おれがベアトリスと踊っている間に、カクさんことコンラッドはミス・上腕二頭筋をナンパ してました。 肩なんて組んで親密そうに。 それで会場を見回してみると、の姿が無い。 は男が嫌い…というか怖いし、おれ以外と踊ることなんてできないだろうから、おれ がコンラッド、ベアトリスと続けて踊っているうちに暇過ぎて帰っちゃったんだろうか。 なにはともあれせっかく可愛くしてたんだから、おれと一回くらい踊ってくれてもバチは 当たらないだろうに。 コンラッドもをほったらかしてナンパというのはどうだろうと思ったけど、おれだって ベアトリスと踊ってたんだから人のことは言えない。部屋に戻ってに謝り倒したら、 部屋の中でいいからちょっとだけでも踊ってくれないかな。 ぴっかりくんじゃないけど、を誉め殺しにできるくらい、おれは本当にが可愛い と思っている。少なくともこの会場でに敵う相手はいない、などとぴっかりくんとは 争いになりそうなことを考えながら、部屋に戻ってのご機嫌を伺うことにした。 「応援してるぜコン……カクさん」 チームメイトの恋愛の成就は願うのが友情ってものだ。 ついでにに対するアピール戦線から脱落してくれたら言う事はない。 心ひそかにエールを送って会場を後にした。 007.大丈夫なんて嘘(2) ちょっとしたアクシデントに見舞い足早に帰って来た部屋には、驚いたことにの姿 はなかった。 代わりにいたのは、ふかふかバスローブとターバンみたいに頭にタオルを巻いた湯上り マダムのような格好のヴォルフラム。 「あれ、は?」 「なにを言っている。あんなにドレスアップしたんだ。こんなに早く帰ってくるわけない だろう。それよりユーリ、踊ったのか?」 「それよりって、じゃあどこ行ったんだろう?」 「踊ったのかと訊いているんだ!」 険のある声、眉間のしわ、腕組みしたまま仁王立ち。なぜかお怒りモードだ。 「そりゃ踊りますよ、踊りに行ったんですからね。それがどーしたの、なんでそんな刺々 しい言い方なの」 「この尻軽!」 「はあ!?」 男に向かって尻軽とはどういうことだ? おれの翻訳機能の誤りでないのなら、別の意味が込められているはずだ。 「………ああ、フットワークが軽いってこと!?」 以外にニアピンでも該当項目が無い。若干どころか文脈が繋がらないんだけど。 「ああ、おれのこと誉めてんのか。そうそう、尻は軽いにこしたことはないよ、セカンド への送球も早くなるし」 「裏切り者と言ったんだ!」 「……はあ!?いつどこでだれがだれをどのようにして裏切った!?おれはだーれも 裏切らないし、この先も裏切りません!裏切るときは信念が折れるときだし、裏切れば どうなるかも判ってる!それでもお前は裏切れっていうのか!?」 「いいか!?確かにお前は外見だけは上等だ。だがいくら可愛いからって貞節もなに もなしでは、貴族の伴侶として認められないぞ!?」 「ちょっと待て!可愛いのはお前だろ!?もしくはのことを言うんだ。それとその 貞節ってのはなん……」 突き上げる衝撃がきたのは、重要な質問の途中だった。 揺れは一回だけで終わったようだ。 「ほらみろ、タイタニックだ!きっと氷山にぶつかったんだ!」 「航路は暖流だぞ?」 「暖流でも氷山に当たったんだーっ」 そうだはどこだ!?まさかデッキにいて、氷山がぶつかった衝撃で海に放り出され たりなんてしてないよな!? おれが錯乱していると壊れるくらい乱暴にドアを開けて、コンラッドが部屋に駆け込んで きた。 「ユーリ!」 彼らしくなく表情が強ばり、袖には酒をこぼした染みまである。 