おれは今、非常に面白くない。 なぜ面白くないかというと、面白くない光景が目の前で繰り広げられているからだ。 ビリヤードもどきから帰ってくると、とヴォルフラムがすっかり仲良くなっていた。 ヴォルフラムは、そこらの女の子よりも麗しい容姿をしているし、おれの婚約者を豪語して いるからを恋愛対象にしたりはしない。 にとってはポイント大加算の男友達だろう。 だからって、ディナーに着ていくドレスも、舞踏会に出るドレスも、ヴォルフラムの意見で 決めるってどうなんだよ! ディナーには淡いピンク色のドレスに踵の低いピンクの靴、赤茶色に染めた髪をツイン テールに上げてからくるくると団子状にしてドレスと同色のリボンで括っていた。 服装から髪型からヴォルフラム監修。(髪のセットそのものはが自分でしたけど) 舞踏会に向かう今は、薄いレースを何重にも折り重ねてふんわりと裾の広がった真っ赤 なドレスに同色の踵の高く細い靴。髪は頭の高い位置からふたつに分けた編み込みを 項近くで大きくカーブさせて後頭部の輪郭をなぞるように巻いて頭に留めている。 三つ編みからはみ出した後れ毛隠しのアクセントは大きな赤いリボン。耳には銀でできた 月の形のイヤリング。 涙が出るほど可愛くて、他の男になんて見せたくない〜〜ってを、ヴォルフラムが完成 させたのだ。 おまけに、最後の仕上げとばかりに同じく銀製のネックレスをヴォルフラム手ずからに つけてやった。 おのれヴォルフラム!!安全パイだと思っていたのに!! もだ!いくら女みたいな顔してるからって、ヴォルフラムはお前の嫌いな男なんだぞ! と、怒鳴りたいのを必死で堪えて、おれは正装に必要な道具をしっちゃかめっちゃかに 探していた。 005.立派な片想い 「有利、なに探してるの?」 薄化粧まで終えて、すっかり身支度を整えたがようやくおれの方へやってきた。 女の身支度より遅いって、おれはどうなってるんだ。 「このバンドの、ここんとこを留める金具みたいなやつ」 のコーディネイトには力を入れていたヴォルフラムは、おれには興味がないようだ。 おい、婚約者はおれのはずだろう? 自分で言うのも嫌だが、にベタベタされるのはもっとイヤだ。 「ああ、こんなことなら三等客室とって、終点までずーっと閉じこもっていたほうが、 目立たずに島まで行けたんじゃねえ?おれ別に二段ベッドで相部屋でも、寝台車 だと思えば我慢できるし」 それなら舞踏会やらなにやらで、ヴォルフラムがに急接近もなかったのに。 「ぼくはそんなこと耐えられない」 「計画じゃお前は来ないはずだっただろー!?」 「その計画自体が間違っていたんだ」 言いたい放題だ。さすが元プリンス。わがままを言ってても様になる。 「その箱には何が入っているんだ?」 「ん?ああこれはギュンターが、旅には絶対必要で必ず役に立ちますからって…… 本だな」 外側の油紙を手荒に剥がすと、緑色の山羊革の表紙をつけた高級そうな本が現れた。 ハードカバー、金の箔押し文字でタイトルがあるが、悲しいことにおれは魔族の文字が 読めない。 横から覗き込んでいたが、眉を顰めながらたどたどしくだが、表題を読んだ。 「ええっと……春…から、始める……夢日記…」 眞魔国の文字勉強は同時スタートどころかおれの方が先に始めたのに、の方が 一歩ならずリードしている。あ〜とからき〜たのにぃお〜いこ〜さ〜れ〜、だ。 勤勉なと勉強嫌いのおれはこんなところでも発揮されてしまった。 が、今はそれより気になることが。 「日記帳ぉ!?なんだあのセンセ、おれに紀貫之にでもなれってのか」 「有利、こっちに紀貫之いないし」 から本当だがどこかズレたツッコミを受けている間に、ヴォルフラムがおれの手から 日記帳を取り上げてパラパラとページを捲った。 「……本日、初めて陛下にお会いした。陛下は私の乏しい想像力で思い描いていたより も数倍も数十倍も素晴らしい方だ」 「なに?」 「黄金色の麦の穂を背にして馬から降り立たれたユーリ様は、白く優雅な指先で漆黒の 髪をさらりと払い、ご聡明そうな輝く瞳で、私に向かって仰った」 「わーっちょっと待て、それは何だ!?ギュンターがおれに書かせようとしている新しい 日記帳じゃないのか!?」 