有利曰くの代打ニック号に乗り換えると、ヴォルフラムくんがいてびっくりした。 婚約者の有利を心配してこっそり着いてきていたそうで。 あ、なんかいじらしい。 感心するわたしの横で、有利は頭を抱えて、コンラッドは苦笑いだった。 と、ここまではよかったのだけど、ヴォルフラムくんは船に弱いらしく出航してすぐにベッドの 住人になってしまった。うーん、決まらない。 少しでも酔いがマシになるようにと部屋に置かれた水差しから注いだ水を持っていくと、 ヴォルフラムくんは青い顔してコップを受け取った。 コンラッド曰く、魔族としてのプライドが高いヴォルフラムくんはどれだけつらかろうと会った ばかりの他人から簡単に施しを受けることなどないそうで。しかもわたしは半分が人間の 上、眞魔国とは直接関係のない地球産の魔族。 有利は驚いていたけど、首を捻りながらもコンラッドが出した結論はわたしが有利の妹だ からだろうということだった。 未来のお義兄さんになるかもしれないのだから、友好的な関係を作れるにこしたことはない と喜ぶと、有利は頭を抱えて部屋の隅に蹲っていた。 まあね、有利にその気がないのはわかっているから半分以上冗談なんだけど。 でも、嫌われるよりは受け入れられた方が嬉しいのは誰だってそうでしょ? 004.嬉しい誤算(3) 豪華客船二日目。 朝からヴォルフラムくんの船酔いは絶好調。朝ごはんの話題にすら眉を寄せて、お兄さん ばりの不機嫌さで有利を追い出した。 その有利と入れ違いで、わたしが船室に戻ってくると枕を抱き締めていたヴォルフラムくん が不機嫌そうな声を上げた。 「なんだ、お前もさっさとユーリについていけ」 それだけ話すのも億劫そうだ。 「はい、行きます。でもその前に、これ船酔いの薬を医務室から分けてもらってきました」 実は昨日も医務室行きを試みて、失敗したのだ。医務室という発音が悪かったらしく、 場所を聞いた船員に通じなかったせいだ。 コンラッドにも頼んでみたけど「これくらいはいい薬だ」と取り合ってもらえず、仕方がない ので今朝もう一度トライしたというわけ。 「………人間の薬など」 「まあ、そうおっしゃらずに。あ、もしかして魔族は人間の薬だとマズイですか?」 人間同士だって大人と子供では飲む薬が違ったりする。まして種族違いとなると、なんら かの大きな影響が出たとしてもおかしくはない。 「人間ごときの薬で、ぼくらをどうこうできるものか」 ええっと、つまりは別に毒にはならないと。 「なら飲んでみてもいいじゃないですか。薬が効いたらヴォルフラムさんも楽になると思い ますよ?」 「…………だが」 「このままだと有利が野放しになっちゃいますよ?」 有利の不貞を心配しているヴォルフラムくんだから、これでどうだと思ったけれど、思いの 他効果が上がった。 「………寄越せ」 ベッドの上でのそりと起き上がる。 わたしは笑顔で水と薬を差し出した。 ヴォルフラムくんに薬を飲ませて寝かしつけると、有利とコンラッドを追ってダイナーに向かった。 ちなみに、この格好で剣を帯びてはおかしいのでコンラッドに預けてある。短剣だけベルトで 脚に固定してはいるけれど。どこの女スパイだ。 ダイナーに入ってきたわたしに気がついて、有利が軽く手を挙げる。 「……じゃないオギン、遅いぞ」 「ごめんなさい、お兄様」 船の乗り換えに当たって男役から女役に変わったので、役名もヤヒチからオギンに変更。 あら、オギンなら女スパイでもあながち間違いじゃないわ。正しくはくノ一だけど。 「それにしても、ミツエモンとオギンが兄妹って、なんだかなあ」 有利とわたしは顔を見合わせて苦笑する。コンラッドにはわからないだろう違和感だ。 「ヴォルフラムとなにか話でも?」 内気なお坊ちゃんとは思えない食べっぷりを披露する有利の横から、コンラッドが控え目に 話しかけてきた。役所が従者なので、彼は同じテーブルにはつけない。 「船酔いの薬を届けてきたの」 「ああ、本当にとってきてやったんですか?人間の薬なんて飲まないと突っぱねたでしょう?」 「最初はね。