「よかった無事に戻ってたんだな。ヨザが大丈夫とは言ってたけど」 「ヨザ?ヨザってあのセンターでゴールデングラブとれそうな女性?あのねぇ悪いん だけどコンラッド。ミス・上腕二頭筋とうまくいったか聞いてる余裕はないんだよな。 なあ、この船沈む?それにこの非常時にが行方不明なんだ!」 の名前を聞いた途端、コンラッドの顔に苦味が走った。え、なにそれ!? 「沈没することはないと思う、けれどそれ以上にまずいことになった。ヴォルフラム!」 「なんだ」 「剣はあるか?」 「ある!」 船酔いと不機嫌で青白かった頬が、目に見えて興奮の朱に変わる。剣を振るえる のが嬉しいのだろうか。斬り合いがそんなに楽しいか? 「よし、じゃあ二人とも、ここに隠れて」 「コンラッド!は!?」 コンラッドにクローゼットへ押し込まれつつも再度アタックする。 さっきの反応は、おれの嫌な予感を揺り動かした。 「冷静に聞いてください。この船は賊の襲撃を受けています」 「海賊!?」 「そう、もうかなりの数が突入してきている」 「じゃ、コンラッドも早く隠れろよ!ああ!!が!!!」 「お願いだユーリ、落ち着いて。は別の場所で隠れてもらっています。それに、 こういうときのために、俺がいるんだ」 ウェラー卿は、こっちの息がつまりそうな笑みを見せる。 「できる限りデッキで食い止めます。この部屋は逃げた後だと見せかけるから、 足音がしなくなるまで我慢してください。決して短気を起こさないように。を 探しに行ったりもしないでください。あなたの声が聞こえれば彼女は隠れた場所 から出てきてしまう。逆に危険なんです」 早口におれに言い含めると、扉に手を掛けた。 「あなたに万一のことがあれば、ギュンターも国民も泣きますからね」 「あんたは?」 「俺?」 「泣いてくれるんだろ」 少しだけ目尻を下げる。 「そのときは違う場所で再会してるよ」 それはどういうこと、と訊く暇はない。細身の剣を握り出て行こうと躍起になって いるヴォルフラムを宥めなくてはいけなかったからだ。 「ぼくも外で戦うぞ!ぼくの腕を信じていないのか!?」 「信じているさ。だからこそヴォルフ、陛下のことを」 さすがに伊達に八十年も兄貴はやってない。一言で気の強い美少年を黙らせた。 おれは堅苦しいジャケットを脱ぎ捨て、腕をまくって三男と肩を組む。 「よーし、じゃ、弟さんのことはおれに任せろ!」 「頼もしいね……ユーリ」 ヴォルフラムが目を離したすきに彼はおれの首に腕を回し、引き寄せて短く囁いた。 「俺が戻れなくても、許してくれ」 「なん……」 両開きの扉が閉められて、コンラッドは足早に行ってしまった。甲板へと遠ざかる 靴音は、あっという間に周囲に飲み込まれる。 意味深く不安な台詞を残して、彼は戦場へと去ってしまった。 せっかくコンラッドが隠してくれたのだが、結果から言うと捕まってしまった。 しばらく続いた戦闘の音が聞こえなくなると、コンラッドではなく明らかに海賊と 思われる人間が部屋に入ってきたのだ。 部屋を物色しながらコンラッドのことを話し始めた連中に、思わず身を乗り出して 物音を出してしまった。 とりあえず時代劇のお約束として小動物のふりをしてみようと、子猫の鳴き真似 をしようとしたらなんとこの世界で「にゃー」はゾモサゴリ竜の鳴き声なんだとさ。 なんだよ、ゾモサゴリ竜って! ちなみに猫は「めえめえ」だそうだ。 知ってたか、? 世界って広いな。 ここは異世界だ。 |
いつでもどこでもお兄ちゃんは妹のことを忘れません。 でもふたりとも捕まってしまいましたー。 |