「わー、ゆーちゃん少女マンガの王子様みたい」 が追い討ちをかけるように、パチンと手を叩いて喜ぶ。嫌味じゃなくて、本当に喜んで いるのだと、輝いた表情とおれの呼び方が物語っている。 勘弁してくれ。 「忠実なる真友フォンクライスト卿よ、私が戻れたのはお前のおかげだ」 「そんなことは言ってなーいッ!」 がキャっと歓声を上げる。 どうしておれが、他人の日記でこんなに悶え苦しまなくてはならないのか。自分の日記 を朗読されているなら、のたうち回るのも頷けるが。 「ユーリ、用意は…ずいぶん元気になったんだな、ヴォルフ。ギュンターの『陛下ラブラブ 日記』をどこで手に入れた?」 居間から覗いたコンラッドが、苦笑いを浮かべつつタイを結ぶ。 「うう……おれにとっちゃサブサブ日記だよう」 「新品のと間違えて包んじゃったんだろうけど。さ、いつまでも聞いていたいのでなければ、 早く服を着ちゃってくださいよ。も準備はできているみたいだし」 「はい、有利」 日記の朗読を聞いて喜んでいるだけかと思っていたは、おれの探しものを見つけて 差し出してくれた。 この空間から逃げ出したくて、おれは高速で着替え始める。 その間にも、背後の入り口ではコンラッドがをナンパしているのが聞こえた。 「可愛いね、。とってもよく似合うよ」 「あ、ありがとう………」 はにかんだの声がすっごくいやだ。100歳前後のじじい相手に頬染めてんな! 「ヴォルフラムが見立ててくれたんだよ」 「……………へぇ」 コンラッドの返事に変な間があったが、こっち系に鈍いは気付かなかっただろう。 さっきはおれも貶したけど、ナイスだヴォルフラム。 「急に仲良くなったんだな」 「ぼくは恩というものを知っているからな」 一旦朗読を中断して、ヴォルフラムは勝ち誇ったような目をコンラッドに向けた。 いまだ。さっさと着替え終えなくては。 「が持ってきてくれた薬はよく効いた。服を見立てるくらいはその礼だ」 「ヴォルフラムのコーディネイト、わたし大好き」 が胸元のネックレスに手を当てて微笑むものだから、ヴォルフラムの笑みは益々 勝ち誇り、コンラッドの笑みは怖いくらいに深くなる。 おれの右半身は熱いし、左半身は寒い。はよく冷気の元の傍らで笑っていられる。 「確かに、赤いドレスが今の髪の色と合ってよく映える」 おお、大人だコンラッド。内心は押し隠し事実だけを述べることに専念したか。 おれはようやく着替え終えて、魔族似てねぇ三兄弟の次男三男の戦いからを救出 して続きの間に出た。 「待ってください、ユーリ」 コンラッドが慌てて後を追ってきた。 おれは牽制の意味を込めて、の肩を抱き寄せながらじろりとコンラッドを睨みつける。 「ユーリ!浮気するなよ!!」 ヴォルフラムの釘刺しがなければ、決まっていたのに。 舞踏会の会場へ向かう道すがら、がとんでもないことを言い出した。 「さっきの日記、いいなあ………」 「はあ!?」 「…………………………」 おれが素っ頓狂な声を上げ、コンラッドは声もなくを見下ろした。 「ゆーちゃんを表現する形容詞、ギュンターさんはたくさん思いつくみたい。弟子入りさせ てくれないかなあ」 「ちょ、ちょっと待て!冷静になれ、冷静に!!」 「そうですよ。文学的表現を求めるなら、なにもギュンターでなくとも眞魔国にはたくさん 名作といわれる小説や古典があるから」 コンラッドも微妙に焦っているようだ。 奇遇だな、気が合ったよ。こんなことで確認したくもなかったけどな。 「えー?でもわたしも、ゆーちゃんとのラブラブ日記綴ってみたい……」 ちょっと奥さん(誰?)、この子本気ですよ。おれのこと昔の呼び方してるしな。 嬉しいけど、嬉しいけど、あの手の書き方はちょっとアレだ。いくらおれがを愛してる とはいえ、これは試練がきつすぎる。 「べ、別にギュンター的表現じゃなくても、書きたいならの言葉でいいじゃないか」 ナイスおれ!そうだ、別にあのサブサブ日記と表現方法さえ違えば、がおれとの ラブラブ日記を書いてくれるのは大歓迎だ。 「ええ?でもギュンターさんのあの文章がラブラブっぽいのに」 ほんとに勘弁してくれ。 |
有利の災難(笑) シスコンのお兄ちゃんはヤキモチ焼きです。 そしてブラコンの妹に怖いものはないようですけど(^^;) |