

どれだけ言い聞かせても、震えも冷や汗も引かなかった。







頑張るために、周囲の人の力を借りる事は決して恥ずかしいことではありません。
ですが線引きは自分で決めないといけないことも確かです。



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