でも結局飲んでくれたよ」 コンラッドは驚いたように目を見開いた。楽になるための薬でも飲まないと思われているなんて、 ヴォルフラムくんの人間嫌いは筋金入りのようだ。 「へえ、あのヴォルフが……ふぅん…………」 コンラッドがなにかを考え込んで呟いている。 小首を傾げたわたしに気がついて、コンラッドはなんでもないと微笑した。 う、カッコいい…。鼻血は勘弁して。 コンラッドから目をそらすとわたしはきちんと良家の息女を意識したテーブルマナーで朝食を 取った。 昼頃にはヴォルフラムくんも快復したものの、一応密航まがいで乗り込んだということで部屋 から一歩も出られないでいた。 婚約者の有利、もといミツエモンを追いかけて密航したということで、船の中では広まって しまっているのだけど、なにしろ有利はともかくヴォルフラムくんは見るからに魔族の美しさの 持ち主なので、あまり客室から出ない方がいいということになったのだ。 有利は現在遊戯室でビリヤードもどきの真っ最中だろう。船内を歩くと、特別室の客はあちら こちらからひっぱりだこなのだ。お偉いさんやお金持ちは社交が大事。 昼間のティーパーティーまでは一緒に参加したけれど、ちょっと大人の雰囲気の遊戯はパス させてもらった。内気なお嬢様は体力も無く、もうお疲れというふりをして有利から離れた。 有利は恨めしそうな顔をしたけれど、だって発音の怪しいわたしは極力口を開かないように しているし、本当に疲れたのだからしかたないと思ってもらおう。 それでもお茶会につきあったりしていた成果か、発音はだいぶ聞けるようなものになったと 自負している。読み書きはまだ小学校入学時くらいだけど。 「お前はもう行かなくていいのか?」 ベッドの上で暇を持て余していたヴォルフラムくんが、帰ってきたわたしにむくりと起き上がる。 「もう疲れましたー。あ、わたしの発音、聞きづらくないですか?」 「少し、訛っていると言えなくもないが……昨日より随分ましだ。ふむ…一日でそれほどとは、 さすがユーリの妹だ」 普通、誉めるのに兄を引き合いに出されるのは腹が立つのかもしれないけれど、出されるの が有利となると話は別なのです。有利との血の繋がりを認めてもらうのは嬉しい。 ちなみに中学の頃「渋谷は上のお兄さん譲りの勤勉家だな。これなら慶応付属でもどこでも 楽勝だな」と誉められたときにはキレました。渋谷は渋谷。渋谷勝利とは別人です! と。いえ、しょーちゃんも好きなのよ、ホントに。 「えへへ……コンラッドに色々教えてもらいましたから」 コンラッドの名前を聞いた途端、ヴォルフラムくんの表情が少し曇る。 コンラッドはそうでもないみたいだけど、ヴォルフラムくんの方はハーフのお兄さんをあまり 快くは思っていないと有利が言っていた。せっかくの兄弟なのに、もったいない。 だけどヴォルフラムくんの不快の原因は別にあった。 「なぜコンラートは呼び捨てで、ぼくには敬称付けの上に敬語なんだ」 「え?あ、だって、ヴォルフラムさんは年上だし」 同じ歳くらいかと思っていたのに、八十二歳だと聞かされたときには心底驚きましたとも。 魔族が人間のかける五倍の年齢だなんて、信じられない。こんな美少年なのにおじいちゃん より年上だなんて。 「それを言えばコンラートもだ」 「コンラッドは取引で。わたし、目上の人に敬語を使われるのはなんだかくすぐったくて、 それで呼び捨てにして欲しいってお願いしたら、こうなったというわけです」 「だから!ぼくに他人行儀で話すな!」 「え、でも」 「なんだ?コンラートにはできて、ぼくにはできないというのか!?」 「いえいえ滅相も無い」 慌てて手を振ると、ヴォルフラムくんの目が一層険しくなる。 「え、ええと…じゃ、じゃあヴォルフラム?」 遠慮がちに呼び捨てにすると、途端に満足そうな笑顔を見せた。 は、販促です!いえ、反則です!! こっちにきてからわたし何回鼻血を噴きそうになったのだろう。幸い一度も出してないけど。 |
ヴォルフラムと仲良くなってみました。 好きな人の妹ということは大きいかもしれませんが、 それだけで人の評価は決まらないものです。 |